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小説「廃屋の町」(第132回)

2018年1月14日ニュース

「私はあの山の事故以来、甘木雄一として人生を送ってきました。しかし、二年前に田沼市に帰ってきてからは、野上治夫が時々、私の心の中に現れるようになりました。治夫は、父親であるあなたに憎しみを抱きながら生きてきました。あなたの身勝手、無責任な行いで人生を狂わされ亡くなった母や妹の気持を思うと、あなたに対する憎悪が一層、強くなっていました。風間さんとこの家を訪ねる前に、何度かこの家の前を車で通ったことがありました。野上治夫に戻って、玄関の戸を開けたいという思いに駆られたこともありました。しかし、野上治夫は30年目に山の事故で亡くなって、母や妹と同じように彼岸にいます。あなたに抱いている憎しみがどれほど大きくても、彼岸にいる3人はその気持ちをあなたに伝えることはできません」
「彼岸にいる3人?治夫は彼岸にいるということかね?それでは、今、ここで私と向き合っているあんたは誰だね?」
「甘木雄一です。先ほど、私の位牌に焼香したことによって、私は野上治夫の人格を捨てることができました。田沼市長の甘木雄一からすれば、あなたは一人の善良なる市民であり、あなたに対して、特別な感情はありません」
「そうか。では、此岸にいる私は、彼岸にいる妻の聡子、息子の治夫、娘の洋子に犯した罪をどのようにして償えばいいんだろうか?」
「それは、野上さん自身が考えることです。私が申し上げる話ではありません。市長として、これから私がやらなければならないことがあります。本来、公益に奉仕すべき公務員が、その職責を忘れ、私益に奉仕せざるを得ない状況を正すことです。この地域には旧態依然とした悪弊が風土病のように根付いています。この悪弊を断ち切らなければ、田沼市の未来は切り開けないと考えています。いつの時代も、未来を開拓するのは子供たちです。私は、田沼市を子供たちが夢や希望を抱けるような町にしたいと考えています」
「甘木さん、あなたはお爺さんにそっくりだ。甘木富雄市長が就任した直後に長野県北部地震が発生しました。復旧・復興に向けた多額の予算が国から被災地につぎ込まれ、それが特需となって地元の建設産業を潤したわけですが、その一方で、市から提供された入札情報をもとに入札談合が公然と行われていました。甘木市長は、4年間の市政運営の中で一番に取り組んだのが入札改革でした。談合体質の入札にメスを入れ、競争原理が働く公正公平な入札に改革しようと尽力されましたが、それを阻止したのが建設業界です。改革半ばで、甘木市長は抵抗勢力の権謀術数によって再選を阻まれたんです。公益に奉仕する立場にありながら職を汚してしまった私が言うことではないかもしれませんが、今度は、孫のあなたが亡くなったお爺さんの遺志を汲んで改革を成し遂げて欲しいと思っています」
 野上は畳に両手をついて頭を下げた。田沼市長甘木雄一は、もう二度と帰ってくることのない我が家に別れを告げ、野上の家を後にした。野上昭一は家族の霊を弔うために、四国巡礼の旅に出た。家を処分して旅に出た野上には戻って来る我が家はない。(了)
(作:橘 左京)

【お知らせ】
 ●長い間のご愛読を感謝申し上げます。小説「廃屋の町」は、編集作業を経た後、5月に文芸社より全国出版されます。
 ~真実は内側・裏側・後ろ側にある!元市長が明かす闇に隠れた不都合な真実
 厳冬期の剣岳「野上、俺に代わって生きてくれ!」甘木は野上と繋がったザイルを自ら切った。
 市長選を間近に発覚した市立病院建設工事の官製談合疑惑 リークした市職員を粛清!
 「死人に口無しだよ」~
 ●2月からは、小説「強欲な町」を連載します。

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第131回)

