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小説「廃屋の町」(第2回)

2017年4月29日ニュース

 4月27日。甘木が田沼市長に就任する日の朝を迎えた。黒塗りの公用車が甘木の自宅前に止まった。
「おはようございます。甘木市長」
 総務部長の中山邦夫と秘書係長の日下部俊夫が、玄関先に出て待っていた雄一と美由紀に挨拶した。
 日下部が車の後部座席のドアを開け甘木が乗り込んだ。甘木を乗せた黒塗りの公用車が静かに動き出し、住宅街を抜けて市役所の正面玄関前に止まった。大勢の職員が甘木新市長を拍手で出迎えた。同級生の風間健一、久保田恵子、小島孝雄の姿も見える。女性職員から花束を受け取った甘木は日下部に導かれ、エレベーターに乗って二階の市長室に向かった。

 市長室に入った甘木は黒い革張りの椅子に腰を下ろしたが、なんとなく座り心地が悪い。出版社に勤務していた頃のオフィス用の椅子の方が落ち着くような感じがした。机には当選祝いの祝電が束になって積まれていた。県知事や県内市町村長、国会議員、県議会議員、建設業協会など業界団体の長から届いた祝電が机の上に山積みになっていた。甘木は最初の5、6通に目を通した後、祝電の束を机の抽斗に仕舞い込んだ。

「失礼します」
 甘木に花束を渡した女性職員が部屋に入ってきた。緑茶を入れた湯呑を甘木の机にそっと置いた。
「秘書担当の佐久間涼子と申します。よろしくお願いします。甘木市長、今度、ご自宅から湯飲み茶わんとコーヒーカップをお持ちになってください。そちらに飲み物をお入れしますから……」
「分かりました。明日持ってきます。佐久間さんは、先ほど玄関前で、花束を渡してくれた方ですよね?」
「はい、そうです。あ、そうだ!甘木市長、水を入れたバケツを持ってきますので、そこに花束を入れてください。そうすれば、お家に帰るまで大丈夫ですから」
「ありがとうございます」甘木は女性職員に笑顔で応えた。
 佐久間と入れ替わりで、秘書係長の日下部が入ってきた。甘木は日下部から名刺の入ったケースを受け取った。名刺には「田沼市長 甘木雄一」と書いてあった。

 甘木は、日下部から今日の日程についての説明を受けた。午前10時には講堂で職員訓示、午後からは市議会議長と周辺市町村長への挨拶回り、翌日からは国や県の関係行政機関への挨拶回りが続く。
 午前10時。講堂に集まった三百数十人ほどの職員を前に、甘木は訓示した。
「おはようございます。このたびの市長選挙で多くの市民の皆さまからご信任を賜り当選させていただきました甘木雄一です。私は政治家経験や行政経験は全くありません。職員の皆さんからご指導、ご鞭撻をいただきながら、光の当たらない場所や光の届かない市民に夢と希望の光を届け、また、田沼市の将来を担う子供たちの明るい未来を創造するために、市民が主役の市政を実現してまいりたいと考えています。どうぞよろしくお願いします」
 講堂の後ろには地元紙「長野日刊新聞」と地域新聞「月刊たぬま新報」の二人の記者が取材に来ていた。甘木は何度も報道カメラのフラシュを浴びた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第1回)

