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小説「廃屋の町」(第18回)

2017年5月31日ニュース

 1時間後、斉木はホテルのロビーにやってきた。
「斉木さん、こちらです」甘木はラウンジで斉木を迎えた。
「いやあ、すみません。せっかくご家族で旅行を楽しんでいるのに、お時間をとって頂いてありがとうございました」
「斉木さん、飲み物はコーヒーでよろしいですか?」
「ええ、それで結構です」
「ホットを2つください」甘木が店員に注文を入れた。
 甘木と斉木は名刺を交換した。斉木から受け取った名刺には「公正取引委員会事務総局 審査局管理企画課 公正競争監視室長 斉木正則」と書いてあった。甘木は斉木の名刺を見ながら言った。
「斉木さんの職名が公正競争監視室長とありますが、どんなお仕事をされているんですか?」
「公正取引委員会は独占禁止法を運用するために設置された国の行政機関です。行政組織上は内閣府の外局として位置づけられていますが、同じ国の行政機関である省庁と違って、『行政委員会』と呼ばれる合議制の機関です。公正取引委員会は委員長と四名の委員で構成されており、他から指揮監督を受けることなく独立して職務を行うことができます。公正取引委員会の使命は、独占禁止法の第一条に書いてあるように、公正かつ自由な競争を促して、事業者が自主的な判断で自由に経済活動できるようにすることを目的としています。事業者間の公正な競争を促すことによって消費者の利益を確保しようというものです。独禁法では事業者間の公正な競争を阻害するような行為を規制しています。私が所属している公正競争監視室は公正な競争を阻害するような行為が行われていないかどうかを監視しています」
「独禁法ではどんな行為が規制されるんですか?」
「主なものとしては、私的独占の禁止、不当な取引制限の禁止、不公正な取引方法の禁止、企業結合の規制などがあります」
「不当な取引制限の禁止というのは、どういった行為のことですか?」
「分かりやすく言えば、カルテルや入札談合のことです。カルテルは事業者又は事業者団体の構成事業者が相互に連絡を取り合って、本来は各事業者が自主的に決めるべき商品の価格や販売・生産数量などを共同で取り決め、競争を制限する行為です。入札談合は甘木さんも知っているように、国や地方公共団体などが発注する公共工事や物品の調達に関する入札の際に、入札に参加する事業者たちが事前に相談して、受注事業者や受注金額などを決めてしまうことです。事業者間の競争が正しく行われていれば、より安く発注できた可能性があり、入札談合は税金の無駄使いにもつながります。本来、入札は厳正な競争の下に行われるべきものであり、入札談合は公共の利益を損なう非常に悪質な行為です」
斉木は熱っぽく語った。
「発注者側から受注者側に入札情報が洩れる、いわゆる官製談合は、この独禁法によって禁止されている行為にあたるんでしょうか?」
「いいえ、違います。発注者側の国や地方公共団体等の職員が談合に関与している官製談合の場合は、入札談合等関与行為防止法によって規制されています。この法律は官製談合が発生していた状況を踏まえ、発注機関に対してその再発を防止するための組織的な対応を求めるものですが、職員が予定価格などの入札情報を業者側に漏らすなど、入札の公正を害する行為をした場合は処罰されます」
「斉木さんは、さっき、私に話したいことがあるって言っていましたが、もしかして官製談合のことですか?」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第17回)