2018年1月12日ニュース

 市長選挙が終わって数日後、田沼市長の甘木雄一は野上昭一の家を訪ねた。甘木は建て付けの悪い玄関の引き戸を、ギー、ギー、ギーと、音を上げながら開けた。
「ごめんください」
 しばらく経って、奥から「どちらさまですか?」と男の声が聞こえた。
「田沼市長の甘木雄一です」
「甘木雄一?違うよ!あんたは野上治夫だろう?お前が来るのを待っていたよ」
 黒猫を抱いた野上が玄関に現れた。真っ黒に日焼けした顔をした野上治夫は父の昭一に向かって、「私が治夫だってことをお父さんは知っていたんですね。今日は当選の挨拶に伺いました」と言った。
「そうか。おめでとう、治夫。ここはお前の生まれた家だ。さあ、上がりなさい!」
「はい」
 治夫はミシミシと音を立てながら、昭一の後に続いて廊下を歩いた。通された六畳間の中央には座卓が置かれ、片隅に仏壇が据えられていた。
「今日は、お母さんと洋子の命日でしたね。二人に焼香させてもらってよろしいですか?」
「命日?ああ、そうだったか!」昭一は悲しげな表情を浮かべた。
 治夫は焼香台の手前に進み二人の遺影に向かって一礼した後、3回焼香し合掌した。
「聡子も洋子も草葉の陰で喜んでいることだろう」
 昭一は茶葉を入れた急須に湯を注いだ後、お茶の入った湯呑を治夫に差し出した。治夫は左手で湯呑を受けて言った。
「いつか、この日が来るんじゃないかって思っていました」
「私が消息を絶ってから、最初にお前に会った日のことを覚えているかい?」
「もちろん覚えています。もう30年も昔の話ですが、私が城南大学の夜間部に在籍していた時だったと思います。お父さんは上野駅の地下通路で私に声を掛けましたね?」
「ああ、忘れもしないあの時だ。正直、びっくりしたよ。あんなところで、お前と再開するとは思ってもみなかった。あの時、私がお前たち家族を見捨てたことを詫びるつもりだったんだが、お前は私の手を振り切って逃げるようにその場を立ち去ったね」
「すみません。剣岳の冬季登攀を計画していた私は、上野駅発富山行きの急行能登に乗るために急いでいました」
「一緒にいた人は甘木雄一さんだろう?」
「そうです。二人で冬の剣岳登頂を目指して登攀していましたが、山頂を目前にして、甘木君は滑落し亡くなりました。彼は私に、甘木雄一として人生を送ってくれと言い残して、私と繋がっているザイルを自分で切って谷底に落ちていきました。あの時から、これまで私は甘木雄一として生きてきました」
「今年2月頃だったが、お前は風間さんという方とこの家を訪ねて来たね。自分の素性が暴露されるかもしれないのに、どうして、ここを訪ねてきたんだね?」
「上野駅の地下通路で、偶然にもお父さんと出会った時に、お父さんは『私の話を聞いてくれないか?』って言ましたね?あの時、私に何を言いたかったのか、それを確かめたかったからです。風間君とこの家を訪ねたあの日、お父さんは、私が野上治夫だってことに気付いたんじゃないですか?」
「そのとおり。お前が息子の治夫だと確信したのは、治夫の遺影を見て口にした言葉だよ。治夫の遺影が別山尾根経路で登頂した剣岳山頂で撮った写真であることや、左手でVサインを出した治夫の写真を撮ったのが父親である私だということ、治夫本人でなければ分からないことを私の前で話した。一緒にいた風間さんは気付いていなかったようだが、私は、あんたが治夫本人に間違いないと思ったよ。もっとも治夫と同じ左利きであることは、私が向けた湯呑を左手で受けた時に気付いたけどね。あの場では、お前が治夫本人であることを質すことはできなかった。お前が甘木雄一さんに成り済ましていることが明らかになれば、山岳事故で亡くなった甘木雄一さんの遺志を継いで生きてきたお前の人生が台無しになるからね。市長当選だって無効になるかも知れない。嘘の立候補届けをしたことになるからね。当選無効になれば、お前の人生を二度狂わせたことになる。そんなことはできない。治夫、あんたは家族を捨てた私を、今でも恨んでいるだろう?」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第130回)

