小説「廃屋の町」(第64回)
「いいぞ!選挙がんばれよ!」会場から声援が上がった。
「山田県議さん、ありがとうございました。最後に井上市長さんからご挨拶を頂戴します」
「明けまして、おめでとうございます。今ほどの山田県議さんからの挨拶の中で、私が言おうとしていたことが大部分含まれておりましたので、私の方は手短に終わらせていただきます。新田沼市が誕生して8年が経ちました。この間、市政を担当して分かったことは、いまだに中心部の旧田沼市区域と周辺部の旧3か町村区域とで住民意識のずれが解消されていないということです。周辺部に住む人からは、『合併したけれども、中心部だけが良くなって、周辺部はだんだんと寂れてきた』という声が寄せられていますし、中心部に住む人からは、『合併しなくても、少子高齢化が進む周辺部は自然と寂れてくる』といった意見が寄せられています。このような中心部と周辺部とのわだかまりをなくし、約10万人の田沼市民の心が一つになって、合併して本当に良かったと感じてもらえるような、事業が必要であろうと考えました。いろいろある中で考えたのは、二年後に迎えます合併10周年の記念事業として、文化会館と総合体育館を建設したほうがいいんじゃないかということであります。これらの公共施設は合併特例債を使えば、市の負担は少なくて済みます。今年度の補正予算で調査費を計上し、新年度当初予算には設計業務委託費を計上する予定です。建設工事は今年の暮れ頃に皆さんに発注できるものと考えております。いずれにせよ、春の市長選で当選しなければ、この大事業は日の目を見ないわけでありまして、山田県議さん共々、皆さんからは特段のご支援、ご協力をお願いします」
パチ、パチ、パチ
「いいぞ!選挙がんばれよ!」会場から声援が上がった。
「井上市長さん、ありがとうございました。それでは、乾杯の発声に移らせていただきます。乾杯のご発声は市議会議長の遠山信一様よりお願いします。皆さん、グラスを持ってご起立願います」
「市議会議長の遠山です。4月の地方統一選挙では山田県議と井上市長が有権者の審判を受けるわけでありますが、10月の市議選では、我々市議が審判を受ける番になります。まずは4月の選挙で両候補を当選させて、田沼市民約十万人の安全・安心な生活基盤と産業基盤を整備するともに、市民の皆さんが合併のメリットを享受できるような地域社会を作っていきましょう。それでは、乾杯!」
乾杯!乾杯!乾杯!
「それでは、お時間の許すまでごゆっくりとご歓談ください」
開宴を待ちかねた10数名のコンパニオンがテーブル席に向かった。センターテーブルには、建設業協会会長の山田信夫、副会長の岩村健吾、県議会議員の山田良治、市長の井上将司、市議会議長の遠山信一、田沼市土地改良区理事長の松本正蔵が着座している。
「山田県議さん、今回の県議選は選挙になりそうだと、さっき会長が挨拶のなかで言っていましたが、現職の2人の他に誰が出るんですか?」岩村が山田県議に尋ねた。
県議会議員の田沼市選挙区は定数二人を、民自党の山田良治と改進党の加藤功がそれぞれ議席を分け合っている。前回の県議選では、田沼市選挙区は定数を超える立候補者はなく無投票当選だった。
「手島一郎という人だ。民自党の国会議員だった稲田徳三郎さんの地元秘書をしていた人物だよ。無所属で出るという話だよ」
(作:橘 左京)