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小説「廃屋の町」(第79回)

2017年9月30日ニュース

「この『まちなかコンビニ塾』は高齢者の生きがい対策のことで、妻から提案されて公約に入れたものです」井上が答えた。
「『高齢者の生きがい対策』ってどういうことですか?」
「悠々自適な引退生活を送っている高齢者が残りの人生を有意義に送ってもらうと、何か生きがいになるものを見つけてもらう目的で、高齢者向けに趣味の教室を設けようというものです。例えば、男性なら写真、女性であれば生け花、とかがありますし、カラオケ、園芸、パソコンなどは性別に関係なく、高齢者に人気のある趣味と聞いていますが……。特に長年、会社勤めをしていた男性が定年退職した後、家に居てもやることがないため、パチンコなどをして時間をつぶしているという話を聞きます。そういった、暇で時間を持て余している高齢者に、生涯学習の機会を与えようというものです」
「それはいいことですね。定年退職して仕事から離れたものの、趣味もなければ友達付き合いもなくなってしまって、買物について行くなど妻から離れようとしない『濡れ落ち葉』とか、一日中、家の中でゴロゴロしていることから、『粗大ごみ』なんて奥さんから嫌味を言われて過ごしている男性諸氏がいるそうですが、そういった方が第二の人生を主体的に生きていく上でも大切なことだと思いますよ。ところで、この事業は民間の専門業者に委託して行うんですか?」
「業者には委託せず、市が直営で実施します。ただし、講師は市内に在住する玄人はだしの方にお願いする予定です。妻の知り合いには、展覧会で自分の作品を展示して、腕前を披露するだけでなく、人に教えたいって思っている方が結構いるそうですよ」
「私の妻も『草月流』の生け花を習っていますが、この度、『四級師範』の資格を取ったことから、お弟子さんを集めて教えることができるって喜んでいました。市主催の趣味講座に生け花も入っているんですか?」の講師に呼んでいただければ」
「講座の内容はまだ決まっていませんが、女性に人気の生け花は当然、入ると思います。その時は、遠山議長さんの奥様から講師をお願いしたいと思います」
「ありがとうございます。妻もきっと喜ぶと思います。ところで、この趣味講座を開催する場所は公民館ですか?」
「公民館は趣味講座の生徒さんが作品や練習の成果を発表する場として使うことになると思います。作品を制作したり、練習したりする趣味講座の開催場所は商店街の空き店舗を活用します」
「だから、この趣味講座の名前が『まちなかコンビニ塾』となっているんですね」
「そうです。近くのコンビニに買い物に行くように、誰でも気兼ねなく入って参加できるようにと空き店舗の活用を考えました。空き店舗の活用は吉野課長のアイディアです」
「空き店舗が趣味講座の教室に生まれ変わるわけですね。趣味教室に通ったついでに商店で買い物をする人もいると思いますので、人通りが少なくなった商店街に再び賑わいが戻るってくるんじゃないでしょうか。このパンフレットを有権者に見せれば、幅広い支持が期待できますね」
「あらかじめ遠山議長さんに相談して作成すればよかったんですが、新年度の主要事業をそのまま私の選挙公約に借用させてもらいました。本来は、三月の市議会定例会で御審議、御承認を頂く新年度の事業予算ですが、その前に、私の選挙公約として公表されてしまいますが、ご了解いただけますか?」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第78回)