2018年1月10日ニュース

 17日から始まった選挙戦は23日に終わった。また18日から始まった期日前投票も22日に終了した。
 24日の日曜日。午前7時から市内70か所の投票所で投票が始まった。甘木雄一は入場券を持って、妻の美由紀、娘の春香と一緒に近くの投票所に出掛けた。甘木の家族が投票所に入ると、受付窓口に作業服を着た数人の若者が並んでいた。受付担当の市役所職員が首を傾げながら入場券と選挙人登録名簿をチェックしていた。作業服で投票所に来るなんて、日曜日でも仕事が入っているんだろうか、と甘木は思った。
 投票を済ませた甘木は家族3人で、自宅近くのレストランに出掛け食事をした。
「あなた、一週間、お疲れ様でした」妻の美由紀が雄一に労いの言葉を掛けた。
「君こそ、留守中、苦労を掛けたね」雄一が言った。
「お父さんの顔が日に焼けて真っ黒よ。お父さんは絶対に当選するわよ!私、昨日の夜、お父さんが当選して万歳している夢を見たわ!」春香が笑って言った。
「ありがとう!春香。お父さん、嬉しいよ!」雄一は春香の言葉に勝利を予感した。
 家族との食事を済ませた雄一は午後から事務所に出掛けた。事務所では風間と久保田が開票結果を待つ会場づくりを始めていた。
「ご苦労さまです」
 甘木も会場づくりを手伝った。中央の神棚に向かって右側に子育てグループからプレゼントされた必勝千羽鶴が飾られた。
 午後8時、市内の70か所で行われた投票が終了した。投票箱は施錠され市の中央体育館に運ばれた。午後9時、最初に期日前投票の投票箱が開錠された。開錠され投票箱から投票用紙が取り出され、色分けされたコンテナ箱に仕分けされていった。
 午後9時、甘木は事務所に入った。家では美由紀と春香が吉報を待っている。事務所には風間、久保田など同級生50人程が集まって開票結果を見守った。
「中央体育館で開票状況を見守っている小島からの連絡では、期日前投票は井上陣営が得票数を伸ばしているそうだ」選対本部長の風間が言った。
「ええ!」事務所内に動揺が走った。
「大丈夫かしら?」久保田が心配そうに言った。
「大丈夫だよ。期日前投票は業界団体や宗教団体などの組織票が多い。こういう展開になることは最初から分かっていたよ。想定内だ」風間は落ち着いた様子で答えた。
 最初リードしていた井上陣営の得票数であったが、投票日当日の開票作業が始まると二人の票差が徐々に縮まってきた。事務所の時計は午後11時を回っていた。
 午後11時半過ぎ、「田沼市長選挙 甘木雄一氏当選確実」のテロップがテレビに流れた。
「万歳!万歳!」選挙事務所の中は拍手喝采に包まれた。一時間後、二人の得票数が確定した。
 甘木雄一 32432票 当選
 井上将司 31675票
 票差が757票と僅差での勝利だった。事務所の時計は25日午前零時半を回っていた。
「甘木、当選おめでとう。頑張ったね。市長選勝利はゴールではなくスタートだ。気を付けるんだ。君の行く先は魑魅魍魎が住む伏魔殿だ。君の掲げる市政改革を阻止しようと、手ぐすね引いて待ち構えている輩がいる」たぬま新報編集長の高橋が言った。
 翌日、長野県警捜査二課と田沼署は、公職選挙法違反の買収(供応接待)容疑で、井上事務所と建設業協会事務所など、関係先の家宅捜査を行った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第129回)

2018年1月8日ニュース

 甘木を乗せた選挙カーは、午前8時から午後8時までの12時間稼働し、市内を隈なく細かく回った。甘木は随所に街頭演説を入れた。街頭演説では、お年寄りに優しい安心して暮らせるまちづくり、寂れてしまった農村集落や住宅街に子育て世帯を呼び込み賑やかなまちづくりを訴えた。また昨年8月下旬に田沼市を襲った台風による農業被害を取り上げて被害農家への市の救済措置が不十分だった点や選挙告示日前に予定されていた田沼市青年会議所主催の市長選挙公開討論会が井上陣営の一方的な参加拒否によって中止になったことについても言及した。
 庭仕事の傍ら手を振るおじいさん、家の中から手を振るおばあさん、田んぼ仕事や畑仕事の傍ら手を振る農家の人たち、幼児を抱きかかえながら手を振る子育て中の女性、散歩中に手を振ってくれた幼稚園児たち、歩道を走りながら手を振ってくれた小学生たち、ヘッドライトを点滅させて合図をする対向車線を走る車の運転手、甘木は確かな手ごたえを感じていた。
 一方の井上は、遠山選対部長の指示を受けて告示日の翌日から建設会社を中心に市内の事業所回りを始めた。告示日翌日から始まる期日前投票による票を集めるためだ。井上と建設業協会事務局長の佐々木健一を乗せた車が市内の建設会社を巡回した。石井組の事務所に着いた二人を社長の石井伸晃が出迎えた。
「ご苦労さまです。さあ、どうぞ、こちらに」石井は二人を社長室に招き入れた。
「昨日は石井社長さんはじめ社員の方から休日にもかかわらず出陣式にご出席をいただきありがとうございました。期日前投票が始まる今日から事業所回りを始めています。社員の方に期日前投票に行ってもらいたくお願いにまいりました。これは出陣式と期日前投票の足代ですのでお受け取り下さい」
 佐々木は現金の入った茶封筒を石井に差し出した。
「分かりました。わたしから社員にお願いしてみます」石井はすぐさま茶封筒を胸ポケットに入れた。
「先月、協会から届いた文書に、今年度ウチに発注する市の公共工事が載っていましたが、あれはほんとうなんですか?」石井が佐々木に尋ねた。
「もちろんほんとうです。私が市長になれば石井さんのところでやってもらう仕事ですよ」
 井上は答えた。
「分かりました。会社挙げて井上市長を応援します」石井は答えた。
「よろしく、お願いします」井上は石井に頭を下げた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第128回)

