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2012阿賀野市長選挙・市議会議員補欠選挙対策本部を設置しました。

2012年1月31日トピックス

 2012阿賀野市長選挙・市議会議員補欠選挙(欠員2名)まで残すところ2か月余りとなりました。(告示日4/15、投票日4/22)地域政党「日本新生」公認候補として、市長選挙には代表の私を、市議会議員補欠選挙には幹事(政策担当)の稲村健児さんを公認候補として擁立しました。なお、市議会議員補欠選挙には更に1名を擁立すべく現在候補者を選定しています。
 さて、この度市役所近くの空き店舗を借りて選挙対策本部を設置しました。下記により「事務所開き」を開催しますので、地域政党「日本新生」の政治活動に応援いただける方にご案内申し上げます。※メディアの取材も大歓迎です。

1.開催日時  平成24年2月12日(日)午後2時
2.会  場  天野市栄後援会事務所(地域政党「日本新生」の幟が目印)
        (国道49号線中島歩道橋付近 かつ太 隣)
3.住  所  阿賀野市岡山町8-9
4.電  話  0250-62-0640

(代表 天野市栄)

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阿賀野市議会議員補欠選挙候補者が決定しました!

2012年1月28日トピックス

 4月の市長選挙に合せて行われる市議会議員補欠選挙(欠員2名)に、我が地域政党から公認候補者を出すことになりました。その方は、政策担当幹事の稲村健児さんです。稲村さんは私の政治活動の良き理解者であり、これまで後援会長として影になり日向になり私を支えてくれました。これまでのご労苦に感謝を申し上げます。稲村さんには本物の政治家(政治屋ではない!)になってもらい、我が地域政党のミッション達成や政策実現に力を貸していただきたいと考え擁立しました。
 稲村さんは私より2つ年上の55歳です。家業の畳店と数年前から始めた福祉タクシー(個人タクシー)を経営しています。いずれも市民生活に関係する仕事ということもあって、市民の生の声を直接私に届けてくれます。稲村さんを通じて私の耳に入ってくる市民の声は、市政に反映できる貴重な意見や提言が沢山あります。稲村さんこそ市民の代表として、是非とも市議会議員になっていただきたい方だと考えます。また、我が地域政党は、同志の稲村さんを市議会に送り込んで、旧態依然の市議会を改革したいと考えています。なお、稲村さんからは近々ホームページにお出ましいただいて、ブログデビューをしていただく予定です。
(代表 天野市栄)

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「市民交流エリア」整備事業は、極めて公共性の高い事業になりそうです。

2012年1月24日トピックス

 「市民交流エリア」整備事業は京ケ瀬地区下黒瀬地内の阿賀野川の右岸側堤防と国道49号線に囲まれた場所で計画されていますが、極めて公共性の高い事業になりそうです。
 阿賀野川を管理している国土交通省北陸地方整備局の阿賀野川河川事務所に年頭の挨拶に伺ったところ、T所長さんから、国交省の直轄事業として「市民交流エリア」側の堤防の補強工事をしたいというお話をいただきました。これは3.11東日本大震災により河川堤防が崩壊したことを受けて弱小堤防の耐震化対策が急務となったことによるものです。昔の阿賀野川は蛇行していて河口付近は信濃川とつながっていました。堤防を築いて現在のように緩やかな曲線に整備されましたが、昔の阿賀野川の河床に築かれた堤防は地震などに弱い構造となっていることから補強工事が必要です。阿賀野川にはこのような堤防が何か所かあり、「市民交流エリア」側の堤防も補強工事が必要な堤防の一つです。
 堤防を補強する一番良い方法が、スーパー堤防のように堤防の幅を広げる(約30倍)ことです。盛土を施すことにより堤防の厚みが増し耐震性が高まります。このような工事を市民交流エリア側の堤防で実施したいというものです。また昨年7月下旬に発生した新潟・福島豪雨により大量の土砂が阿賀野川の河床に堆積しており、市民交流エリア側堤防近くの阿賀野川の河床にも排出が必要な土砂が堆積しています。この土砂を堤防補強の盛土に使用すれば経費節減になりますし、更には「市民交流エリア」内に情報発信機能を持った「川の駅」を整備することもできるとのお話もいただきました。一方「市民交流エリア」整備事業を進めている市にとっても造成工事費が節約できますし、安全・安心なまちづくりにもつながります。まさに「win win」の関係です。お互いに情報交換をしていくことを確認しました。
(代表 天野市栄)

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1日あたりの給与(報酬)は、市長は3万円、市議会議員は8万8千円(その2)

