小説「視線」(第25回)
コンビニATMからの不正引き出しがマスコミ報道されてから1週間ほど経ったある日、男の家に刑事が尋ねてきた。妻は友人とランチを食べに出掛けて留守にしていた。男は、妻が作り置きした昼飯を食べた後、2階の自室で今週の土曜日に孫の雄太と工作する乗り物の試作品を作っていた。
ピンポーン 玄関の呼び鈴が鳴った。男は2階から降りて来て玄関のドアを開けた。
「ごめんください。警察の者ですが……」2人の刑事が警察手帳を見せて言った。
「ご苦労様です」と男は答えた。
「既に、新聞をご覧になってご存知だと思いますが、コンビニチェーン店『エニータイム』のATMから現金が不正に引き出された事件について、お話を伺いたくて参りました」若い方の刑事が言った。
「その事件のことなら知っています。新聞の記事に書いてありましたが、偽造されたクレジットカードを使って1600台のATMから、現金16億円が不正に引き出された事件ですよね?」
「そうです。この先にあるコンビニ店のATMも不正引き引き出しに使われました」
「ええ、そうだったんですか!同じコンビニチェーン店ですから、もしかして不正引き出しに使われたんじゃないかって、事件が報道された日に、妻と話をしていましたが……。先月、強盗事件があったばっかりなのに、今度は不正引き出しですか?」
「御主人はフィッシング詐欺の被害届を出された野上徹さんですよね?」
「はい、そうです。被害届を出したのは私です。どうやら、私のカード情報も盗まれて、今回の不正引き出しに使われたようですが、犯人はどうやって私のカード情報を盗んだんでしょうか?偽の通販サイトにカード情報を入力した時なのか、それとも紛失したカードから情報が盗まれたのか、どっちかだと思っているんですが……」
「今回の不正引き出しに使われたカード情報は約2000人分です。その中のお一人が野上さんです。はっきりとは分かっていませんが、野上さんのケースでは偽の通販サイトを利用した際に盗まれたものと思われます」
「他にもあるんですか?」
「紛失や盗難に遭ったカードから情報が盗まれることもあれば、お店で買い物をした時に提示したカードから情報が盗まれることもあります」
「今、使われているクレジットカードはICチップが埋め込まれているので、以前使われていた磁気カードよりもセキュリティが強化されていると聞いていますが……」
「ICカードだから、絶対に大丈夫だという保証はないんです。『サイバー攻撃』という言葉をご存知だと思いますが、インターネットなどの通信回線で繋がっている個別のサーバーやパソコンに侵入して情報を奪ったり、改ざんしたり、破壊したりする犯罪行為ですが、警察と犯罪者とのいたちごっこの状態です。野上さんも、パソコンンにウイルス対策ソフトを入れていると思いますが、ソフトを更新しないと新種のウイルスに対応できなくなります。情報通信技術は日々刻々と進化していますからね」
「警察は、今回の不正引き出しは、組織的に行われたものと見ているそうですが……」
「そのとおりです。今回の事件は3つのグループが関与したものと考えています」
「3つのグループ?」
「つまり、情報を盗んだグループ、盗んだ情報を基に偽装カードを作ったグループ、偽装カードを使って現金を引き出したグループの三者が連携して行った犯罪だと考えています。」
「例えば暴力団のような組織ですか?」
「そうですね。ATMからの不正引き出しには暴力団組織が関わっているとみています」
(作:橘 左京)