2018年1月6日ニュース

 井上陣営は瓢箪池の大駐車場を出陣式の会場に選んだ。出陣式の会場には地元選出の国会議員、県議会議員、周辺市町村長など御歴歴を乗せた黒塗りの公用車が集まった。近くの八幡神社で必勝祈願を終えた井上は山田県議や出陣式に出席した御歴歴の挨拶を終えた後、壇上に上がって、集まった300人余りの聴衆を前に第一声を上げた。
「本日、石黒先生はじめ国会議員の先生方、地元田沼市選出の山田県議さん、また戸板市長はじめ周辺市町村長さん、市内経済団体代表の皆さんからは、早朝より、私こと、井上将司の出陣式にご臨席を賜りまして感謝を申し上げます。先ほどご挨拶をいただいた石黒先生から、行政は継続が大事だというお話がありました。3期目は市立病院の民営化で始まって新病院の建設で終わった4年間でした。新病院の建設によって田沼市の医療環境は整備されましたが、一方で、生活環境に関わるインフラ整備や産業基盤に関わるインフラ整備が立ち遅れております。継続こそ力なり、新田沼市を更に飛躍させるため、皆さま方の特段のご支援を賜りたく、よろしくお願い申し上げます!」
 パチ、パチ、パチ。スーツ姿の参加者や作業着を着た建設会社の社員らから拍手が上がった。
 選挙カーに乗った井上は集まった参加者に手を振って応える。ウグイス嬢の声が周囲に響き渡る。
「市長候補の井上、井上将司でございます。市政は継続が大事!市政の更なる飛躍を目指します。市長には井上、井上将司に清き一票をよろしくお願いします!」
「市長候補の井上、井上将司でございます。市長としての12年間の実績が光ります!市長には井上、井上将司に清き一票をよろしくお願いします!」
「市長候補の井上、井上将司でございます。まだまだ足りないインフラ整備。井上将司はしっかり取り組んでいきます。市長には井上、井上将司に清き一票をよろしくお願いします!」
 翌日18日、地元紙「長野日刊新聞」に、「田沼市長選スタート 現職と新人よる一騎打ち 現市政の継続か市政転換か」という見出しで田沼市長選挙の記事が掲載された。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第127回)