2017年9月28日ニュース

 2月上旬、井上将司市長は、事務所に詰めている選挙スタッフに挨拶をした。
「おはようございます。市長の井上です。これまで公務に忙殺され事務所に足を運ぶことがなかなかできず、選対本部長の遠山議長さん始め、スタッフの皆さんに大変お難儀をお掛けしていることをお詫び申し上げます。告示日まで2か月ほどとなり、これから益々忙しくなってきますが、よろしくお願いします」
 井上陣営の事務所に詰めている選挙スタッフは、田沼市建設業協会加盟の建設会社から派遣された男性社員と宗教団体「六光学会」田沼支部の婦人部会員だ。建設会社から派遣された社員は選挙用の印刷物のポスティング業務を担当し、六光学会の婦人部会員はお茶出しなどの内勤業務のほか、印刷物の会員宅への配布を担当する。婦人部長の井上君子は井上市長の妻だ。六光学会は市長選挙では井上氏支持を表明している。六光学会田沼支部の会員数は3500人余りで、有権者総数の4・1%を占める。無視できない組織票だ。
 井上陣営の市長選挙向けの政策パンフレットが、数日前に事務所に搬入された。一面には井上将司市長の顔写真と経歴、市長としての3期12年間の実績が列挙されている。上段には「継続こそ力なり!市政の更なる前進を目指して!」こんなチャッチコピーが掲載されている。二面には公約にあたる政策が掲載されている。上段には「田沼市の輝ける未来を創造するための六つの光」というチャッチコピーが掲載され、新年度事業予算が6項目に分類され掲載されている。
一.子育て
〇子育て世帯の住宅建設・取得資金の助成…5800万円(新規)
〇保育料の無料化(第二子以降)…3200万円(新規)
〇子供の医療費助成(中学卒まで)…3500万円(拡充)
二.教育
〇田沼第一中学校増築・大規模改修事業…3億7000万円(新規)
〇小中学校施設の耐震化・大規模改修事業…12億9000万円(新規)
三.健康
〇総合体育館整備事業(設計業務委託)…5700万円(新規)
〇高齢者の人間ドッグ受診費用助成…2500万円(新規)
〇高齢者の体育施設使用料の免除…140万円(新規)
五.生活 
〇住宅リフォーム助成事業…2億2000万円(拡充)
〇消雪パイプ整備事業…8億7000万円(拡充)
〇国道バイパス接続市道整備事業…5億3000万円(新規)
〇公民館の耐震化・大規模改修事業…5億4000万円(新規)
〇支所庁舎の耐震化・大規模改修事業…7億4000万円(新規)
六.文化
〇文化会館整備事業(設計業務委託)…6300万円(新規)
〇まちなかコンビニ塾…1200万円(新規)

「井上市長、このパンフレットはよくできていますね。事業費を入れたことで、インパクトのあるものになっていますよ。我々会派の要望も入れてもらって、例年になく公共事業予算が増額になっています。子育て支援の事業予算もちゃんと確保されていて、子育て世代への配慮も忘れていませんね。原案は誰が考えたんですか?」井上陣営の選対本部長で市議会議長の遠山信一が尋ねた。
「原案は市長政策課長の吉野君が作ってくれました。彼は頭脳明晰な職員ですよ」井上が答えた。
「そうですね。吉野課長は議会事務局に議事調査係長として三年ほど在籍していたことがありましたが、ぴかいちの職員でしたよ。新人議員は彼に頼りきりで、初めて臨む市議会定例会で、一般質問の勘所について、親身になって相談に乗ってくれていましたよ」
「私も、時々、彼の頭を借りることがありますよ」
 市長政策課長の吉野昌夫は、井上市長の政策ブレーンとして重用されていた。同期入庁組の中で一番早く課長に昇進した。庁内では次の総務部長と目されている。
「ところで井上市長、6の文化のところにある『まちなかコンビニ塾1200万円』とありますが、これはどんな事業ですか?この事業も吉野君の発案ですか?」遠山が尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第77回)

2017年9月26日ニュース

「井上さん、あんたも県職員を長くやっていたから、その辺の事情が分かるだろう?田沼市にある県営東部工業団地は元々、工業団地には不向きな場所だったんだ。高速道路のインターからは遠いし、国道のバイパスから工場団地に通じる県道も市街地を通っているためにアクセスは非常に悪い。あれは渡辺前知事とあんたの前任の長谷川寅蔵前市長が仕組んだ公共事業だよ。当時県の土木部長だった長谷川さんが田沼市長選挙に出るというもんだから、渡辺前知事が長谷川さんの持参金代わりにしようと、あの場所に100ヘクタール規模の工業団地構想をぶち上げたんだ。田沼市内で行われる県の公共事業が先細りするなかで、市内の建設業界の票を長谷川さんに集めるためにやったものだ。もちろん私の選挙のためもあるけどね」山田県議は苦笑いをしながら答えた。
 20年前の4月に行われた統一地方選挙で長谷川寅蔵前市長と山田良治県議会議員は初当選を果たした。山田県議は話を続けた。
「県営工業団地がある場所は牛の飼料用に使っていた採草地だった。ガットのウルグアイ・ラウンドで米国産の牛肉とオレンジの輸入自由化が決まった以降、国内の畜産業が衰退していった。肉牛中心の田沼市の畜産業も大きな打撃を受けて廃業する畜産農家も沢山あった。そんな中、要らなくなった採草地を県の企業局が買い取って工業団地として造成したものだ。二束三文の土地が県事業の公共用地として高く売れたもんだから、廃業した畜産農家も喜んだよ」
「確か、山田さんの実家も畜産農家だったんじゃないですか?」井上は山田兄弟に向かって言った。
「正直なところあの時に入った土地代金でウチもAランクの業者に仲間入りできました。それに5年間続いた工場団地の造成工事のおかげで我々地元の建設業界も息を吹き返しましたよ。あの工業団地の造成工事がなければ畜産農家のように我々の業界も干上がっていたでしょうね」
 山田会長は苦笑しながら答えた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第76回)

