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選挙と民主主義(第13編)~利益誘導政治は健在か?(その3)

2012年12月31日ニュース

 二つ目の根拠は、公共事業予算の財源に関わる制約です。公共事業予算の財源は建設国債(国の借金)の発行によって賄われています。税収不足を補うために発行される赤字国債と併せた国債発行残高は約709兆円(平成24年度当初予算ベース)にも達し、GDP比率が148%にまで上昇しています。平成24年度の国の一般会計歳入予算総額(約90兆円)に占める国債の発行額の割合は49%、実に歳入予算の半分は借金で賄われている計算です。また、歳出予算総額(約90兆円)に占める国債費(国債の返済額、利息を含む)の割合は24%、4分の1の割合です。新たに借金をしても、その借金の半分は過去に借りた借金の返済に充てられていることになります。

 さて、この国債を買っている人は誰でしょうか。私たち国民です。国債を買った覚えは無いと回答する方が多いと思われますが、半分は本当の話です。実際に国債を大量に買っているのは金融機関(銀行、保険会社など)ですが、その資金は私たち(主に高齢者)が金融機関に預けた預貯金です。金融機関は私たちから低い金利(預金金利)で集めたお金を企業や個人に高い金利(貸出金利)で貸し付けて利ザヤを稼いでいます。しかし、景気の低迷で企業や個人がお金を借りてくれないことから、金融機関は金利の低い国債を大量に買って利ザヤを稼いでいます。国債の金利は低い(新発物10年債の金利は0.8%前後で推移)ことから大量に買わないと利益が確保できないからです。しかし、近年、高齢者が年金では足りない生活費を賄うため預貯金を取り崩していることから、貯蓄率が低下しています。国債の金利は需給関係で決まることから買い手が少なくなれば金利は上昇します。金利が上昇すれば元本価格(時価)は下落し、大量の国債を抱える金融機関の含み損が拡大し財務体質が悪化します。日銀が直接、国債を引き受ければよいとの考え方もありますが、現状では日銀法を改正しなければ直接引き受けはできません。財政規律の問題や市場を通さない大量の貨幣供給によって引き起こされるハイパーインフレの懸念も出てきます。

 国内資金(円)で消化しきれなければ、海外から資金調達すればよいとの考え方もありますが、ソブリンリスク(国家に対する信用リスク)の問題に突き当たります。今や国と地方を合わせた日本の公的債務残高のGDP比率(平成24年度ベース)は214%で、先進国では突出して高くなっています。債務危機が表面化したあのギリシャですら137%程度です。ソブリンリスクが高まると、国債の格下げ不安やデフォルト(債務不履行)懸念から、海外から資金調達が厳しくなってきます。このように公共事業予算の財源が国債発行に依存する限り、財政政策や金融政策による規律・規制に従わざるを得ない宿命にあるのです。

(PS)
 今年も残すところ本日一日限りとなりました。皆さんにとって、今年はどんな一年でしたか。私にとっては、大きな挫折を経験した一年でした。今は、捲土重来を期すべく「雌伏して時の至るを待つ」心境です。一年間このブログをご愛読いただいた皆さまに感謝を申し上げ、今年の締めくくりといたします。ありがとうございました。

(代表 天野市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

選挙と民主主義(第13編)~利益誘導政治は健在か?(その2)

2012年12月30日ニュース

 公共事業による利益誘導政治の限界を示す根拠は二つあります。一つには、地方分権の進展です。地方分権は、地方にできる仕事は国がやるのではなく地方に任せるという考え方です。今後、道州制の移行に伴って地方分権が拡充されることが予想されます。道州制に移行すれば国の仕事は、外交、通商政策、安全保障、治安維持、社会保障政策、通貨政策などに集約化されます。地方分権は国の権限(事務・事業)を地方(都道府県、市区町村)に財源(税源)とセットで移譲する形で行われ、移譲する事務・事業には公共事業も入ります。国が直接執行している直轄事業だけでなく、地方が行う公共事業に対する補助金事業も含まれます。

