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小説「廃屋の町」(第52回)

2017年8月9日ニュース

 12月中旬、甘木は小島孝雄が見つけてくれた商店街の空き店舗に選挙事務所を構えた。
「こんにちは」小島が甘木の事務所に顔を出した。
「あら、孝雄ちゃんじゃないの。今日はお店、お休みなの?」事務所番の久保田恵子が言った。
「ばか言えよ。ウチは年中無休だよ。配達のついでに、立ち寄ったんだ。これ、陣中見舞いだよ」
 小島がペットボトルの飲料が入った段ボール箱を床に置いた。
「孝雄ちゃん、ありがとう。ここは選挙事務所にはお誂え向きの場所だわ。ここにいると商店街の様子がよく分かるのよ。商店街を歩いている買い物客のほとんどはお年寄りね。それもおばあちゃんがシルバーカーを押して歩いているわ。きっと近所に住んでいるお年寄りだわ」
「ウチの店の顔なじみのお客さんもシルバーカーを押して買い物に来るね。シルバーカーってよくできているよ。杖代わりにもなるし、腰掛けにもなる。それに荷物入れも付いているので、お年寄りが買い物に行く時には便利な道具だね」
「熱いコーヒーでもどうぞ」
「ありがとう」
「シルバーカーってお年寄りにとっては必需品よね。うちの母もシルバーカーを押して近所のお友達のところに出掛けたりしているわ」
「甘木は外に出ているの?」
「健ちゃんと挨拶回りに行っているわよ。3時には帰って来るはずよ」
 久保田は部屋の時計を見ながら言った。
「ただいま」甘木と風間が帰って来た。
「お帰りなさい。外は寒かったでしょう。今、熱いコーヒーを入れるわよ」
「あれ、小島じゃないか?お店の方は大丈夫なのかい?」風間が言った。
「この時間帯は近所に住むお年寄りが買い物に来る程度で客は少ないね。もっとも4時になると、お年寄りはぴたりと来なくなるけどね」小島が言った。
「あら、どうして?」久保田が尋ねた。
「4時になると時代劇のテレビ番組が始まるんだ。再放送だけどね。お年寄りはその番組を見たくて、4時になると外出を控え、また外出先から帰って来るんだ。ウチのお袋も毎日、欠かさずに時代劇を見ているよ」小島が言った。
「それ、分かるよ。甘木と挨拶回りをして気づいたんだけど、平日の昼間に挨拶回りに行っても、家に居るのはお年寄りばかりだね。特に4時頃にお年寄りの家を訪ねると、テレビの大きな音が玄関先まで聞こえてくるんだ。時代劇を見ているんだなって分かったよ。大相撲が始まると相撲中継を見ているおじいちゃんもいたよ」風間が言った。
「特に、寒くなるとお年寄りは家に引きこもりがちだわ。話し相手のいないお年寄りにとって、テレビがその代役を務めているのかもね」久保田が言った。
「何だい?このゲラ刷りの紙は?『まちづくり八策』って書いてあるけど」小島が言った。
「市長選向けに作った政策で、いま校正しているところだよ。僕が市長に当選したら、こういうまちづくりをしたいという思いを政策にしたものだよ」甘木が言った。
「この『まちづくり八策』には、甘木と俺たち同級生が3か月余りかけて、田沼市内を隈なく回って集めた住民の声や地域の実情がこの政策に集約されているんだ。小島からもらった意見や要望も入っているよ」風間が言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者