2017年9月24日ニュース

「失礼します」建設課長の佐々木健一が入れ替わりで市長室に入ってきた。
 佐々木は山田会長と山田県議に一礼した。
「佐々木さん、いつもお世話になっています。4月からはよろしくお願いします」
 山田会長が佐々木に挨拶した。
「あ、そうか。佐々木君は4月から建設業協会の事務局長になるんだってね?」井上が言った。
「はい、事務局長のポストが4月に空席になるんで、山田会長さんからウチに来てくれないかと頼まれまして……」佐々木が言った。
「この前、佐々木君に頼んでおいた来年度発注予定の公共工事の一覧表はできたかね?」
 井上が言った。
「はい、出来上がっております」
 佐々木は「平成27年度田沼市建設工事発注見通し」と題する資料を3人に配った。
 この資料には建設課が来年度に発注する公共工事について、工事名、施工場所、施工期間、工事概要、概算事業費、入札契約の方法、入札予定時期などが書いてある。資料に目を通した井上は山田会長に言った。
「山田さん、これらの公共工事を受注する業者を建設業協会の方であらかじめ決めておいてほしいんですが……」
「分かりました。例年よりも発注件数が多くなっているようですが?」
「はい、今年度よりも予算規模が3割増しになっていますし、それと、より多くの会員企業に仕事をしてもらおうと、大きな工事は細かく分けたので発注件数が多くなっています」
 井上は山田会長に答えた。
「佐々木君、ありがとう。もういいよ」佐々木課長は一礼して退席した。
 山田県議が資料を見ながら県の補助事業について説明を始めた。
「井上市長、市長選の公約の柱になっている文化会館と総合体育館の整備事業については、私が県の担当課に頼んで補助額を嵩上げしてもらったよ。それに国道バイパスに接続する市道の新設についても県の担当課に掛け合って補助率を引き上げてもらった。それと、これは県事業だが国道から県営工業団地に伸びる県道のバイパス新設が決まった。来年度予算で用地測量が行われることになっているよ」
「さっき、吉野君から財政が裕福な戸板市の話がありましたが、あそこは市営の工業団地に工場がたくさん進出した結果、固定資産税などの市税収入が増えて、交付税の不交付団体になったんですよね。田沼市の子育て世代が、就業の場がたくさんあって、子育て支援も充実している戸板市に逃げているというような話も聞きます。それに比べて、ウチにある県営工業団地の方は、分譲を開始して20年近くにもなりますが、さっぱり工場が増えていません。それどころか団地の半分近くが太陽光パネルで埋まっています。どうしてあんな不便な場所に、県は100ヘクタールもの工業団地を造成したんでしょうかね?」井上は山田県議に尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第75回)