 仮に大規模な公共事業の執行が国の事業として残るとしても、新規建設事業よりは老朽化した施設の維持補修・更新事業が優先されます。中央自動車道の笹子トンネルの天板崩落事故に象徴されるように、高度成長期に建設された公共インフラが更新の時期を迎えています。その対策が急務とされているからです。票になる新規投資は抑制され、票になりにくい更新投資が今後増えてきます。ですから、有権者が地元選出の国会議員に対して地元(選挙区)への貢献策(票に対する恩返し?)として公共事業予算の獲得を期待しても叶わぬ夢で終わってしまう公算が大きくなります。※次号に続く。

(代表 天野市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

選挙と民主主義(第13編)~利益誘導政治は健在か?(その1)

2012年12月29日ニュース

 今回の衆議院選挙は自民党の圧勝で幕を閉じたわけですが、自民党の古い体質が顔を出してきたように感じられます。それは「防災・減災」に名を借りた公共事業予算の膨張です。自公政権は2013年度予算までのつなぎとして10兆円規模の補正予算を編成する方針を固めましたが、そのほとんどは公共事業予算になりそうです。

 さて、公共事業予算のばらまきを中心とする利益誘導政治は自民党政権の専売特許ですが、今回の衆議院選においても、その力を遺憾なく発揮し議席獲得に貢献したようです。特に地方の選挙区では、有権者の多くは利益誘導政治の復活を期待して自民党の候補者に一票を投じたと考えています。利益誘導政治の象徴的な選挙区が新潟5区です。この新潟5区は「日本列島改造論」を唱え、地方への公共事業の誘導による地域振興を掲げ確固たる政治基盤を築いた故田中角栄氏の選挙区です。今回の衆議院選では、故田中角栄氏の娘であり文部科学大臣の田中真紀子氏(民主党公認、前職)と故田中角栄氏の後援会「越山会」幹部であった長島忠美氏(自民党公認、前職)が激しい選挙戦を繰り広げましたが、軍配は長島氏に挙がりました。長島氏の勝因は早くから地元に入り、旧山古志村長や現職国会議員として新潟中越地震の復旧・復興対策に取り組んできた実績を示すとともに、公共事業の必要性・重要性を訴えてきたことが功を奏したようです。一方の田中氏は、普段から地元の要望・陳情(多くは公共事業予算の獲得)を聞くこともなく、選挙期間中に父の実績を訴えるだけでは、かつて父を支持した有権者の票をつなぎとめておくことは難しかったようです。良くも悪くも、この公共事業による利益誘導が国政選挙における地方選挙区の候補者にとっては議席を得る上で効果的な戦術になっていることは間違いがないようです。

 このように国政選挙での地方選挙区の有権者が自分達の代表者を選ぶ際に重視していることは、議員になってからの地元(選挙区)への貢献度です。その貢献度を計る端的なモノサシが地元への公共事業予算の獲得です。故田中角栄氏が刑事被告人として訴追されながらも、選挙のたびにトップ当選できたのは、地元に巨額の公共事業予算を持ってきた功績によるものです。しかし、日本経済が低成長期に移行した現代においては、公共事業による利益誘導政治の限界が指摘されています。※次号に続く。

(代表 天野市栄)

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選挙と民主主義(第12編)~政治、政局報道から垣間見えるメディアの偽善者的性格

2012年12月23日ニュース

 メディアの政治に対する報道スタンスは批判的立場です。なぜでしょうか。一つには政治権力が報道機関等に行う言論統制への警戒心からです。戦時体制下の日本では、出版法、新聞紙法、国家総動員法などをよりどころにした言論統制が情報局や特別高等警察を中心に行われました。現憲法下では、メディアに「報道の自由」が保障されているため、戦前のような言論統制はありえない話ですが、戦時中の苦い経験から警戒心を緩めていないのです。

 二つ目には、政治権力に対する劣等感や嫉妬心からです。政治権力は、「公共の福祉」を理由にすれば暴力行為や人権侵害、財産の剥奪すら正当化されるほどに強力な権力です。同じ理由でメディアに対する規制も可能です。しかし、私はメディアが有する「報道の自由」も政治権力に勝るとも劣らない権力ではないかと考えています。メディアは、報道を通じて世論を作り出したり、操作したり、誘導したりして政治権力の担い手(政権政党)を代えてしまうほど大きな権力を持っていることは、今回の衆議院選挙の結果をみれば明らかです。