2017年4月27日ニュース

 午後11時半過ぎ。「田沼市長選挙 甘木雄一氏当選確実 」のテロップがテレビ画面に流れた。
 万歳!万歳!万歳!
 真っ黒に日焼けした甘木雄一の両側には中学時代の同級生たちが並び、一斉に両腕を上げた。甘木は何度も報道カメラのフラッシュを浴びた。
「おめでとう、甘木君!」同級生の久保田恵子が甘木に花束を渡した。
「続きまして、見事、当選した甘木君からこの札を千羽鶴に掛けてもらいます!」
 中学時代の同級生で選対本部長の風間健一が甘木に札を渡した。甘木は事務所の天井から吊るされた千羽鶴に掛けてある「祈 必勝」の札を外して、代わりに「祝 当選」の札を掛けた。甘木に向けてフラッシュがたかれた。
 パチ、パチ、パチ。 パチ、パチ、パチ。
「いいぞ!」「おめでとう!」「頑張ったわね!」選挙事務所は拍手と歓声に包まれた。
 甘木は満面に笑みを浮かべ、報道陣から向けられたマイクを前に口を開いた。
「ありがとうございました。これまで私を支えてくれた家族と中学の同級生の皆さん、そして多くの支持者の皆さまに感謝を申し上げます。私、甘木雄一は光の当たらない場所や光の届かない市民に夢と希望の光を届けるため、また田沼市の将来を担う子供たちの明るい未来を創造するために、市民が主役の市政を実現してまいります。これからも皆さんの変わらぬご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願いします」と挨拶をした後、深々と頭を下げた。
 今回の市長選は、4選を目指して出馬した現職の井上将司市長と新人で元出版社編集部長の甘木雄一氏との一騎打ちの構図で行われた。しばらくして、二人の得票数(確定票)が画面に映し出された。
 甘木雄一 32432票 当選
 井上将司 31675票
 投票率  75.42%
 票差が757票と僅差での勝利だった。投票率は75.42%と前回市長選の66.36%を10ポイント近く上回った。現職の井上将司氏は、建設業協会など市内の業界団体から幅広い支援を受けた組織戦を展開したが、市政転換を訴えた新人の甘木氏に僅かの差で及ばなかった。一方、旧田沼市長を務めた甘木富雄氏を祖父に持つ甘木雄一氏は、当初、知名度不足が心配されたものの、中学校の同級生らが中心となって支持を広げる草の根の選挙を展開して勝利した。
「当選おめでとうございます。あなた、昨夜はお疲れだったでしょう?」
「お父さん、市長当選おめでとう!今日、学校に行ったら友達に自慢しちゃおうかな」
 翌朝、朝食のテーブルについた雄一は妻の美由紀と娘の春香から、お祝いと労いの言葉を掛けられた。二人の言葉に寝不足気味な雄一の顔は和らいだ。甘木が就寝したのは午前二時頃だった。
「長い間、美由紀には苦労を掛けっぱなしだったね。やっと普段の生活に戻ったよ。春香、今まで遊んでやれなかった分、これからはお母さんといろんなところに出掛けようね」
「わーい、楽しみにしているよ。お父さん、三人で東京に遊びに行こうよ」
「ここ一年、家族旅行をしていなかったね。学校が休みになったら東京に出掛けようか?」
「ほんと!お父さん、楽しみにしているわよ!」
 
 妻と娘の笑顔が甘木の8か月余りにも及ぶ選挙戦の疲れを癒してくれた。
 甘木雄一52歳。県立長野北高等学校を卒業後、都内にある城南大学文学部に入学した。卒業後、都内の大手出版社に就職し編集員として忙しい日々を送っていた。甘木の夢は時代小説を書く作家になることだった。しかし勤務時間が不規則な編集者としての激務が甘木の体を蝕み体調を崩した。甘木は二年前に会社の早期退職制度を利用して出版社を退職し、妻と6歳の娘を連れて郷里の田沼市に戻った。
 田沼市の実家で一人暮らしだった母親は3年前に亡くなり実家は空き家になっていた。しかし隣町に住む姉の山口久子が時々、実家に来ては部屋の空気を入れ替えるなどをして管理してくれていたおかげで、甘木の家族はそのまま実家に転居することができた。実家に戻った甘木は、アルバイトをしながら、執筆活動に専念し、書き上げた作品を懸賞小説に応募していた。妻の美由紀も近くのスーパーでパート従業員として働いている。娘の春香は神田小学校の2年生だ。
(作:橘 左京)
【編集部からお知らせ】
 小説「朱鷺黄金伝説」(「朱鷺伝説」を改題)をライブライ―⇒文芸にアップしました。

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エッセイ「背広と野良着」(橘 左京 作)

2017年4月26日ニュース

 ある朝、2階で出勤前の身支度をしていたら、一階の台所から妻の声がした。
「あなた、今週の金曜日は古着を出す日よ。使っていない背広があるみたいだけど、出したらどうなの?」
 月に一度、ごみステーションに古着・古布を出す日がある。妻は時々、古くなって着なくなった自分の服と体が大きくなって着られなくなった子供の服を大きなビニール袋に入れてごみステーションに出している。…… ⇒続きを読む