2017年9月22日ニュース

 一月下旬、井上は市長政策課長の吉野昌夫を市長室に呼んだ。市長室には田沼市建設業協会長の山田信夫と山田の実弟で県議会議員の山田良治がいた。
「吉野君、座りたまえ」井上が言った。
「吉野君、今ほど新年度事業から市長選の公約に盛り込む政策について山田会長と山田県議とで話し合っていたんだが、公共事業の絞り込みはほぼ終わった。あとはソフト事業の中から市長選の公約に入れた方がいいものを君に伺いたいが……」
「そうですね、田沼市は少子高齢化が周辺の市町村よりも進んでいますから、子育て世帯向けの政策と高齢者向けの政策を打ち出した方が広く有権者にアピールできると思います」
 吉野課長は、昨年行われた国勢調査の結果をまとめた資料を配って説明を始めた。
「田沼市の総人口に占める15歳未満の人口の割合は2割です。一方、65歳以上の人口の割合は3割です。田沼市は県内19市の中で最も子供の割合が少なく、お年寄りの割合が最も高くなっています。分かり易く言えば、10人いると子供が2人、お年寄りが3人、残りの5人が働いている世代ということです。また一人の女性が生涯に産む子供の数を示した合計特殊出生率も田沼市は県内最下位の1.16です。これは何を意味するかといえば、田沼市の子育て世帯の多くは子供が一人しかいないということです。ちなみに県内で一番高い出生率になっているのは戸板市の1.96です。市営の工業団地に企業進出が続いたおかげで、普通交付税の不交付団体になっている戸板市は財政力が県内一位です。自由に使える財源が潤沢にある戸板市は子育て政策が充実しています。一例を挙げれば、保育料の無料化とか、学校給食費の無償化とか……」
「吉野君、金持ちの戸板市の話はもう、それでいいよ。要するに、私の選挙公約に何をチョイスしたらいいのか、君の考えを聞かせてもらいたい」
 吉野課長は新年度のソフト事業(新規)の一覧表を3人に配って説明した。
「まず、子育て支援策から申し上げますと、子育て世帯の住宅建設資金の助成なんかどうでしょうか?子育て世帯が市外に流失しないための施策ですが、子育て世帯が住宅建設したり取得したりした場合、建設費や取得費の一部を助成するものです。保育料の無料化もいいと思います。これまでは、対象世帯を生活保護世帯や住民税の非課税世帯に限っていましたが、子供が2人以上いれば全員、無料にします。次に、高齢者対策としては、高齢者の人間ドック受診費用の助成なんかどうでしょうか?会社勤めの頃は、会社の助成があって安く受診できたのに、退職したら全部自己負担になったので何とかして欲しいという声が沢山、市に寄せられています。それと高齢者の体育施設使用料の免除なんかもいいと思います。最近、健康寿命を延伸しようと室内スポーツを始める高齢者が増えていますから……」
「吉野君、ありがとう。もういいよ」吉野課長は一礼して退席した。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第74回)

2017年9月20日ニュース

「しかたがありませんよ。県の土木部出身の殿は、ヒトよりもコンクリートがお好きなようですから」
 佐野が言った。
「複合施設にした方がいいって、殿に入れ知恵をしたのは中山部長だろう?」杉田が佐野に尋ねた。
「吉野市長政策課長じゃないですか?市長の政策ブレーンを自認する吉野課長はその辺のことは熟知していると思われます」佐野が言った。
 市長政策課長の吉野昌夫は井上市長の懐刀として庁内で幅を利かせていた。吉野課長は異例のスピードで課長に昇進して、次の総務部長と目されている。
「『殿、ご乱心』と言って、暴挙を止めさせる者がいないのかね?」杉田が冗談めかしに言った。
「殿中にはいませんねえ。殿を代えるしかないと思います」佐野が言った。
「殿を代えるしかないか……。ところで坂井さん。健全化法の4指標はどうだったかな?昨年度の決算額から出した健全化判断比率だけれど?」杉田が尋ねた。
「今、資料を持ってきます」坂井係長が資料を取りに自席に戻った。
 地方公共団体(都道府県、市区町村)の財政状況を統一的な指標で明らかにし、財政の健全化や再生が必要な場合に迅速な対応を取るために、財政健全化法が平成21年4月に施行された。同法で設定された財政の健全性を示す次の4つの指標(健全化判断比率)が設けられた。
1.実質赤字比率(税収や地方交付税に対する赤字額の割合)
2.連結実質赤字比率(公営ギャンブルや宅地造成、観光事業などの特別会計を加えた赤字額の割合)
3.実質公債費比率(税収や地方交付税に対する地方債などの借金の割合)
4.将来負担比率(第三セクターや地方公社など関連団体を含めた将来の借金負担の重さを示す)
 上記、4つの健全化判断比率に基づいて、早期健全化基準以上である地方公共団体は「財政健全化団体」に、財政再生基準以上である地方公共団体は「財政再生団体」に認定され、国の指導の下で財政再建に取り組まなければならない。
 早期健全化基準は、自主的な改善努力による財政健全化が必要な水準(黄色信号)で、実質公債費率が25.0%(財政再生基準)を超えると、財政健全化計画の策定が求められる。実質公債費率が35.0%(財政再生基準)を超えると、国等の関与による確実な再生が必要な水準(赤信号)となり、財政再生計画を策定し、国から厳しい財政再建が求められる。平成19年に財政破たんした北海道夕張市が財政健全化法に基づき「財政再生団体」第1号に認定された。
 テーブル席に戻った坂井が資料のコピーを配って説明を始めた。
「実質赤字比率と連結実質赤字比率は、赤字が発生していないので、『該当なし』です。次に実質公債費比率ですが、これは24.5%になっています。4番目の将来負担比率は320.0になっています。これら2つの指標は、いずれも早期健全化基準の25.0%、350.0%に近づいています」
 坂井が言った。
「北海道夕張市のように、田沼市が財政破たんしないことを祈るばかりだよ」
 杉田が苦笑いしながら言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第73回)