 さて、政治報道におけるメディアの役目(役割)について、勧善懲悪の時代劇に見立てて考えると大変分かり易くなります。本放送は昨年終了しましたが、お年寄りに大人気の「水戸黄門」を例にして考えます。まず、権力を笠に着て私腹を肥やす悪代官役は政治家です。その悪代官に知恵を授ける小役人役は官僚機構です。また悪代官に賄賂をやり私腹を肥やす悪徳商人役は業界団体です。そして悪代官の圧政に苦しめられる農民・庶民役は国民(有権者)です。最後に悪代官や悪徳商人による重税や苦役から農民・庶民を解き放つ水戸黄門役がメディアです。

 メディアは報道を通じて常に善人を装います。一方、政治家に対しては常に性悪説に立った報道スタンスをとります。政治家を悪人扱いにして、政治家本人やその家族のプライバシーに土足で入り込み、醜聞を流すことは得意とするところです。日本維新の会代表代行の橋下徹大阪市長やその親族の人権侵害にもなりかねない連載記事を掲載した週刊朝日に偽善者としてのメディアの性格を垣間見ることができました。
※参考文献:ウィキペディアフリー百科辞典

(代表 天野市栄)

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選挙と民主主義(第11編)~政治の主役は誰?

2012年12月22日ニュース

 ところで、政治の主役は誰でしょうか。政治家ですか?違います、国民(有権者)です。日本国憲法の前文に「…主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」というくだりがあります。国民が政治権力の源(拠り所)・責任主体であり、政府は国民の意思により設立され運営される機関であるとする考え方で「国民主権」といいます。

 今回の衆議院選挙の投票率(小選挙区)は59.32%で、前回選挙と比べて10ポイント近く低下しました。また、前回にも増して無効票が多かったことも指摘されています。今回の選挙結果について、早くからマスコミの世論調査で自民党の優勢が伝えられていました。結果が分かっているから選挙に行かなかった人もいれば、わざわざ投票場に行って無効票を投じた人もいました。前回の政権交代時のような熱気・盛り上がりは無かったように感じます。また、圧勝した自民党にも民主党政権の失政に助けられて政権に復帰したこともあり高揚感は見られません。

 なにか選挙の時だけ有権者が政治の主役のように思われがちですが、そうではありません。「国民の代表者」を決める選挙での有権者の責任は極めて重大ですが、選挙が終わった後も「国民の代表者」を決めた任命責任は有権者に残ります。政治家や政党の選択が間違っていたと途中で気づいても、次の選挙まで我慢しなければならないのです。国政は地方政治と違って、有権者が任期途中の政治家を首にしたり議会を解散することはできないのです。
 よく、日本の経済は一流だが政治は三流などと言われますが、これは政治家自身の資質を問題にしているだけでなく、そういう政治家を選んだ有権者の眼力も問われているのです。まさに「子供(政治家)は親(有権者)の写し鏡」と言えるでしょう。
※参考文献:ウィキペディアフリー百科辞典

(代表 天野市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

選挙と民主主義(第10編)~マニフェスト(政権公約)は空手形か?

2012年12月15日ニュース

 今回の衆議院選挙は、大小12の政党が480の議席(小選挙区300、比例区180)を争う乱戦模様になっています。今回の選挙では、「原発」、「消費増税」、「社会保障政策」、「TPP(環太平洋経済連携協定)」、「議員定数削減」が大きな争点になっています。これらの争点に対する各党の政策スタンスを比べてみると、「する、しない」とはっきりした姿勢を示す政策もあれば、「するけれども、ただし…」、「しないけれども、ただし…」といったどっちつかずの政策もあります。このどっちつかずの政策スタンスは政権獲得を意識した政党に見られる傾向です。世論が二分する政策について、賛成派・反対派の両方から支持を得ようという意図が透けて見えます。

 また、各政党のマニフェストに共通している点は、①個々の政策について、その目的と実施方法・期限・財源などの指標を明確にされていない、②期限や財源などが必要な政策について、判断の基礎となる具体的な数値等を算定し目標数値を設定していないなど、本来マニフェストに盛り込むべき項目が入っていないことです。具体性のない、有権者の受けを狙ったスローガンで終わっているように思えます。

