小説「祭ばやし」(第10回)
徹たち家族が暮らしている住宅街は最寄り駅に近い場所にある。向かいに住む元教員の藤田さんの話では、戦後生まれの第一次ベビーブーム世代が子育て世代となった昭和40年代後半に持ち家を求めてこの住宅団地に殺到したという。車が普及していなかった当時、鉄道を使って会社勤めをしていた子育て中の若者は、駅の近くに造成されたこの住宅団地に家を建てたという。小学校の教員をしていた藤田さんもこの住宅団地が売りに出された初期に土地を買って家を建てたそうだ。徹の家の周辺には、藤田さんのように元教員の方が大勢住んでいる。
徹がこの町内に住んでみて感じたことは、予想以上に進む少子高齢化だ。農村部だけではなく市街地でも少子高齢化が静かに進んでいるようだ。日中、通りを歩いている人はお年寄りばかりだ。朝晩の散歩も犬を連れた高齢者が多い。学校の登下校時に数名の小学生や中学生が家の前を通る姿が見える以外に、普段、外で遊ぶ子供の姿を目にすることはほとんどない。徹が暮らす町内は世帯数が百二十戸余りあるが、春香と同学年の子供は三人しかいない。春香が通う小学校も一学年一クラスだ。農村部だけでなく市街地にある小学校も児童数が少しずつ減っている。ここ数年、農村部にある小規模校では統廃合が続いているという。
徹が卒業した小学校と中学校は三十五年程前に統廃合となり、当時の木造校舎は取り壊され、跡地には校舎があったことを記した石碑が建っている。春香が通う小学校も児童数が減ってくれば統合されるのだろうか。徹はこの町内に移り住んで、そんな不安を感じ始めていた。また空き家が増えているのも気にかかる。毎晩、夜になっても明かりが点灯していない家は空き家だ。近所にはこのような空き家が増えている。この町に引っ越して来たばかりの頃、「野上さんのお家は、毎日、賑やかでいいですね。羨ましいわ」と、隣に住むおばあさんから言われたことがあった。どうやら家の中で春香の出す声や走る音が隣の家まで届いたらしい。そのおばあさんは昨年、特養施設に移った。ずーと一人暮らしだったおばあさんの家は空き家になってしまった。近所には管理されないまま放置され、やがて朽ちて廃屋になってしまった空き家も何軒かある。徹の暮らす町内にある住家の2割近くは空き家だ。残り8割の家に住んでいる住民の多くは高齢者だ。
徹の実家がある農村集落では高齢化がもっと進んでいる。今や65歳以上の高齢者が半数を超える「限界集落」だ。徹の実家のある集落でも空き家が増えている。空き家のほとんどは管理されず放置されたままだ。空き家はやがては雪の重みで崩壊して廃屋になる。老夫婦二人で住んでいた家が一人暮らしの家になり、一人暮らしの家が空き家になり、やがては廃屋になる。住民の高齢化と住家の老朽化。「老いる町」は今や地方に共通する老化現象だ。
(作:橘 左京)