2017年5月29日ニュース

「もしかして、田沼市長の甘木雄一さんじゃないですか?」
 マンションから出て来た男性が雄一に声を掛けた。チェックのポロシャツを着た50代くらいの男性が雄一に近づいた。田沼市内に住んでいれば、知らない人から声を掛けられることがあるが、大都会の東京で、知らない人から声を掛けられるとは思ってもみなかった。
「はい、そうですが、どちら様でしょうか?」甘木は男性に尋ねた。
「甘木市長さんと同じ田沼第一中学の同級生で、斉木正則と言います」
「ああ、斉木さんでしたか。すみません、気が付かなくって」
「いいんですよ。私は甘木さんのことをテレビや新聞で知っていますが、私のことを甘木さんが知らなくても、それは当然ですよ。同じ中学を卒業したといっても四十年近くも会っていなかったわけですし、お互い中学生の頃とは全く別人の顔かたちになっていますからね。この度は、市長当選おめでとうございました」
「ありがとうございます。ところで、斉木さんはこのマンションにお住いですか?」
「ええ、3年程前から5階に住んでいます」
「私たち家族も3年前までこのマンションの5階に住んでいました」
「入れ替わりでしょうか?甘木さんは何号室にお住いでした?」
「517号室でした」
「ええ!私たち家族がいま住んでいる部屋じゃないですか!偶然にしては出来過ぎていますよね」
「そうですね。斉木さんは確か、公正取引委員会にお勤めとか。お母さんからお聞きしましたが……」
「はい、そうです。そうそう、思い出しました。買い物帰りに母が乗った自転車が転倒した時に、甘木さんと風間さんに助けてもらったって母から聞きました。その節は、母がお世話になりました。母からは甘木さんの選挙を応援してもらいたいって頼まれたんですが、田沼市に住んでいない私には選挙権はありませんし、それに政治活動が禁止されている一般職の国家公務員ですので、残念ながら母の要請には答えることができませんでした。でも、私なりに田沼市に住んでいる知り合いには甘木さんに一票を投じてもらいたいって電話でお願いしました」
「ええ、それでいいんです。応援していただいて、どうもありがとうございました」
「ところで、甘木さんは、この後のご予定はありますか?」
「いいえ、特にありません。宿泊先のホテルがこの先にありまして、そこに帰るだけですが、何か?」
「それはよかった。甘木市長さんにお話ししたいことがありまして……。お時間を取ってもらうこと、できますか?」
「大丈夫ですよ。ホテルのロビーでどうですか?私たちは、今晩、ガーデンパレスホテルに泊まることにしています。1時間後ということで、どうでしょうか?」
「分かりました。ガーデンパレスのロビーですね」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第16回)

2017年5月27日ニュース

 東京スカイツリーが建っている墨田区は甘木たち家族が東京に居た頃に住んでいた町だ。学生時代に両親が借りてくれた2LDKのマンションに家族3人で暮らしていた。2泊3日の家族旅行の宿泊先はこのマンションに近いところにあるシティーホテルを予約した。
 開業間もない東京スカイツリーのチケット売り場には長蛇の列ができていた。雄一たちは、会場整理をしている係りの人にインターネットで購入した日時指定券を提示したら別の窓口に案内された。
 チケットと交換した「シャトル搭乗券」を持って搭乗時刻を待った。間もなく指定された時刻となり展望デッキ行きのエレベータ(シャトル)に乗り込んだ。エレベータの扉が静かに閉まり上昇し始めた。全く揺れを感じることなくわずか1分足らずで地上から350メートルにある展望デッキに到着した。展望デッキは3階構造になっていて上りのエレベータは最上階に着く。展望デッキからは360度のパノラマが展開し、眼下に広がる東京の街並みが一望できる。
「お父さん、あそこに見える建物って、私たちが住んでいたマンションじゃない?」
「そうだね。僕たちが住んでいた町が見えるね」
「残念だわ。富士山が見えないわ、お父さん。あそこに赤と白のツートンカラーの鉄塔が建っているわ。東京タワーでしょう?」
「そうだね。スカイツリーができるまでは東京タワーが日本一の鉄塔だったんだ」
 甘木は中学校の修学旅行で初めて東京に来た時に東京タワーに上ったことを思い出した。地上から150メートルの大展望台から見えた、宝石箱のような東京の夜景が今でも忘れられない。
 雄一たちは展望デッキの3階から2階、1階へと降りて下りのエレベータに乗った。地上にある商業施設「東京ソラマチ」でお土産品を買った後、スカイツリーを後にした。
「少し回り道になるけど、ホテルに行く前に私たちが住んでいたマンションを通っていかない?」
 由紀子が言った。
「いいよ。ホテルに帰る途中だしね」雄一が応えた。
 マンション近くにあるホテルを甘木たち家族の宿泊先に選んだのは由紀子の提案だった。葛飾区に生まれ育った由紀子にとって、下町情緒が残る墨田区での生活は懐かしいのだろう、と雄一は思った。
 3人はマンションの前で立ち止まって見上げた。
「お母さん、私たち、5階の部屋に住んでいたんだよね」
「そうよ、私たちが住んでいた部屋は517号室だったわ」
「もしかして、田沼市長の甘木雄一さんじゃないですか?」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第15回)