 実はこれには訳があります。前回の衆議選(2009年8月実施)での民主党のマニフェストが反面教師になっているからです。前回の選挙での民主党のマニフェストは、必要事項を漏れなく盛り込んだ、マニフェストの模範解答になるような内容でしたが、財源の裏付けがなかったため実現できた政策は一部しかありません。事業仕分けなどにより歳出の無駄をなくして生み出すとしていた財源を確保できなかったからです。自民党からは「マニフェスト詐欺」と批判されました。

 一方、今回の選挙で政権を獲得すると予想されている自民党は、「マニフェスト」という言葉を使わず「政権公約」という名称を使っています。また、民主党の轍を踏まないよう期限・財源などの具体的な記述はありません。あまり詳しく書くと、できなかった時の言い訳ができなくなるからです。逆に民主党から「マニフェスト詐欺」と言われないための予防線を張っているように思えます。
 人気取りを意識した美辞麗句で飾られた政策や具体性のない政策を信用することはできません。今回も空手形や不渡り手形になるのではないかと危惧しています。
※参考文献:ウィキペディアフリー百科辞典

(代表 天野市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

選挙と民主主義(第9編)~「第3極」という名の既成政党

2012年12月14日ニュース

 今回からは、今月16日に投開票される衆議院議員総選挙に焦点をあててお話します。
 今回の衆議院選では、12の政党が議席を争う混戦模様になっていますが、日本維新の会や日本未来の党といった第3極の動向に有権者の関心が集まっています。投票結果だけでなく選挙後の政界再編にも影響を及ぼすのではと世間の耳目を集めています。

 さて、この「第3極」という言葉。メディアが政治報道や選挙報道の中で多用していますが、その定義付けが曖昧です。私はこの「第3極」という言葉には2つの意味合いが含まれていると考えています。一つは、選挙で獲得する議席数です。保守系2大政党の民主党や自民党に続く保守系第3勢力になれる数の議席を獲得するという意味です。維新の会代表の石原慎太郎氏が演説の中で「選挙で第2極を目指す」という趣旨のことを述べたことからも分かるように、キャスティングボートになれる数の議席を目指すという意味です。もう一つは、政策面で民主党や自民党などの既成政党とは一線を画すという意味です。今回の選挙では、消費増税、原発、TPP、社会保障改革などの政策が争点になるとみられていますが、これらの争点に対し「第3極」が打ち出した政策に新鮮味、独自性は感じられません。

 一方、この「第3極」という言葉には、あの55年体制の崩壊をもたらした「新党ブーム」の再来かと思わせるような響きがありますが、構成議員をみれば、みな既成政党出身の現職議員(注:このブログが出された時点では前職)です。第3極が政党要件(5人以上の現職国会議員)を満たすために既成政党の現職議員を集めたからです。また、第3極に移籍した現職議員の側にも切実な事情があります。それは、(どこの政党とは申しませんが)この政党にいると次の選挙が戦えないという差し迫った危機感です。第3極に逃げられた政党からは「選挙互助会」と揶揄されています。なかには、既成政党から集団離党した議員に軒下を貸したところ母屋まで乗っ取られたケースまであります。国会議員のたくましい生存本能には脱帽します。

(代表 天野市栄)

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選挙と民主主義(第8編)~商品化される「清き1票」

2012年12月12日ニュース

 選挙になると「票を集める」、「票をもらう」、「票をやる」、「票をくれる」などといった言葉を耳にします。こういった言葉を聞くと、あたかも「票」というモノが、有権者と候補者(政党)との間で取引されているような錯覚を覚えます。言うまでもなく「票」は有権者が候補者(政党)の政見や政策などをよく見聞きして、自分たちの代表者にふさわしいと考える候補者(政党)を選定し、投票場においてその名前を記入し投票箱に入れたものです。いわば有権者が選挙権を行使した証しであり、有権者と候補者(政党)との間で取引できる性質のものではありません。