【編集部からお知らせ】
 エッセイ「背広と野良着」はライブラリー⇒文芸にアップされました。

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小説「朱鷺伝説」(第11回)

2017年4月25日ニュース

 雄太は家に帰ると、母と妹に学校の田んぼに朱鷺が飛んできたことを話した。
「お母さん、学校の田んぼに朱鷺がいたよ。テレビ局の人が大勢やってきてカメラを向けていたよ。それにお父さんも来て写真を撮っていたよ」
「ええ!学校の田んぼに朱鷺がいたの?9月に佐渡島で放鳥された朱鷺かしら?」母が言った。
「お兄ちゃん、私も朱鷺を見たかったわ」弥生が悔しそうに言った。
 夕方、雄太と弥生がテレビのニュースを見ていたら、学校の田んぼでエサを捕る朱鷺の姿が映し出された。アナウンサーは、9月に佐渡島で放鳥された10羽の朱鷺のうちメスの一羽が佐渡海峡を越えて本州に飛来したことを伝えた。 
「お兄ちゃんが学校で見た朱鷺が映っているよ!長いくちばしで土をほじくって餌を探しているわ。写真を撮っている人って、もしかしてお父さん?」
「そうだよ。お父さんが帰ってきたら朱鷺について教えてもらおうよ」
「うん」
 
「いただきます」雄太の家では夕ご飯の食卓を囲んでいた。
 雄太はご飯を食べながら仕事から帰って来た父に尋ねた。
「お父さん、どうして朱鷺は佐渡島から海を越えてここまで渡って来られたの?」
「あの朱鷺は季節風に乗って佐渡から本州まで飛んで来たんだよ。冬になるとロシアから日本に向けて北西の季節風が吹いてくるので、風に乗れば案外と簡単に海を越えることができるんだ。田んぼにいる朱鷺が普通に見られた昔は佐渡と本州の間を行き来していたらしいよ」
「本州に渡って来た朱鷺はこっちで生活できるの?田んぼにドジョウやカエルなど、朱鷺のエサになる食べ物がたくさんいないと生きていけないよ」

「雄太はコウノトリという鳥を知っているかい?」
「実物は見たことがないけど、写真では見たことがあるよ」
「私も知っているわ。赤ちゃんを運んでくる鳥でしょう?」
「弥生、それは物語のなかでの話だよ。兵庫県の豊岡市では絶滅したコウノトリを復活させようと、ロシアのハバロフスク市から6羽のコウノトリを譲り受けて人口繁殖させたんだ。平成17年9月に5羽が野外に放鳥されて、今では80羽近くのコウノトリが豊岡盆地に生息しているそうだ。豊岡市の農家は農薬を全く使わないか、ほとんど使わない、そして化学肥料も一切使わないで稲作をしているそうだ。また、コウノトリのエサになるカエルやドジョウなどの生き物を増やすために、稲刈りが終わった後も、田んぼに水を張っているそうだ。一度は絶滅して日本からいなくなった朱鷺もコウノトリも、野生復帰させるには農家や地域の人の協力が欠かせないんだ」

 雄太の学校の田んぼに朱鷺が飛来したことがきっかとなって、雄太の小学校では朱鷺保護センター近くにある佐渡の小学校と交流することになった。この小学校の児童たちは朱鷺の生態をはじめ、絶滅の歴史、放鳥の取組み、野生での生活について学んでいる。児童たちは教室と現地での学習から学んだ知識をもとにして朱鷺の森公園を訪れた修学旅行生のガイドをしている。
 雄太の父は、佐渡から飛んできた朱鷺が安心してこの地域に生活できる環境を作っていくことが安全な米作りにもなると考えて、農薬を使わない、できるだけ使わない稲作をしようと農家の人や地域の人に呼び掛けた。雄太の父の考えに賛同する人たちが少しずつ増えてきた。(了)
(作:橘 左京)
[編集部からのお知らせ]
・小説「朱鷺伝説」は、「朱鷺黄金伝説」と改題し、若干の修正を行った上で、後日、ライブラリーの文芸コーナーにアップする予定です。
・4月27日からは小説「廃屋の町」を連載します。