2017年5月25日ニュース

 上野駅から地下鉄銀座線に乗って浅草駅で下車した。地下のホームから階段を上って地上に出ると目の前に浅草のランドマークになっている雷門が見えた。雷門の正式名称は「風神雷神」で、門に向かって右側に風神、左側に雷神が配置されている。雷門をバックに外国人観光客のグループが写真を撮っている。
 外国人観光客を乗せた人力車が雷門の前で止まった。入れ替わるようにして、別の外国人ペアが人力車に乗り込んだ。どうやら雷門前が人力車の発着所になっているらしい。
「お父さん、あれ人力車じゃないの。テレビの時代劇で見たことがあるよ」
 初めて本物の人力車を見た春香が驚いた様子で雄一に尋ねた。
「車がなかった昔は、人力車に人を載せて運んだんだよ」
 大通りを迅速に行き交う自動車の流れと通りの端でゆっくりと走る人力車のミスマッチな光景が何となく面白い。
 雷門をくぐって宝蔵門までの参道は仲見世通りと呼ばれ、参道の両脇には土産物、菓子などを売る露店が軒を並べている。雷おこしや人形焼きなどの和菓子やミニ提灯、鈴付きお守り、風鈴、箸、手ぬぐいなど多種多様な和風小物が店頭に陳列されている。
 和服姿の外国人観光客の一団が物珍しそうに和風小物を手に取って眺めている。クールジャパンに魅せられて訪日する外国人観光客が増えているようだ。人形焼きのお店では試食ができるらしく、店先で数人が試食しながら品定めをしている。
「お母さん、私も人形焼きが食べたい」春香が言った。
「美味しそうね」美由紀は春香と試食品を手に取って食べ始めた。
「美味しいわ。あなたもどうぞ」
 雄一は、美由紀から差し出された一口大の人形焼きを口に入れた。
「本当だ。美味しいね」
「お母さん、お土産に買っていこうよ」
「そうね。お参りした後、買って帰りましょう」
 宝蔵門をくぐると目の前に本堂が見えた。本堂の前にある大きな香炉の周りに人だかりができている。参拝者は香炉からモクモクと舞い上がる煙を自分の体に掻き集めようと手を動かしている。雄一たちも香炉に近寄った。
「お父さん、どうして線香の煙を体にかけるの?」
「体の悪い所に、煙をかけると直りが良くなるという言い伝えがあるからだよ」
「私の体は、別に悪い所はないけれど、もっと学校の勉強ができるようになりたいわ」
「春香、煙を頭にかけると学校の成績も上がるわよ」美由紀が言った。
 雄一たちは香炉の煙を手で掻き集め、体中に振りかけた。本堂でお参りをした後、浅草駅から東部スカイツリーラインで一駅先にある次の目的地に向かった。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第14回)