2017年9月18日ニュース

「はい、私が入札係の主任をしていた頃に市立病院の入札を担当しました。端から見るとおかしな入札だったように見えたかもしれませんが、法令や要綱に基づいて適正に行われた入札です。市議会でもそのように説明しています」
「誤解しないでください。別に、坂井さんを疑っている訳じゃないんです。不自然な入札になったのは上層部の意向が働いた結果じゃないかって、思っただけですよ」杉田が言った。
「坂井さん、どうしたんですか?顔色が悪いですよ」課長補佐の佐野が言った。
「大丈夫です。いずれ、はっきりすると思います」坂井が言った。
「話が大分、横道に逸れたね。本筋に戻そう。合併特例債の上限額が350億円あるからといって、全部使い切る必要はないんじゃないか?東日本大震災の発生で特例債の発行期間が合併後15年間に伸びたからといって、無理して使い切る必要はないと思うけどね」杉田が言った。
「でも国が返済額の7割を負担してくれるんだったら、使わない手はないですよ」佐野が言った。
「そうかな?合併特例債で行う事業が載っている合併建設計画には、270億円分の事業予算しか計上されていないじゃないか」杉田が言った。
「中山総務部長から聞いた話ですけど、合併建設計画の適用期間が5年延長されたことに合わせて、特例債が使える事業を追加して350億円を全部使い切るようにと、市長からご下命があったそうですよ」佐野が言った。
「ほんとかい!私は聞いていないけどね。じゃ残りの80億円は何に使うんだい?」
 杉田がぶ然とした顔で言った。
「中山部長の話では、合併前の旧4か町村が整備した公民館や体育館が老朽化したので、建て替えるって話ですよ」佐野が言った。
「合併特例債は類似の公共施設を統廃合する場合にしか使えないじゃないか?合併前の旧4か市町村は、公民館や体育館など同じような公共施設をそれぞれ持っていた。これら類似の施設を一、二か所に集約する場合に限って、合併特例債が使えるんじゃないのか?」杉田は言った。
「複合施設にするそうですよ」佐野が言った。
「複合施設?」杉田が怪訝な顔をして言った。
「例えば、支所庁舎と公民館、公民館と体育館を合体させせた施設とか、だそうですよ」佐野が言った。
「誰がそんなことを言ったの?」杉田が尋ねた。
「中山部長です」佐野が言った。
「それは詭弁だよ。そんなことをしても集約化したことにならないよ。合併して8年が経つけれど、合併当初の人口と比べて7%減少した。8年でマイナス7%ということは、大まかに計算すれば、40年でマイナス35%の人口減少だ。合併時に約11万人あった人口が40年後には約7万2千人になるってことじゃないか。それなのに、同じような公共施設を統廃合しないでそのまま建替えるなんて、将来の利用人口を無視した税金の無駄使いじゃないか!」杉田は語気を強めて言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第72回)