2018年1月4日ニュース

 4月17日の日曜日、田沼市長選挙が告示された。甘木陣営は事務所近くの諏訪神社を出陣式の会場に選んだ。神社での必勝祈願を終えた甘木たちは駐車場で、選挙管理委員会に立候補の届け出に行った同級生の小島孝雄を待った。立候補の手続きを終えた小島が選挙の7つ道具を持って戻って来た。
「一番のくじを引いたよ!」小島が選対本部長の風間に報告した。
「一番のくじだって。小島、やったね!」風間が言った。
「小島、ありがとう」甘木は小島に礼を述べた。
 このくじの順は立候補の届け出の順番を決めるもので、選挙ポスター掲示板にポスターを張る個所や報道機関が立候補者の記事を書く順番を示したものだ。掲示板は二段で構成されていて上が一番、下が二番になっている。
 神社の駐車場には必勝の鉢巻を巻いた風間や久保田をはじめ甘木の同級生らを中心に70人ほどの支持者が集まった。改進党系市議8人と共立党市議2人の姿も見える。
「お父さん、頑張って!」
 娘の春香が声を掛けた。妻の美由紀、姉の山口久子の姿も見える。必勝と朱書きした鉢巻を巻いた甘木は選挙カーから伸びたマイクを手にして第一声を上げた。
「本日は、早朝より私、甘木雄一の出陣式にご出席をいただきありがとうございました。私は昨年9月に出馬表明して以来、自分の足で市内各地域、地区を隈なく回ってきました。これまで市内全世帯の約4分の3にあたる2万4千世帯を訪問し、市民の皆さまから、市政に関する様々なお話を伺ってきました。郊外だけでなく市街地でも急速に進む少子高齢化現象。空き家が増え、外で遊ぶ子供の姿が見えなくなって寂れてしまった地域があちこちに見られます。田沼市の未来を築くはずの子供たちが田沼市からいなくなっています。これは田沼市の将来に不安を感じた子育て世帯が市外に流失しているからです。3期12年続いた井上市政は無駄な公共事業に税金をつぎ込んで、市の借金を増やしてきました。増え続ける市の借金残高。借金の返済に不安を感じた子育て世帯が子供を連れて市外へと流出しています。一方で、やがては空き家になってしまう高齢者だけの家が増えています。利益誘導と既得権益者擁護の井上市政がこの先続くことを多くの市民が憂慮しています。市民不在の市政の流れを止めて、市民が主役の市政に転換することが求められています。私、甘木雄一は光の当たらない場所や光の届かない市民に『夢と希望』の光を届け、『市民の、市民による、市民のための市政』を実現します。どうか皆さんのお力で、私、甘木雄一に市長の椅子をお与えいただけますようお願い申し上げます」
 パチ、パチ、パチパチ。会場は大きな拍手で包まれた。
「お父さん、かっこいいよ!」春香の声が聞こえる。
「頑張れ!」「頑張ってよ!」同級生など支持者の声援があちこちで沸き起こった。
 選挙カーに乗った甘木は手を振って春香や支持者の声援に応えた。大勢の支持者に見送られながら甘木を乗せた選挙カーが出発した。ウグイス嬢の声が周囲に響き渡った。
「市長候補の甘木、甘木雄一でございます。不公平、不平等、不透明な市政の流れを断ち切り、公平、平等、透明性のある市政に転換しましょう!市長には甘木、甘木雄一に皆さんの大切な一票を託しましょう!」
「市長候補の甘木、甘木雄一でございます。市民不在の市政から市民が主役の市政に戻しましょう!市長には甘木、甘木雄一に皆さんの大切な一票をお願いします!」
「市長候補の甘木、甘木雄一でございます。無駄な公共事業ばかりで市の借金が増えています。子供たちへの借金の仕送りは許しません!市長には甘木、甘木雄一に皆さんの大切な一票を託しましょう!」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第126回)

