小説「廃屋の町」(第18回)
1時間後、斉木はホテルのロビーにやってきた。
「斉木さん、こちらです」甘木はラウンジで斉木を迎えた。
「いやあ、すみません。せっかくご家族で旅行を楽しんでいるのに、お時間をとって頂いてありがとうございました」
「斉木さん、飲み物はコーヒーでよろしいですか?」
「ええ、それで結構です」
「ホットを2つください」甘木が店員に注文を入れた。
甘木と斉木は名刺を交換した。斉木から受け取った名刺には「公正取引委員会事務総局 審査局管理企画課 公正競争監視室長 斉木正則」と書いてあった。甘木は斉木の名刺を見ながら言った。
「斉木さんの職名が公正競争監視室長とありますが、どんなお仕事をされているんですか?」
「公正取引委員会は独占禁止法を運用するために設置された国の行政機関です。行政組織上は内閣府の外局として位置づけられていますが、同じ国の行政機関である省庁と違って、『行政委員会』と呼ばれる合議制の機関です。公正取引委員会は委員長と四名の委員で構成されており、他から指揮監督を受けることなく独立して職務を行うことができます。公正取引委員会の使命は、独占禁止法の第一条に書いてあるように、公正かつ自由な競争を促して、事業者が自主的な判断で自由に経済活動できるようにすることを目的としています。事業者間の公正な競争を促すことによって消費者の利益を確保しようというものです。独禁法では事業者間の公正な競争を阻害するような行為を規制しています。私が所属している公正競争監視室は公正な競争を阻害するような行為が行われていないかどうかを監視しています」
「独禁法ではどんな行為が規制されるんですか?」
「主なものとしては、私的独占の禁止、不当な取引制限の禁止、不公正な取引方法の禁止、企業結合の規制などがあります」
「不当な取引制限の禁止というのは、どういった行為のことですか?」
「分かりやすく言えば、カルテルや入札談合のことです。カルテルは事業者又は事業者団体の構成事業者が相互に連絡を取り合って、本来は各事業者が自主的に決めるべき商品の価格や販売・生産数量などを共同で取り決め、競争を制限する行為です。入札談合は甘木さんも知っているように、国や地方公共団体などが発注する公共工事や物品の調達に関する入札の際に、入札に参加する事業者たちが事前に相談して、受注事業者や受注金額などを決めてしまうことです。事業者間の競争が正しく行われていれば、より安く発注できた可能性があり、入札談合は税金の無駄使いにもつながります。本来、入札は厳正な競争の下に行われるべきものであり、入札談合は公共の利益を損なう非常に悪質な行為です」
斉木は熱っぽく語った。
「発注者側から受注者側に入札情報が洩れる、いわゆる官製談合は、この独禁法によって禁止されている行為にあたるんでしょうか?」
「いいえ、違います。発注者側の国や地方公共団体等の職員が談合に関与している官製談合の場合は、入札談合等関与行為防止法によって規制されています。この法律は官製談合が発生していた状況を踏まえ、発注機関に対してその再発を防止するための組織的な対応を求めるものですが、職員が予定価格などの入札情報を業者側に漏らすなど、入札の公正を害する行為をした場合は処罰されます」
「斉木さんは、さっき、私に話したいことがあるって言っていましたが、もしかして官製談合のことですか?」
(作:橘 左京)