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小説「朱鷺伝説」(第10回)

2017年4月23日ニュース

「雄太、まだ寝ているの。朝ご飯よ」1階から母の声がした。
 朝ご飯を食べ終えた雄太は小学校に登校した。今日は雄太が通う小学校で稲刈りが行われる。
「稲穂の根元をしっかりと手でつかんだら、鎌の刃先をあててください。鎌で手を切らないように手元をよく見て切ってください。1束ずつ慌てずにゆっくりと刈り取ってください」
 近くに住む農家のアドバイスを受けながら子供たちは稲刈りをしている。
 ザク、ザク、ザク。雄太は慣れない手つきで稲を刈り始めた。農薬を使わずに稲を育てた学校の田んぼにはたくさんの小動物がいる。イナゴが稲穂の上を飛び回っている。稲を刈り取った後に露出した地面をカエルが跳び撥ねている。

 11月に入った。雄太は2階の教室から窓の外をぼんやり眺めていた。遠くに見える高い山では山頂付近が白くなっている。来月に入ると平野部にも雪が降り始める。学校の田んぼには越冬のためシベリアから渡って来た数羽の白鳥が落ち穂を拾って食べている。白鳥の群れから少し離れた場所に、白鳥よりも小柄な白い鳥を見つけた。顔が赤くなっている。弓なりに曲がった長くて黒いくちばしで柔らかくなった田んぼの土を突っついている。朱鷺だ!
「先生、あそこに朱鷺がいるよ!」
 雄太は指を外に向けながら、大声で先生を呼んだ。
「ええ、ほんと!」
 教室いる子供たちが一斉に窓の外を見渡した。双眼鏡を持ってきた先生がレンズを覗き込むと、確かに小柄な白い鳥は朱鷺だった。
「雄太君の言うとおり、学校の田んぼに朱鷺がいます。9月に佐渡で放鳥された朱鷺が海を越えてここまで飛んで来たようです!」
 先生は教室の子供たちに伝えた。教室がざわめいた。先生は学校の田んぼに朱鷺が飛んできたことを朱鷺保護センターと雄太の父が勤めている動物園に連絡した。早速、動物園の車が学校の田んぼにやってきた。車から降りた雄太の父が朱鷺の写真を何枚も撮って帰っていった。
(作:橘 左京)

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小説「朱鷺伝説」(第9回)

2017年4月21日ニュース

 9月中旬。ザク、ザク、ザク。
 山の麓の田んぼでは稲刈りが始まった。村人たちは、黄金色になった稲穂を鎌で刈り取っていた。
 神社近くの田んぼでも稲刈りが始まった。植えたばかりの苗を踏み荒らされた腹いせに、朱鷺を猟銃で撃ち殺した男の田んぼだ。たわわに実って頭を垂れた黄金色の稲穂を見ながら男は満足そうにつぶやいた。
「稲穂に付いた籾も大粒だし籾の数も多い。今年はいつもの年よりもたくさんの米が採れそうだ。それに案山子のおかげで雀も寄ってこない」
 しかし気になることがあった。案山子が立てられた隣家の田んぼでは、雀が群がって稲穂を突っついている。
「おかしいな。どうして、わしの田んぼにだけ雀が寄り付かないのだろうか?」男は不思議に思った。
 男は刈り取った稲穂を千歯扱(せんばこき)で脱穀して出てきた籾米を籾摺り機に通した。籾殻が取り除かれて出てきたのは、茶色い粒だった。
「あ、あ、どうしたんだ!」男はびっくりして、茶色い粒を手に取ってみたら、それは砂粒だった。男の田んぼで採れた籾のなかに入っていたのは黄色い米粒ではなくて、茶色い砂粒だった。
 雀は男の田んぼの稲穂に砂粒が入っていることを知っていた。雀は砂粒の入っている男の田んぼを避けて、米粒の入っている隣家の田んぼの稲穂に集まったのだ。
「もしかして朱鷺のたたりかもしれない。わしが朱鷺を鉄砲で撃ち殺したからだ」男はがっくりと肩を落とした。
 