2018年1月2日ニュース

 3月の第一水曜日に部課長会議が開催された。冒頭、井上市長の挨拶があった。
「職員の皆さん。おはようございます。役所の師走は年度末の3月です。今年度事業予算を滞りなく執行していただきたいと思います。また新年度予算案につきましては、例年になく皆さんにご尽力をいただき無事に編成することができました。皆さんにご苦労をお掛けして作った新年度予算案が9日から始まる市議会3月定例会に上程されます。4月の市長選挙はまさにこの新年度予算案に盛り込まれている主要事業、政策が争点になると言われています。新年度予算案には文化会館と総合体育館の設計業務委託費が計上されています。2年後に迎える合併10周年を10万人の市民が心を一つにして祝うことが、これからの田沼市が前進する上で大事なことではないかと考えています。そして、これからの田沼市にふさわしい象徴的な、そして田沼市の輝ける未来を創造するためにも、文化会館と総合体育館の建設が必要だろうと考えています。職員の皆さんからは特段の御理解と御協力を頂けるものと信じています。……」
 井上市長の挨拶が終わった後、中山邦夫総務部長が口を開いた。
「今ほど市長から、4月の市長選挙は新年度予算案に盛り込まれている主要事業、政策が争点になるというお話があったわけですが、この点について、私から補足説明をさせていただきます。皆さんの職場で担当者が市内の関係機関に業務連絡する際に、『4月の市長選挙には井上市長をよろしくお願いします』と、最後に一声を添えて頂きたいと思います」
「これって公務員の地位利用による公職選挙法違反(法136条の2違反)じゃないか」
 中山部長の話を聞いていた財政課長の杉田昇はつぶやいた。
 部課長会議を終えて席に戻った建設課長の佐々木健一は、係長の横田紀夫を呼んで入札室に入った。二人が入った後、入札室のドアが閉められた。
「横田君、君に頼みたいことがあるんだ。これは来年度の公共工事の発注見通しの一覧表だ。君も分かるとおり、田沼市が発注する土木工事は、原則、市内に本社を置いている建設業者に限定している。この一覧表の備考欄に業者名が入っているが、これは受注業者が内定しているという意味だ。この件については建設業協会の山田会長も了解済みだ。そこで君にお願いしたいのは、この一覧表に載っている受注内定業者の担当者に連絡を取ってもらいたいんだ」
「課長、私が業者に電話をして何を話せばいいですか?」
「業者に電話したら、担当者に『この工事はオタクにやってもらうことになりましたので、お知らせします。この件については井上市長も了解済みです』って言ってもらいたいんだ」
「ええ!まだ入札をしていないのに、もう施工業者が決まっているんですか?それって官製談合じゃないですか?」
「横田君、余計なことを考えなくてもいいよ。君は私に言われたとおりのことをすればいいんだ。それと、この一覧表は外部だけでなく内部にも絶対に流失しないよう厳重に管理して欲しい。用が済んだら一覧表は廃棄して欲しい」
「建設業協会に天下る佐々木課長の持参金かよ」
 入札室を出た横田は不満げにつぶやきながら席に戻った。
 4月上旬、産業建設部長の関口博が観光振興課長の木下信行を部長室に呼んだ。
「失礼します」木下は一礼して部長室に入った。
「実は、木下さんに頼みたいことがあるんだ」
「部長、何でしょうか?」
「実はね、市長選挙の告示日に瓢箪池の駐車場を出陣式の会場に使いたいという話が、井上市長からきているんだけど、何とか便宜を図ってもらえないだろうか?」
「この時期は、瓢箪池の桜を見に来る観光客もいますし、それに団体客を乗せた観光バスも立ち寄ります」木下は困惑した顔つきで答えた。
「出陣式には国会議員、県議会議員、周辺市町村長など御歴歴が大勢集まる。市が管理する広い場所はあそこしかない。それに出陣式に使うのは朝の8時半から1時間ほどだ。花見客がまだ来ない時間帯だし。木下さん、頼むよ」
「分かりました」木下は渋面で返答した
「無理が通れば道理が引っ込むか」木下は呟きながら席に戻った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第125回)