2017年5月23日ニュース

 3年半ぶりに東京に戻った雄一は人目を気にせずにプライベートな時間を家族と過ごせることになって、ほっとした気持ちになった。地元の田沼市に住んでいると、何時でも何処に居ても自分が公職にあるということを意識させられる。公務の時だけではなく、家族とプライベートな時間を過ごしている時でも人目を感じることがある。自分は相手のことを知らなくても、相手は自分ことを知っている。
 市長に当選して間もない頃、家族と一緒に市内のレストランで食事をしていた時のことだ。60代後半の男性が甘木と家族が座っているテーブルに近づいて「甘木雄一市長さんですよね?この度は市長当選、おめでとうございました。選挙では、私ら家族5人全員、甘木さんに一票を投じました。申し遅れましたが私は横田という者です。市役所の建設課に務めている横田紀夫の父親です。息子がお世話になっています。これからも息子をよろしくお願いします」と言って挨拶を受けたことがあった。
 市長という公職に就いた甘木にはプライベートな時間は限られている。とは言え、家族で過ごす時間だけでもそっとしておいて欲しいと、甘木は思った。大都会の東京にいる今は、全てがプライベートな時間だし人目を気にすることもない。
 昼食を済ませた後、雄一たちは園内を歩いて回った。ジャイアントパンダ、スマトラトラ、インドライオン、アジアゾウなど、上野動物園の人気動物を一通り見て回った。

「動物さんたち暑いのかな?口を開けて、はあ、はあって息をしているよ」春香が言った。
「口を開けて、体の中に貯まった熱を外に逃がしているんじゃないのかな?春香もテレビで見たことがあるだろう。サバンナに暮らす野生動物も日差しの強い日中は、木陰でのんびりと過ごしているからね。野生動物が獲物を求めて活動を始めるのは日が暮れて涼しくなってからだよ」
 雄一が言った。
「でも動物園で飼育されている動物は、野生動物と違って、獲物を捕まえなくてもいいわ。なんだか家畜みたい」春香が言った。
「そうね。動物園で買われている動物は、家畜みたいに食べ物の心配が要らないからいいわね。でも人間は違うわよ。大人なったら親から独立して自分の力で生活できるようにならないとね」
 美由紀が言った。
「お母さんに言われなくても、分かっているわ!」
「春香は大きくなったら、どんな仕事をしたいんだい?」雄一が尋ねた。
「春香はねえ、動物園の飼育員になりたいの」
「ええ!この前はサッカーの選手になりたいって言ってたじゃないか」
「いいのよ。子供の夢はいろいろと変わるものよ」美由紀が言った。
 確かに子供が抱く将来の夢はコロコロと変わっていく。雄一も小さい頃は両親が中学の先生をしていたこともあり、教師になりたいと漠然と思ったこともあった。しかし、読書が好きだったこともあり、大学は文学部に進学し、将来は歴史物の小説を書きたいと就職先は出版社を選んだ。それが今は政治家である。人生は終わってみないと分からない。上野動物園を出た3人は次の目的地の浅草に向かった。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第13回)