2017年9月16日ニュース

「話は変わるけど、ウチもあと5年で30年の住宅ローンが完済するけど、毎月の給料や年2回のボーナスからローンの返済額が自動的に差し引かれ、残ったお金で生活しなければならない。25年間、そういう生活をしてきたよ。二人いる子供も社会人になったので、今は家計も楽になったけど、大学生の頃は大変だったよ。二人とも東京の大学に進学したもんだから、子供たちの仕送り分を差し引いてカツカツの生活だったよ。もちろん、私の小遣いは雀の涙ほどだったけどね」
「私の家もそうでしたよ。どこの家も同じですね。亭主の給料は女房が管理し、住宅ローンの返済、子供の教育費、生活費の順で引かれ、残ったお金の一部が亭主の小遣いですからね」
 佐野が相槌を打った。
 国は平成の大合併を強力に推し進めるために、様々な財政上の優遇措置を講じた。その一つが、公共施設の整備や基金の造成に使える合併特例債だ。合併後10年間、合併建設計画に掲載された、合併に伴って必要な公共事業の財源にするため、合併特例債を発行することができる。合併特例債の返済時に元利償還金の7割が地方交付税として国から交付される。しかし、東日本大震災の発生がきっかけとなって、平成24年6月、被災地では合併後20年間、被災地以外は15年間に渡り特例債の発行が可能になった。
 なお、長野県では平成の大合併で120市町村が77にまで減少した。減少率は35.8%。長野県の隣にある新潟県では112あった市町村が4分の1に近い30まで減少した。減少率は73.2%で、全国第3位の減少率だ。
「返済額の7割を国が負担するとはいえ、合併特例債が借金であることに変わりはないよ。ところで、田沼市が使える合併特例債の上限は幾らだったかな?」杉田が尋ねた。
「約350億円です。このうち6割にあたる210億円は既に使っていますので、残り140億円を7年間で使うことになります」坂井が答えた。
「そういえば、一昨年10月に竣工した市立病院も合併特例債を使って建設したんだよね?確か、総事業費は約130億円だったと思うけど、この借入金は210億円に入っているの?」杉田が尋ねた。
「全部は入っていませんが、130億円のうち80億円が合併特例債で残りの50億円は病院事業債を充てています」
「ああ、そうか。今、思い出したけど、確か市立病院の入札はJV(共同企業体)方式で行われ、入札に参加したJVは一者しかなくて、結局、その一者が落札したんだったよね。一回目は入札価格が予定価格を上回って不落になって、その場で二回目が行われた結果、落札率が99.9%と極めて高く、異例尽くめの入札だったよね。市議会の一般質問で改進党系や共立党の議員さんたちが、官製談合があったんじゃないかって、市長や入札課長に質問していたけど、うやむやに終わってしまった感じだったよね。当時、坂井さんは入札課にいたから、その辺の事情はよく知っているんじゃないの?」
 杉田が尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第71回)