2017年12月31日ニュース

「買収した方からすれば、相手に飲食を提供した見返りに票をもらえるわけですし、買収された方からすれば、自分や家族の票をあげる見返りに、飲食の提供を受けるわけですし、お互いがそれぞれ便宜を受ける関係になってしまうからです。一方で、事件として警察に摘発されれば、お互いが罪に問われるといった不利益を被るという関係にもなります」米山が言った。
「一蓮托生の関係ってことか」甘木が呟いた。
「もう一つ井上事務所に取材に行って気づいたことがあったよ」髙橋が言った。
「何だい?気付いたことって?」風間が尋ねた。
「ホワイトボードのスケジュール表に、井上市長のミニ集会の日程がびっしりと書き込まれていたんだ。ミニ集会は、土日は事務所で平日は午後7時から町内会の集会所で行っているらしいだが、平日のミニ集会は一日5か所も入っている日もあったね」高橋が言った。
「ええ!一日に5か所もできるのかよ?井上市長は、日中公務があるから、平日は夜間にしか政治活動はできないけど、1か所で1時間は掛かるとして5時間にもなる。移動時間も含めればそれ以上の時間が掛かる。5か所もやれば翌日になってしまうよ。高齢な井上市長の体力を考えれば、無理なスケジュールだよ」風間が言った。
「ところがミニ集会に費やす時間は1か所当たり2,30分になっているんだ」高橋が言った。
「そんな短い時間で、井上市長の選挙公約、確か『六つの光』だったと思ったけど、それを説明できるの?全然時間が足りないよ」風間が言った。
「ミニ集会では、井上市長の選挙公約が載っているパンフレット『六つの光』を配った後、市長の挨拶があってそれで終わり。井上市長は次の会場に向かうというパターンみたいだね」高橋が言った。
「たったそれだけ?わざわざ井上市長の公約を聞きに集会所に集まったのに、市長の挨拶だけで終わりじゃ、有権者に失礼じゃないの?」久保田が言った。
「ミニ集会を開催する本当の目的は別のところにあるみたいだね」高橋が言った。
「何だい?別の目的って?」風間が尋ねた。
「飲み食いさせて票を集めようということさ」高橋が言った。
「それは、もしかして買収ってこと?」甘木が言った。
「ミニ集会の表向きの理由は井上市長の選挙公約の説明会になっているけど、本当の目的は、集会に集まった有権者に飲食を提供して投票をお願いすることみたいだね。ミニ集会は井上市長の後援会「将進会」が取り仕切っているようだが、「将進会」は町内会を単位にして網の目のように張り巡らされている。この前、井上事務所に取材で行ったら、別室にいる後援会の幹部連中が町内会の世話役に電話を掛けて、ミニ集会が終わった後の宴会の打ち合わせをしている話を、偶然に聞いてしまったんだ」
 高橋が言った。
「ミニ集会に参加する人は井上市長の話を聞きたくて集まるんじゃなくて、タダで飲み食いができるからじゃないの?時間も夜だからね。集まるのは男性がほとんどだと思うけどね」風間が言った。
「タダかどうか分からないけど、参加者から会費を取っているとしても、僅かな金額だと思うけどね。一方、土日や祝日の昼間に井上事務所で行われる集会には女性が多いって聞いているよ。参加者には松花堂弁当や高級和菓子が付いているからね」高橋が言った。
「いずれのケースも公職選挙法違反の買収にあたります!」米山が語気を強めて言った。
「夜は酒で男性票を釣って、昼は弁当やお菓子で女性票を釣る。お金が幾らあっても足りないわ」
 久保田が言った。
「金のかからない選挙にしようと、公職選挙法で選挙費用の上限額が定められていますが、選挙費用が上限額をオーバーしても、オーバーした分を隠してしまえばそれまでですよ。いずれにしても、買収は、候補者だけではなく有権者としてのモラル・自覚に関わる問題ですよ。選挙権は憲法が保障する基本的人権の一つです。この天賦の権利がお金で捻じ曲げられてしまうのは、民主主義の危機です。何とも嘆かわしいことです」米山が言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第124回)

2017年12月29日ニュース

「飲み食いをさせる場所ってどこかしら?まさか、向かいにある居酒屋『寄り道』ってこと?」
 久保田が言った。
「そうかも知れないね。作業服を着て来店すれば生ビールが半額になるって触れ込みだろう。店の壁には井上市長の選挙用のポスターが貼ってあって、建設会社の社員が友人を居酒屋に連れて行って飲み食いさせる。アルコールが回っていい気分になった友人に、井上市長のポスターを見せて投票を依頼する。充分考えられるシナリオだね」風間が言った。
「タダで飲み食いさせるってこと?」久保田が尋ねた。
「タダにすると相手が嫌がるので、少しだけ負担してもらうってことはあるかもね」高橋が言った。
「健ちゃんの話を聞いて思い出したけど、建設会社を経営している私の親戚の人が『寄り道』に行った時の話よ。スーツを着た若い人が作業服姿の人に『先輩、ごちそうさまでした』って言っているのを見たそうよ」久保田が言った。
「恵ちゃんの親戚の人が作業服を着て『寄り道』に行ったの?」高橋が言った。
「そうそう、生ビールが半額になるっていうから行ったんだって。そうしたら、店の人から、『お客さんは田沼市にお住いですか?』って聞かれて、『いいえ、違います』って答えたら、それきりだったそうよ。」
「恵ちゃんの親戚の人が田沼市に住んでいるって言えば、生ビールがタダになったかもしれないよ」
 風間がにやにやしながら言った。
「分かっていれば、そう言ったかもね。それと店の中には井上市長のポスターが張ってあったそうよ」久保田が言った。
「やっぱりそうか。米山さん、居酒屋の中に候補者のポスターを張ることは違反にならなんですか?」
 風間が尋ねた。
「居酒屋のように不特定多数の人が出入りする場所で、立候補予定者のポスターを掲示すれば、事前運動にあたりますね」遠山が答えた。
「事前運動?」風間が尋ねた。
「立候補の届出前に選挙運動を行うことです。選挙運動は立候補の届出を行った日から投票日の前日まで行われます。市長選挙の場合、選挙期間は7日間です」米山が答えた。
「この事務所には甘木君のポスターが張っているけど、それは大丈夫なの?」久保田が尋ねた。
「この事務所のように、特定の人しか出入りできない場所に掲示されているのであれば問題はありません。ただし、通行人に見せようとして通りに向けてポスターを張っていればば、アウトですが……」
 米山が言った。
「違反した場合は罰則があるんですか?」風間が尋ねた。
「1年以下の禁固又は30万円以下の罰金です」米山が答えた。
「買収に比べれば、刑が軽いですね」甘木が言った。
「そうですね。それに、違反しても警察からの警告で終わってしまうことが多くて、警告を無視すれば別ですが、刑罰が科せられることはめったにないようです。さっきも言ったように、選挙犯罪の中で最も刑罰が重いのは買収です。警察の取り締まりも、当然厳しくなります。しかし、買収はなかなか表に出てきません。買収した者も買収された者もウインウインの関係になってしまうため、事件として発覚しにくいんです」米山が言った。
「ウインウインの関係って?」久保田が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第123回)