2012年1月23日ニュース

 市長と議員の給料(報酬)に差が生じるのは、議員の月額報酬と出勤日数とのバランスがとれていないからです。まず月額報酬についてですが、阿賀野市の市議会議員の報酬ランクは県内20市のうち下から数えて2番目です。果たしてこれだけの報酬で家族を養っていくことができるでしょうか。資産家や年金生活者であれば、無報酬でも議員をやれるかもしれませんが、家族を養わなければならない世代の議員は、農業など自営業の収入がなければ暮らしていけません。だから、必然的に地方議員は自営業者や定年退職者が多くなります。一番税金を納めているサラリーマンが地方議員になる道が閉ざされているのです。特に若い世代のサラリーマンが会社を辞めてまで地方議員になることは最初から無理なことです。昨年行われた津南町の町議会議員選挙で25歳の大学院生がトップ当選して話題になりましたが、地方の小規模自治体の議員選挙においては極めて珍しい現象だったのかもしれません。
 阿賀野市議会においても、せめて家族が食べていけるだけの議員報酬は保証されるべきだと考えています。実はこれを解決する方法があります。まず、議員の月額報酬の改善ですが、新たな財政負担をせずに県内他市並み引き上げることができます。それには議員定数を削減する必要があります。削減分の議員報酬を報酬改善の財源に充てれば、新たな財政負担は生じません。次に議員の出勤日数については、市議会会期を国会会期のようにほぼ通年化すれば、出勤日数も増え日額の上昇を抑えられます。意欲ある情熱ある若者が職業(片手間でなく専業で)として阿賀野市議会議員を選択してもらうために必要な改革だと考えています。
(代表 天野市栄)

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1日あたりの給与(報酬)は、市長は3万円、市議会議員は8万8千円(その1)

2012年1月22日ニュース

 親しい関係にあっても、「自分の給料は幾らだ」とか「あなたは幾ら給料をもらっているのか」とかを言ったり聞いたりすることは野暮ったい話です。しかし、市長や市議会議員などの特別職の給料(報酬)月額は公開されていますので、ためらうことなくお知らせします。現在の阿賀野市長の給料月額は697,850円(15%カット後)で、阿賀野市議会議員(議長、副議長を除く)は260,680円(2%カット後)です。詳しくは、阿賀野市のホームページをご覧いただきたいと思います。
 さて、平成22年度に支給された給与(報酬)実績から、出勤日数を基に1日あたりの給与額を計算すると、市長は30,430円になり市議会議員は88,700円になります。日額で計算し直すと市長の給料額と議員の報酬額とが逆転します。月額で見れば、市長は議員の2倍以上の給料が支給されていますが、日額換算で見ると、議員は市長の2倍以上の報酬が支給されています。市長は常勤ですし議員は非常勤で議会用務のある日しか出勤しませんので、この差は出勤日数の違いによるものです。ちなみに年間出勤日数を市長は259日、議員は36日で計算しました。誤解しないでください、私は市長と議員の給料(報酬)の違いを問題にしているのではありません。※次号に続く
(代表 天野市栄)

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阿賀野市議会を傍聴した加藤 清史郎君が絶叫~「ワシはこんな議会、見とうなかった!」

2012年1月21日ニュース

 12月議会の一般質問で、E議員さんから、次世代を担う若人の議会参画しやすい環境づくりとして「子ども議会」の開催についての提案がありました。次代を担う子供たちに政治に関心を持っていただき民主主義の仕組みを体験してもらうことは大変良いことだと思います。
 地元紙に「大きくなったらどんな職業に就きたいか、どんな仕事をやりたいか」という、小学生に尋ねた将来の夢についての記事が毎週掲載されています。「お花屋さん」、「ケーキ屋さん」、「スポーツ選手」などの回答が多くある一方で、「政治家」という回答は皆無です。子供たちにとっては、政治の世界は全く未知の世界なのかも知れませんし、政治家をターゲットにしたマスコミの批判的な記事も影響しているかも知れません。 
 さて、「子ども議会」を開催する前に議会の「生の姿」を子供たちに見てもらうことも大事だと考えています。「市長の提案理由の説明も聞かずに私語を話す議員」、「市長の答弁に対しヤジを飛ばす議員」、「平気で議会を遅刻する議員」、「議長に断ることなく席を立つ議員」、「議会をさぼってゴルフに行く議員」、「居眠りする議員」など…。
 この状況はまさに学級崩壊状態の教室と同じではないでしょうか。もし、子ども店長の加藤 清史郎君(NHK大河ドラマ「天地人」の直江兼続の幼少時代「与六」役)が阿賀野市議会を傍聴していれば、議長(先生)の制止も振り切って「ワシはこんな議会、見とうなかった!」と叫んだかもしれません。
(代表 天野市栄)

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「市民交流エリア」は公約違反との指摘について④~うわさ話に対する反論(その二)