2017年9月14日ニュース

 1月下旬、田沼市役所の財政課では、新年度の当初予算編成作業が大詰めを迎えていた。新年度当初予算案は3月上旬に始まる市議会の3月定例会で審議される。
「杉田課長、新年度予算案がまとまったので、これから説明したいのですが、よろしいですか?」
 予算係長の坂井盛男が財政課長の杉田昇に言った。
「大丈夫だよ」杉田は答えた。
 二人は課長席前のテーブルに向かい合わせで座った。杉田の隣に課長補佐の佐野俊樹が、坂井の横には予算係主任の杉本弘樹が着席した。
「それではお願いします。最初に一般会計当初予算案から説明します。予算総額で471億円になります。前年度対比で10.5%の増加です。歳入で見ますと、市税121億円。前年度対比で2%の増加です。地方交付税が125億円。前年度対比で7%の増加です。市債(借入)が57億円と大幅に増えています。前年度対比で37%の増加です。また国・県支出金(補助金)が78億円と、こちらも増加しています。前年度対比で10%の増加です。次に、歳出の方ですが、普通建設事業費(公共事業費)が90億円で大幅に増加しています。前年度対比で35%の増加です。公債費(借入金の返済額)は52億円と微増です。前年度対比で4%の増加です。次に、主要事業では……」
 予算係長の坂井と主任の杉本が交代で、新年度予算案の概要を説明した。
「選挙の年になると公共事業予算が大幅に増えてくるね。4月の市長選と県議選、それに10月の市議選と知事選。年に4回も選挙がある今年は『選挙イヤー』だけど、我々財政課にとっては『嫌な年』だよ」杉田は皮肉っぽく言った。
「そうですね。新規事業の多くは選挙を意識した公共事業です。新規事業では、教育関係で、田沼第一中学校増築・大規模改修事業費として3億7000万円が計上されています。健康推進関係で、総合体育館整備事業費(設計業務委託)として5700万円が計上されています。文化教養関係で、文化会館整備事業費(設計業務委託)として6300万円が計上されています。更に、支所庁舎の耐震化・大規模改修事業費として7億4000万円が計上されています。継続事業では、生活関係の消雪パイプ整備事業費として8億7000万円、住宅リフォーム助成事業費として1億2000万円、国道バイパス接続市道整備事業費として5億3000万円がそれぞれ計上されています」坂井が言った。
「坂井さん、今、説明のあった公共事業は合併特例債を使ってやるんでしょう?」杉田が尋ねた。
「もちろん、そうです。国が返済額の7割を負担してくれる合併特例債を使わないと、これらの公共事業の実施は無理ですよ」坂井が答えた。
「借金返済の財源補てんが手厚い合併特例債を使えば、返済財源となる地方交付税は増えてくるよね」
 杉田が言った。
「当然、そうなります。歳入科目の市税と地方交付税について、対前年度比を比較すると、市税は2%しか増加していませんが、交付税の方は7%も増加しています」坂井が答えた。
「地方交付税は、本来、基本的な行政サービスに必要な財源を確保するための財源だろう?市税と同じように、一般財源として自由に使えるはずの地方交付税だけど、実際は借金返済に回っている分があるんだよね。一体、どれくらいあるんだろうか?」杉田が言った。
「そうですね。来年度の公債費は52億円で見積もっていますが、3分の2は地方交付税で賄っています」坂井が答えた。
「へえ!そんなにあるの。驚いたね。52億の3分のは約35憶か。来年度の地方交付税が125億円だから、125億のうち35億は借金の返済に回さなくてはならないってことか。使い道が自由な地方交付税とはいっても、3割近くは借金返済に使われているんだね」
 杉田は電卓を叩きながら話を続けた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第70回)

2017年9月12日ニュース

 井上陣営も一月中旬に選挙事務所を開設した。場所は山田組の社有地だ。山田組が建設資材置き場、建設重機の置き場として使っている10ヘクタールの広大な場所にプレハブの選挙事務所が建設された。このプレハブの施工を請け負ったのが山田組だ。この場所に山田良治県議会議員の選挙事務所も建てられた。プレハブ造りの建物は建設会社のお家芸だ。
 井上陣営の事務所開きは山田良治県議会議員の事務所開きと合同で1月下旬に行われた。事務所開きには地元選出の国会議員、県議会議員、市議会与党議員、建設業協会、商工会議所、農協などの地元経済団体の代表者、地元建設会社の社長など総勢200人ほどが集まった。事務所の壁には国会議員、県議会議員から交付された為書きや経済団体の推薦状がびっしりと張られていた。来賓、立候補予定者の順で挨拶が終わった後、選挙対策本部長を務める市議会議長の遠山信一が壇上に立った。
「井上市長から要請を受けて、この度の市長選挙の選対本部長を務めさせていただくことになりました市議会議長の遠山です。市長選挙が終わった半年後の10月には我々、市議会議員の選挙が控えています。今日ここに集まった我々、与党議員も自分の選挙のつもりで井上市長の4期目の当選を目指して頑張るつもりです。相手候補は政治経験もなければ行政経験も全くない素人です。しかし油断は禁物です。人生は上り坂もあれば下り坂もあります。政治の世界ではもう一つの坂があります。『まさか』です。盤石に見える組織も、いつ何時、坂を転げ落ちるかもしれません。気を引き締めて井上市長の勝利に向けて頑張りましょう!」
 翌日の長野日刊新聞に、甘木陣営と井上陣営の事務所開きの記事が掲載された。記事には次の見出しが掲載された。
 4月実施の田沼市長選挙 現職と新人による一騎打ちか 
 井上陣営は組織選挙 甘木陣営は草の根選挙
 市長選の争点は文化会館と総合体育館建設の是非か
 井上将司氏は推進 甘木雄一氏は見直し
(作:橘 左京)

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