2017年5月21日ニュース

 市議会の6月定例会を終えた甘木雄一は、ハッピーマンディーの海の日を入れた3連休を使って、東京で家族旅行を楽しんだ。甘木と妻の美由紀、娘の春香を乗せた新幹線が午前11時半に上野駅に到着した。
「私、お腹がペコペコよ。お母さん、お昼は何を食べるの?」春香が美由紀に尋ねた。
 駅の構内にある大きな掛け時計が間もなく正午を告げようとしていた。
「春香の好きなハヤシライスを食べる?」美由紀が提案した。
「もしかして、上野公園にある蓬莱軒のハヤシライスのこと?」
「そうよ。東京に住んでいた頃、3人でよく食べに行ったわね」
 ハヤシライスは蓬莱軒が上野公園に開業した当時からある看板メニューだ。甘木の家族が上野公園に遊びにくる時は、お昼は蓬莱軒のハヤシライスを食べることが多かった。
「お母さんがお家で作ってくれるハヤシライスも美味しいよ」
「春香、ありがとう。悔しいけど、市販のドミグラスソースを使って作った我が家のハヤシライスでは、蓬莱軒のような味と香りは出せないわ」
 ハヤシライスは春香の好きなメニューの一つだ。春香のリクエストを受けて、美由紀が時々作ってくれる甘木家の定番料理だ。上野駅の中央出口を出た3人は上野公園にある蓬莱軒に向かった。
 3人がレストランに着くと入口には長い列ができていた。係りの人に待ち時間を聞くと、一時間近くになるとの返事だった。東京に住んでいた頃は、時間を気にすることなく長い待ち時間を辛抱強く待っていることができたが、今回は雄一が市長に当選してから初めての家族旅行だったし、お昼を済ませた後は、上野動物園、浅草、東京スカイツリーに行くことになっていた。
「並んで待っている?今日はこの後の予定が入っているけど……。どうする春香?」雄一が尋ねた。
「今日はパスして、明後日、食べに来ようよ。今日は動物園のレストランでいいよ」
 3連休ということもあって、上野動物園は大勢の親子連れで賑わっていた。雄一たちは園内にあるファストフード店でお昼をとることにした。お昼時ということもあってテーブル席はどこも満席だった。やっと見つけた三人掛けのテーブル席を雄一が確保して、美由紀と春香はお昼を買いに行った。
 しばらくして、二人はお昼と飲物を載せたトレーを持って、雄一が待っているテーブル席に戻った。春香はハンバーガーとオレンジジュース、美由紀はサンドイッチと野菜ジュース、お任せで頼んだ雄一のお昼は焼きそばと紙コップに入った生ビールだった。雄一は手にした生ビールを、ゴクゴクと一息に飲み干した。
(作:橘 左京)

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エッセイ「藤田由美子先生」(作 橘 左京)

2017年5月20日ニュース

 私が学んだ小学校の木造校舎は40年ほど前に取り壊されて今はない。跡地には校舎があったことを銘記した石碑が建っている。
 今年のお盆は数年ぶりに実家に帰って過ごした。今は物置部屋になっている私の勉強部屋にある本棚を整理していたら、小学校の卒業アルバムが出てきた。アルバムを開くと両側に松の木が配置された校舎正面玄関をバックに、校長先生、教頭先生、担任の藤田由美子先生を囲むようにして卒業生が並んでいる。その中に白い包帯を頭に巻いて立っている私の姿がある。……⇒続きを読む

【編集部からお知らせ】
 エッセイ「藤田由美子先生」はライブラリー⇒文芸にアップされました。

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小説「廃屋の町」(第12回)

2017年5月19日ニュース

 発注担当係長の野上が起案した災害復旧工事の稟議書が内藤課長の席に回ってくると、内藤は、稟議書に記載されている予定価格をメモし一覧表を作成する。内藤は予定価格が記入された一覧表を茶封筒に入れて野上に渡す。野上は茶封筒を建設業協会の須藤局長に届ける。このような方法で、発注者側の市から受注者側の建設業協会に予定価格が漏れていた。
 田沼市が発注する災害復旧工事で入札談合が行われているとの匿名情報が公正取引委員会と長野県警捜査二課に寄せられた。公取委は独占禁止法第三条で禁止されている入札談合の疑いで行政調査を開始したが嫌疑不十分として調査を終えた。
 一方、県警捜査二課は田沼署と合同で、「談合罪」(刑法九六条の三)の疑いで捜査を始めたが、発注側から受注者側への入札情報の提供があったことをつかんだことから、捜査方針を贈収賄罪に切り替えて、内偵した結果、公共工事を発注する立場にあった建設課長補佐の野上昭一を収賄容疑で逮捕した。野上が発注担当係長をしていた頃に建設業協会事務局長の須藤紀夫に災害復旧工事の予定価格を事前に漏らし、謝礼として現金を受け取ったという容疑だ。なお贈賄側の須藤に対しては三年の公訴時効が成立していた。
 身柄を検察庁に送られた野上は、検察官の取り調べに対し、予定価格の漏えいは上司の内藤隆志課長の指示を受けて行ったもので、入札情報の漏洩には甘木富雄市長はじめ市役所の上層部も関わっていると主張したが、甘木市長や内藤課長ら市の上層部の関与は確認できず不起訴処分となった。