 さて、選挙戦術として候補者(政党)が政見や政策などを示し投票を訴える空中戦のほか、支持者・支持団体を回って投票を呼び掛ける地上戦があります。この「票を集める」、「票をやる」といった言葉には、地上戦における作戦といった意味合いが含まれています。候補者(政党)と有権者との間で、カネで取引される商品と同じように「タダでは票はもらえない」、「タダでは票はやらない」という戦況になれば、至近距離にある有権者の票をめがけて実弾(供応接待・金品の提供など)が飛び交うことがあります。こうなっては、与えた側ももらった側も犯罪(公職選挙法違反)になりますが、これを避けるために行われるのが「利益誘導」です。候補者(政党)が当選した(政権を取った)後に、支持者(支持団体)に対して行われる政策的な便宜供与です。いずれにしても、「清き1票」が商品化されると「汚れた1票」になってしまうのです。

(代表 天野市栄)

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選挙と民主主義(第7編)~投票行動、集票行動から見える投機家心理(その2)

2012年12月8日ニュース

 第3編「有権者は既得権者か?(その2)」で説明したように、有権者の投票行動には利己主義的な動機が含まれています。すなわち、自分や自分たち(集団、組織)の利益確保や負担回避または既得権喪失の回避を期待して、それを叶えてくれそうな候補者・政党を選んで1票を投じるからです。また、有権者が抱くこれらの期待感には履行期限があり、将来において達成されるものでなく「近いうちに」達成される必要があります。

 一方、候補者(政党)の集票行動はどうでしょうか。他の候補者(政党)と議席を争うことから、その関係は競争的なものになります。政策(政局?)が一致する政党間で選挙協力という関係が成立することがありますが、協力関係にある政党は1つの政党とみなしてよいと思います。また、有権者の歓心を得ようと、候補者(政党)が示す政見や政策は、有権者の関心や期待に合わせた内容に修正されます。この政見や政策は有権者に対する約束手形として振り出されますが、空手形であったり履行期限が入っていないこともあります。

 このように、有権者の投票行動と候補者(政党)の集票行動には二つの共通点があります。一つには、「自分(自分たち)がよければ、それでよい」という利己・排他的な動機です。二つ目には、「今がよければ、それでよい」という、将来よりも現時点での利益を優先するという短期的利益の追求です。これは、まさに前回のブログで説明した投機家心理そのものです。
 政治家(政党)が有権者に示すべき設計図は、部分の最適化ではなく全体の最適化であり、有権者に示すべき言葉は、美辞麗句ではなくビジョンではないでしょうか。皆さんはどのように考えますか。

(代表 天野市栄)

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選挙と民主主義(第7編)~投票行動、集票行動から見える投機家心理(その1)

2012年12月7日ニュース

 最初に、株取引を例にして「投機家」とその対極ある「投資家」について、両者の違いを説明します。投機家は、株を安い時に買って、買った株が高くなった時にその株を売って値上がり益(キャピタルゲイン)を得ます。このため投機家は値動きの大きな株に注目します。安い時に買って高くなったときに売れば大きな利益が狙えるからです。この利益は同じ会社の株を売買している人が被った損失から支払われます。投機家は株式を発行している会社の業績や将来性(成長性)にはあまり関心がありません。また、1日単位、数日単位の短期間での売買を繰り返します。

 一方、投資家は、会社の業務内容、業績(財務内容、決算など)や将来性(業績見通し)などを調べて購入する会社の株を選びます。株価よりも会社に関心があります。また、投資家はいったん購入した株は長期間保有し、保有している期間中、会社から配当(インカムゲイン)を得ます。投資家に支払われる配当の原資は会社が儲けた利益です。

 投機家の得る利益の原資は同じ株の取引をしている人が被る損失です。投機は利益と損失が相殺されるゼロサムゲームで、他者の犠牲によって自己の利益を得ようとするため、利己主義的な動機が含まれています。また、投機家は利益の最大化を図るため株の売買を繰り返すことから、短期的思考に基づいた行動となります。一方、投資家の得る利益の原資は買った株を発行する会社の利益です。投資家の得る利益は会社の利益と連動することから、利己(投資家)と利他(同じ株を保有する他の投資家、会社)が両立する関係にあります。。また、投資家は株の売買よりも保有を優先することから、長期的思考に基づいた行動となります。※次号に続く。

(代表 天野市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者