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小説「廃屋の町」(第61回)

2017年8月25日ニュース

「今ほど、息子さんは城南大学に在籍していたって言われましたね。城南大学って、東京にある城南大学ですよね?」風間が尋ねた。
「ああ、東京の城南大学だよ」老人が答えた。
「城南大学って、甘木が卒業した大学と同じですね。亡くなった治夫さんはどちらの学部に在籍していたんですか?」風間が老人に尋ねた。
「当時、私は訳あって家族と別居していたので、息子が城南大学のどこの学部に在籍していたかは分からないね」老人が答えた。
「甘木は野上治夫さんって人を知っているかい?甘木よりも二つ年上だけど……」
 風間が甘木に尋ねた。
「総合大学の城南大学は学生数が多いからね。学部が違えば校舎も違うし、同じ学部であっても昼間部と夜間部とでは授業は別々だし、郷里が同じといっても学生の交流は全くないね。僕が大学に在籍していたのは30年以上も前の話だけど、同じ大学の学生が山岳遭難で亡くなったって話は覚えているよ。亡くなった方が野上治夫さんという人だったかは記憶にないけどね」甘木が答えた。
「私らは、今年で52歳になりました。30年も年月を重ねれば顔かたちは変わってきますよ。私なんか二十歳の頃は、髪の毛はもっと沢山あって、ふさふさしていましたけど、いまじゃご覧のとおりの禿げ頭ですよ」風間が苦笑いして言った。
「髪の毛は変わっても頭の骨格は変わらない。それに甘木さんの鼻に黒子があるが、息子も同じ場所に黒子がある」と老人が言った。
 老人は立ち上がって、仏壇から遺影を取り出して風間に渡した。風間は甘木の顔と遺影に写った老人の息子の顔を見比べた。
「本当だ。甘木と同じように息子さんの鼻にも黒子がある。しかし自分と同じ顔を持つ人がこの世に3人いるって話はよく聞きますからね」風間が言った。
「ところで、鴨居に掛けてある二枚の遺影はどなたの写真ですか?40代くらいの女の人と高校生くらいの女の子の写真ですが……」風間が尋ねた。
 老人は遺影に目を移した後、顔を二人に向けて言った。
「ああ、あの遺影かね。妻と娘の写真だよ」
「お二人とも若くして亡くなられたんですね。病気か事故ですか?」風間が尋ねた。
 老人は一瞬、目を閉じた後、「自殺だよ」と答えた。
「ええ、自殺ですって!嫌なことを聞いて、失礼しました。お爺さんは野上昭一さんですよね?」
 風間が老人に尋ねた。老人の顔色が変わった。
「そうだけど。それがどうかしたかね?」
「ぶしつけな質問かもしれませんが、あなたは元田沼市職員の野上昭一さんですよね?汚職事件を起こして逮捕され、懲戒免職になった野上昭一さんですよね?」風間が言った。
「風間、そんな失礼なことを聞いちゃだめだよ!」甘木が風間の言葉を遮った。
「甘木さんいいんだよ。本当のことだからね。確かに私は収賄容疑で逮捕され、市役所からは懲戒免職処分を受けた野上昭一、本人だよ。私が田沼市の建設課の発注係長だった頃、市が発注する公共工事の予定価格を建設業協会事務局長の須藤紀夫に漏らして、その謝礼として現金を受け取ったとして警察に逮捕された。収賄の罪で起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けたんだ。裁判では、私が公共工事の予定価格を漏らしたことや、その見返りに現金を受け取ったことは認めた。本当のことだからね。私の不祥事が家族三人の人生を狂わせてしまったんだ。私が罪を犯したことで、妻や息子、娘がこの町で暮らし、この家で生活できなくなった。私の所為で家族の絆が断ち切られ、一家は離散した。自殺した妻や娘には取り返しつかないことをしてしまった。事故で死んだ息子にだって、別の人生があったかも知れない」老人の顔に苦悩の色がにじんだ。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者