小説「廃屋の町」(第79回)
「この『まちなかコンビニ塾』は高齢者の生きがい対策のことで、妻から提案されて公約に入れたものです」井上が答えた。
「『高齢者の生きがい対策』ってどういうことですか?」
「悠々自適な引退生活を送っている高齢者が残りの人生を有意義に送ってもらうと、何か生きがいになるものを見つけてもらう目的で、高齢者向けに趣味の教室を設けようというものです。例えば、男性なら写真、女性であれば生け花、とかがありますし、カラオケ、園芸、パソコンなどは性別に関係なく、高齢者に人気のある趣味と聞いていますが……。特に長年、会社勤めをしていた男性が定年退職した後、家に居てもやることがないため、パチンコなどをして時間をつぶしているという話を聞きます。そういった、暇で時間を持て余している高齢者に、生涯学習の機会を与えようというものです」
「それはいいことですね。定年退職して仕事から離れたものの、趣味もなければ友達付き合いもなくなってしまって、買物について行くなど妻から離れようとしない『濡れ落ち葉』とか、一日中、家の中でゴロゴロしていることから、『粗大ごみ』なんて奥さんから嫌味を言われて過ごしている男性諸氏がいるそうですが、そういった方が第二の人生を主体的に生きていく上でも大切なことだと思いますよ。ところで、この事業は民間の専門業者に委託して行うんですか?」
「業者には委託せず、市が直営で実施します。ただし、講師は市内に在住する玄人はだしの方にお願いする予定です。妻の知り合いには、展覧会で自分の作品を展示して、腕前を披露するだけでなく、人に教えたいって思っている方が結構いるそうですよ」
「私の妻も『草月流』の生け花を習っていますが、この度、『四級師範』の資格を取ったことから、お弟子さんを集めて教えることができるって喜んでいました。市主催の趣味講座に生け花も入っているんですか?」の講師に呼んでいただければ」
「講座の内容はまだ決まっていませんが、女性に人気の生け花は当然、入ると思います。その時は、遠山議長さんの奥様から講師をお願いしたいと思います」
「ありがとうございます。妻もきっと喜ぶと思います。ところで、この趣味講座を開催する場所は公民館ですか?」
「公民館は趣味講座の生徒さんが作品や練習の成果を発表する場として使うことになると思います。作品を制作したり、練習したりする趣味講座の開催場所は商店街の空き店舗を活用します」
「だから、この趣味講座の名前が『まちなかコンビニ塾』となっているんですね」
「そうです。近くのコンビニに買い物に行くように、誰でも気兼ねなく入って参加できるようにと空き店舗の活用を考えました。空き店舗の活用は吉野課長のアイディアです」
「空き店舗が趣味講座の教室に生まれ変わるわけですね。趣味教室に通ったついでに商店で買い物をする人もいると思いますので、人通りが少なくなった商店街に再び賑わいが戻るってくるんじゃないでしょうか。このパンフレットを有権者に見せれば、幅広い支持が期待できますね」
「あらかじめ遠山議長さんに相談して作成すればよかったんですが、新年度の主要事業をそのまま私の選挙公約に借用させてもらいました。本来は、三月の市議会定例会で御審議、御承認を頂く新年度の事業予算ですが、その前に、私の選挙公約として公表されてしまいますが、ご了解いただけますか?」
(作:橘 左京)