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小説「視線」(第22回)

2017年3月24日ニュース

 男は、たった今、2階の自室から携帯電話を使ってクレジット会社に利用明細の問い合わせの電話をした。男とクレジット会社との通話内容は、1階でいつものように家事ラインを回している妻の耳には届いていないはずだ。男は、自分が詐欺に遭ったという話を、妻に内緒にしておいた方がいいのか、それとも食事の時の話題として提供すべきか迷った。
 仮に男がこの話を出した時に妻がどのような反応を示すだろうか。顔には男の失態に対する軽蔑の笑みを浮かべながら、口からは同情の言葉を男に帰す。そんな妻の反応が目に浮かぶ。詐欺に遭ったといっても、金銭が奪われたわけでもない。実害はない。妻に話しても嫌な思いをするだけだと考えた男は、妻に話すのをやめた。

 1日3回の食事の時にしかない妻との会話に出される話題は、そのほとんどが妻から提供され、多くは妻の仕事である「家事」についてだ。妻の話を受けて、男の方は「はい、はい」と頷いたり、「ああ、そうだったの」と相槌を打ったり、と短い言葉で返す。しかし、妻が作った料理についてのコメントを求められた時は、受け答えに注意が必要だ。
「どうかしら、このラザニア。この前、料理教室で習ったのよ」
 男が料理を一口食べた後、突然、妻から感想を求められた。
「ええ、ラザニアって、いま食べた料理のこと?」と聞き返す。
「ラザニア知らないの?イタリア料理よ」
「ああ、そうだったの。このラザニア、美味しいよ」と男は答えた。
「たったそれだけ。このラザニアは作るのが大変だったのよ」
 通り一遍の褒め言葉では満足しなかったのか、妻は不満そうな表情を浮かべて言った。
「ああ、そうだったの。大変だったね。君が作ったラザニアは最高だね!本当に美味しいよ」と少し大げさに褒めてやっても、「いいわね、男の人って。食べるだけで。それに『美味しい』という言葉しか知らないの。もっとほかの言い方もあるんじゃないのかしら」と妻から嫌味が返ってくる。
 男は昭和時代のラーメンCM「私作る人。僕食べる人」を思い出した。このCMコピーは、男女の役割分業を固定化するとの批判を受けて、2か月ほどで放映中止になった。

 二人の会話の中で男と妻の口から出る言葉の数を比較すれば、妻の5に対して男は1だ。妻がヒステリーを起こした時は要注意だ。機関銃のように言葉の弾丸が容赦なく男に浴びせられる。その時は、妻の10に対して男は1だ。こうなったら会話は成立しない。言い訳は無用。「分かった。分かった」、「ごめん、ごめん」といって、男は2階に自室に逃げ込む。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者