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選挙と民主主義(第12編)~政治、政局報道から垣間見えるメディアの偽善者的性格

2012年12月23日ニュース

 メディアの政治に対する報道スタンスは批判的立場です。なぜでしょうか。一つには政治権力が報道機関等に行う言論統制への警戒心からです。戦時体制下の日本では、出版法、新聞紙法、国家総動員法などをよりどころにした言論統制が情報局や特別高等警察を中心に行われました。現憲法下では、メディアに「報道の自由」が保障されているため、戦前のような言論統制はありえない話ですが、戦時中の苦い経験から警戒心を緩めていないのです。

 二つ目には、政治権力に対する劣等感や嫉妬心からです。政治権力は、「公共の福祉」を理由にすれば暴力行為や人権侵害、財産の剥奪すら正当化されるほどに強力な権力です。同じ理由でメディアに対する規制も可能です。しかし、私はメディアが有する「報道の自由」も政治権力に勝るとも劣らない権力ではないかと考えています。メディアは、報道を通じて世論を作り出したり、操作したり、誘導したりして政治権力の担い手(政権政党)を代えてしまうほど大きな権力を持っていることは、今回の衆議院選挙の結果をみれば明らかです。

 さて、政治報道におけるメディアの役目(役割)について、勧善懲悪の時代劇に見立てて考えると大変分かり易くなります。本放送は昨年終了しましたが、お年寄りに大人気の「水戸黄門」を例にして考えます。まず、権力を笠に着て私腹を肥やす悪代官役は政治家です。その悪代官に知恵を授ける小役人役は官僚機構です。また悪代官に賄賂をやり私腹を肥やす悪徳商人役は業界団体です。そして悪代官の圧政に苦しめられる農民・庶民役は国民(有権者)です。最後に悪代官や悪徳商人による重税や苦役から農民・庶民を解き放つ水戸黄門役がメディアです。

 メディアは報道を通じて常に善人を装います。一方、政治家に対しては常に性悪説に立った報道スタンスをとります。政治家を悪人扱いにして、政治家本人やその家族のプライバシーに土足で入り込み、醜聞を流すことは得意とするところです。日本維新の会代表代行の橋下徹大阪市長やその親族の人権侵害にもなりかねない連載記事を掲載した週刊朝日に偽善者としてのメディアの性格を垣間見ることができました。
※参考文献:ウィキペディアフリー百科辞典

(代表 天野市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者