2012年1月5日ニュース

 そもそも「福祉の道の駅」は、手続き的にも内容的にも市民のコンセンサス(合意)を得ないまま作られた計画でした。また、途中経過についての議会や市民への情報開示もなく密室・談合により、内容の検討がなされ出来上がった計画です。更には「福祉の道の駅」の青写真が市民に示された平成20年2月頃の阿賀野市の状況を思い出してください。当時の阿賀野市における最大の優先課題は水原郷病院の存立に向けた取り組みでした。すなわち医師の大量退職により喪失した救急医療など診療機能を回復することと老朽化した病院施設の建て替えが喫緊の課題でした。この優先課題の解決なくして、「福祉の道の駅」という大型プロジェクトに新たな投資(借金)する財政的な余裕はなかったはずです。また、「福祉の道の駅」に直接参加できる業者は市外の大手業者に限られていたことから、開発利益の多くは市外の業者に配分される計画だったのです。この利益の中には税金も含まれています。一方、市内業者は下請け、孫請けでしか事業に参加できないため、得られる利益は僅かでした。
 「市民交流エリア」は「福祉の道の駅」と同じ場所で計画していますが、「福祉の道の駅」とは全く異なるコンセプト(概念)で整備する予定です。第一に、手続き的にも内容的にも市民のコンセンサスを得ながら進めてまいります。「市民交流エリア」として整備する施設はまだ決まっていませんが、「市民の参画」「市民との協働」「市民との情報の共有」など、「阿賀野市まちづくり基本条例」の理念を踏まえながら検討してまいります。第二に、市が投入する税金については市内の経済活動を通じて市内に循環させて、最後は市税収入として市に還流させるため、事業化の際には市内業者から直接参加してもらえる仕組みを構築したいと考えています。(facilities of the citizen, by the citizen, and for the citizen)
 以上、「市民交流エリア」が公約違反でないことを、4回シリーズで反論を展開してまいりました。良識ある、見識ある市民の皆さまにおかれましては、くれぐれも「作り話」に惑わされないようご注意願います。
(代表 天野市栄)

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「市民交流エリア」は公約違反との指摘について③~うわさ話に対する反論(その二)

2012年1月1日ニュース

 まず、私が前回市長選(平成20年4月)時に、なぜ「福祉の道の駅」の中止を公約に掲げたのかという点について説明します。「福祉の道の駅」整備事業計画は、平成20年2月の市広報「あがの」で初めてその全容が明らかになりました。用地造成の事業主体は地権者で組織される土地区画整理組合、施設整備の事業主体は国、市、民間企業です。土地区画整理組合が地権者から用地を買収して開発用地を造成し、その用地を国、市、民間の開発主体が取得して各々施設整備を行うものです。
 選挙時における「福祉の道の駅」中止の理由は財政健全化のためです。選挙ポスターに「財政健全化 福祉の道の駅整備事業中止!」と表示しました。この意味するところは、当時の私はマニフェスト(選挙公約)に市民の声を反映させるために、いろいろな方からのご意見を聞いて回りました。そうしたら「福祉の道の駅」は必要だという意見はなく、いらないという意見ばかりだったのです。一方で水原郷病院の医師の大量退職によって失われた救急医療など、診療機能の復活を求める声が圧倒的に多かったのです。当時の阿賀野市の財政状況は悪化しており、「あれもこれも」と網羅的に事業を実施する財政的な余裕はありませんでした。「あれかこれか」と事業の優先度を決めて選択的に実施するしかなかったのです。そこで、選択と集中の観点から、水原郷病院の救急医療の復活を優先し、「福祉の道の駅」事業を中止として公約に挙げたのです。「中止」でなくても「凍結」でも良かったのではないかという意見もありますが、国(国土交通省)との補助金交付の事前調整が済んでいた「福祉の道の駅」事業は、「中止」にしなければ事業を止めることができなかったのです。
 また、市長に就任してから分かったことですが、「福祉の道の駅」事業は、内容的にも手続き的にも市民のコンセンサスを得たものでないことが判明しました。平成20年2月の市広報で初めて「福祉の道の駅」の「青写真」が市民に示されましたが、途中経過の説明や市民の意見を聴いた形跡は全くありません。一部の市職員とデベロッパーにより決定された計画だったのです。「福祉の道の駅」の原型は、旧京ヶ瀬村時代の平成15年10月頃に策定された道の駅基本計画にありましたが、最近、その計画書が京ヶ瀬支所の倉庫から出てきました。旧京ヶ瀬村出身の職員ですらその存在が知られていなかったようです。まして、当時この計画が村民に周知された形跡は皆無です。合併する僅か半年前に、合併建設計画に搭載するために、急ごしらえで作った計画だったようです。※次回に続く。
(代表 天野市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者