2017年12月27日ニュース

「長野日刊新聞の記事とか、政財界信州の3月号が影響しているんじゃないかい?特に、政財界信州では、元市役所職員の坂井さんの自殺と、公正取引委員が行った市立病院の官製談合疑惑の調査とを関連付けて書いてあったね」風間が言った。
「多分そういったことも、井上市政の支持率低下として世論調査に表れたんだろうね」高橋が言った。
「自殺した坂井さんは杉田君の部下だった人でしょう?」久保田が言った。
「そう、財政係長だったそうだよ」高橋が言った。
「杉田君から自殺した坂井さんについて詳しい話を聞きたいと思っているんだけど、全然連絡がないわ。それに杉田君や木下君は一度も事務所に顔を見せていないわ。どうしてかしら?」
 久保田が言った。
「仕方がありませんよ。政治的中立性を求められている一般職の公務員は政治行為が制限されていますから」米山が六法全書を開いて、地方公務員法第36条を説明した。
「市役所の中では、市長選に影響するような情報を外部に漏らさないようにと、緘口令が敷かれているらしいよ。特に、杉田や木下は甘木の中学時代の同級生ということで、二人の動向は総務部長や産業建設部長に監視されているらしいよ。市役所の中だけじゃないよ。杉田と木下の二人が甘木の事務所に出入りすれば、直ぐに井上市長の耳に届くからね。それというのも、向かい側にある居酒屋『寄り道』の防犯カメラが甘木の事務所に向けられているからね」高橋が言った。
「もしかして、この事務所の中に盗聴器が仕掛けられているってこともあるんじゃないかい?」
 風間が心配になって、机の下を覗いた。
「ここには隠すものなんか、何もないわよ。むしろ、隠すことがあるのは井上陣営の方でしょう!」
 久保田が言った。
「現在こちらが一歩リードしている状況を踏まえて、井上陣営は、これからどんな手を打ってくるんだろうか?」甘木が言った。
「恐らく実弾を用意すると思うよ」高橋が言った。
「実弾って現金のこと?」久保田が尋ねた。
「そう、現金を配って票を集めるんじゃないだろうか?」高橋が言った。
「それをやれば、買収罪になります」
 米山修二は公職選挙法第221条から223条の買収罪について説明した後、
「このように買収罪は、数ある選挙違反の中でも、重い刑罰が科せられる悪質な選挙犯罪ですから、警察当局も厳しく取り締まっています。この買収罪は、買収した本人だけではなく、買収された人も同じ刑罰が適用されます。また、後援会、会社、労働組合、宗教団体、業界団体などの組織を使って選挙運動が行われている場合、後援会長など、その組織を総括する立場にある人が買収罪に問われ刑が確定すると、連座制が適用され、候補者の当選が無効になり、一定期間立候補できなくなります」と言って話を締めくくった。
「今の米山さんの説明だと、特定の候補者に投票をしてもらおうと有権者に直接、現金を配るというのは、受け取る側からすれば、かなり抵抗があるんじゃないだろうか?受ける方の立場から考えると、飲み食いなどの経費を負担してもらう供応接待の方が抵抗は少ないんじゃないだろうか?」
 甘木が言った。
(作:橘 左京)

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