 収賄容疑で起訴された野上は懲戒免職処分を受けて公務員の身分をはく奪された。裁判では井上が懲戒免職処分を受けたなどの社会的制裁も考慮され、執行猶予の付いた懲役三年の有罪判決となった。野上昭一は妻の聡子と離婚し田沼市を離れ消息を絶った。
 長男で高校二年生の治夫は田沼市内の県立高校を中退し単身で上京し、都内にある倉庫会社に就職しながら定時制高校に通った。聡子は知的障害のある長女の洋子を連れて群馬県藤富市で農業を営む兄夫婦のもとに身を寄せた。聡子は生計を立てるため近くのスーパーでパートの職を得たが、心労と将来を見通せないなかでの不安が募り精神疾患に罹った。
 藤富市に移り住んで三年目。将来を悲観した聡子は娘の洋子を道連れにして近くの川で入水自殺を図った。母聡子と妹洋子の葬儀は治夫と伯父夫婦らの親族だけで執り行われた。野上治夫二十歳。城南大学文学部(二部)に入学した年の出来事であった。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第11回)

2017年5月17日ニュース

 「公共工事の発注見通し」は発注担当係長の野上が作成し、作成された資料は建設課長の内藤隆志が建設業協会事務局長の須藤に届ける。建設業協会事務局長のポストは、慣例で定年退職した田沼市建設課長の天下りポストとして用意されていた。
 野上は建設課長の内藤から時々、食事に誘われることがある。仕事が終わって帰宅した野上をタクシーが迎えに来る。後部座席には内藤と須藤が座っている。野上、内藤、須藤を乗せたタクシーは長野市内の繁華街へと向かう。内藤から食事に誘われて最初に入る店は料亭だ。料亭の個室で食事をした後、近くにあるスナックに移動する。このスナックは内藤の行きつけの店だ。マイクを握った内藤がカラオケで歌う十八番が、高橋真理子のヒット曲「桃色吐息」であった。「咲かせて、咲かせて、桃色吐息…」スナックやキャバレーを梯子飲みして、野上が自宅に帰る時間はきまって深夜である。
 職場での飲み会は割り勘が多いのに、内藤に誘われて夜の食事に行くときは、野上や内藤が飲食代を負担することはなかった。どうやら須藤が飲食代を支払っているようだ。それに内藤に誘われて長野市内の繁華街に出掛けた時の内藤の服装は市役所の職員とは思えないほど派手な身なりだ。夜、野上と出掛ける時は、この時とばかりにブランドのスーツを着こなして、腕には高級腕時計を巻いている。
「野上君、ちょっと来てくれたまえ。悪いんだが、これを建設業協会の須藤さんに届けてもらいたんだが…」建設課長の内藤は一通の茶封筒を野上に渡した。野上が受け取った封筒は糊付けされていた。
「課長、この封筒の中身は何ですか?」
「甘木市長から建設業協会長宛ての協力依頼の文書だよ。今回の地震の災害復旧工事を優先するために通常の公共工事の発注を一時ストップすることになった。この方針決定について建設業協会からもご理解を頂きたいとの内容の文書だよ。私が直接、持って行けばいいのだが、これから災害対策本部会議があるので、私に代わって君に持って行ってもらいたい。さっき、私の代理で君に持って行かせるって、事務局長の須藤さんに連絡しておいたよ」

 野上は文書を届けるだけなら自分でなくてもいいのにと思いながら、内藤課長から預かった茶封筒を持って建設業協会の事務所に向かった。
「野上君、わざわざありがとう。さあ、掛けたまえ」
「失礼します」野上はソファーに腰を掛けた。
「忙しいところ済まなかったね。さっき内藤課長から電話をもらって要件は聞いたよ。災害復旧工事を優先させるために、通常の公共工事をストップさせるという話だが、我々の方も同じ考えだ。限られた人員で両方をやるというのは無理がある。被災者のことを考えれば当然、災害復旧工事を優先すべきだよ」
「須藤局長のおっしゃるとおりです。政府は被災地の復旧に向けて補正予算を組むそうですし、その間は予備費で対応するそうです」
「野上君も知っているとおり、激甚災害に指定された今回の災害は国の補助率も引き上げになる。災害復旧工事は国による財源保証が確かな公共工事だ。我々建設業界も安心して引き受けられる」
「そう言って頂けると助かります」
「野上君、わざわざ届けてもらって済まなかったね。これは私からの気持ちだ。受け取ってくれたまえ」須藤は野上に茶封筒を渡し、野上は茶封筒を作業着の内ポケットに入れた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第10回)

2017年5月15日ニュース

「野上君、災害復旧関連の事業予算は青天井だ。これからどんどん復旧工事の発注が増えてくるぞ。発注予定の工事を一覧表にしたものを急いで作成してもらいたい。一覧表を作成したら一部は建設業協会の須藤事務局長に届けてもらいたい」
 建設課長の内藤隆志が発注担当係長の野上昭一に指示した。
 田沼市が発注する公共工事は、日常的に官製談合が行われていた。市では例年、正月明け頃から新年度予算の編成作業が始まる。予算編成作業が終わり、新年度予算案が固まった二月中旬に、新年度に発注する公共工事が「公共工事の発注見通し」として、工事名・施工場所・施工期間・工事種別・工事の概要・概算事業費・入札及び契約方法・入札予定時期が記載された一覧表が建設業協会に届けられる。
 建設業協会では、市から提供されたこの一覧表をもとに、落札予定業者と形だけ入札に参加する業者を事前に決めておく。入札が近くなると、市から極秘裏に示された予定価格をもとに、落札予定業者が札に書き入れる金額と形だけ入札に参加する業者が札に書き入れる金額が記入されたメモが入札参加業者に渡される。
 内藤課長から指示を受けた野上は、災害復旧工事の発注見通しの一覧表を作成し建設業協会に向かった。野上は事務局長の須藤紀夫に一覧表を渡した。須藤は田沼市の元建設課長で内藤課長の前任者だ。須藤は野上が建設課に異動になった頃の上司であった。

 須藤は野上から受け取った一覧表をさーと眺めた後、
「野上君、急がせて済まなかったね。復旧工事の発注業務で多忙を極めているそうじゃないか。内藤課長から聞いたよ。こんなことを言うと罰当たりになるかもしれないが、今回の地震は我々建設業界にとっては特需だよ。今回の地震のおかげで我々建設業界は息を吹き返したよ。新幹線や高速道路の建設工事、それに伴うリゾートマンションや商業施設の開発など大型の開発事業が、最近めっきりと減ってしまった。今回の地震は青息吐息の我々建設業界を救ってくれたよ。君も知っているように、建設産業は関連産業を含めると裾野が広い産業だ。また建設産業に携わる人間も多いので、地元の雇用にも貢献している」
 須藤は話を続けた。
「これも内藤君から聞いた話だが、君の家も今回の地震で被害を受けたそうじゃないか。地震保険に入っていなかったんだって?半壊程度だと災害見舞金だけでは足りないね。まだ住宅ローンも残っているそうじゃないか。それに来年の春に高校に入学する治夫君の進学準備にも何かとお金が要る時期だしね。日頃、お世話になっている野上君だ。この度の復旧工事の件でもお手数を掛けることになるがよろしく頼むよ」
 須藤は抽斗から茶封筒を取り出して野上に渡そうとした。
「これは受け取れません」野上は茶封筒の受け取りを拒否した。
「今の君には何かとお金の要る時期だろう。これは当面のつなぎ資金だ。取っておきたまえ」
 須藤は茶封筒を野上の作業着のポケットに突っ込んだ。
(作:橘 左京)

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