 ザク、ザク、ザク。
 雄太は父と黄金色になった稲穂を鎌で刈り取っていた。里山の麓にある雄太の家の田んぼでも稲刈りが始まった。しかし田んぼに雀の姿はない。
「稲穂に付いた籾も小粒だし籾の数も少ない。それに雀も寄ってこない。今年はいつもの年よりも米が採れないかもしれない」
 父は刈り取った稲穂を手に持って言った。刈り取った稲穂は束ねられ稲架(はさ)に掛けられた。夕日を受けた稲穂は黄金のような輝きを放っていた。稲架に掛けられた稲穂は夜になっても輝き続けていた。しかし雄太も父もこのことを知らない。
 雄太と父は稲穂を千歯扱(せんばこき)で脱穀して出てきた籾米を籾摺り機に通した。なんと、籾殻が取り除かれて出てきたのは、黄色い米粒ではなく金色の粒だった。
「あ、あ、どうしたんだ!」雄太君と父はびっくりした。金色の粒を手に取って調べたら、それは砂金だった。籾のなかに入っていたのは米粒ではなくて砂金だった。雀は稲穂に砂金が入っていることを知っていた。雀が雄太の家の田んぼに寄って来なかったのは、好物の米粒が稲穂に入っていないことを知っていたからだ。父はつぶやいた。
「不思議なことがあるもんだ。あの夜、3羽の朱鷺が田んぼで植えていた黄緑色の苗は黄金を生む稲穂の苗だったのだろうか?もしかして、あの3羽の朱鷺の親鳥は佐渡島から飛んできたのかしれない」

 江戸時代初期に最盛期を迎えた佐渡金山は、当時としては世界最大級の金山だった。佐渡金山は江戸幕府の直轄地として管理され、幕府の財政を支えた。明治、大正の時代になっても佐渡金山では金や銀の採掘が行われていた。
(作:橘 左京)
【編集部からのお知らせ】
 27日から、小説「朽ちる町」を連載します。

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小説「朱鷺伝説」(第8回)

2017年4月19日ニュース

 里山近くにある雄太の家の田んぼは今年も稲の生育がよくない。植えたばかりの若い苗を鳥が踏み荒らすからだ。雄太の父は田んぼで悪さをする鳥が、朱鷺ではなくてゴイサギであることを知っていた。
 ゴイサギは、サギと違って夜行性の鳥だ。昼間は薄暗い森に住み、夕方になると水田や小川に飛んできて、魚、カエル、ザリガニなどを捕って食べる。
 夜空をクワッ、クワッと鳴きながら飛んで行くことから夜ガラスという名前が付けられている。普通のサギよりも体の大きいゴイサギの悪行が朱鷺の仕業になってしまったのだ。
 7月のある満月の夜。雄太と父は田んぼの水回りをするために外に出掛けた。
 ケロ、ケロ、ケロ。
 水が張られた田んぼからカエルの鳴き声が聞こえてくる。二人が田んぼに到着すると3羽の鳥がいた。
「またゴイサギが飛んで来て田んぼで悪さをしているようだ」父が言った。
「お父さん違うよ。朱鷺だよ」
 父は月明かりのなかで目を凝らして鳥を見た。
「本当だ。雄太の言うとおり、あの3羽の鳥は朱鷺だね。脚に輪っかが付いている。もしかすると山のなかで保護したあの朱鷺の雛かもしれない」
 二人は山の中で保護して育てた朱鷺の雛が大きくなって放鳥する時に、足環をつけたことを思い出した。
 3羽の朱鷺はゴイサギで荒らされた田んぼで田植えをしていた。ほどよく成長した黄緑色の苗をくちばしにくわえて、丁寧に植えている。月明かりなか、二人は3羽の朱鷺が田植えをしている不思議な光景をしばらく見ていた。
(作:橘 左京)

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小説「朱鷺伝説」(第7回)

2017年4月17日ニュース

 ピー、ピー、ピー。
「お父さん、鳥の鳴き声がするよ」
 里山で柴刈りを手伝っていた雄太が父に言った。二人は樹の枝に掛けられた朱鷺の巣を見つけた。灰色の産毛に覆われた3羽の雛が、巣の中で寄り添って鳴いていた。
「どうしたんだろう。もう親鳥が巣に戻っている時間なのだが……」父が呟いた。
 太陽が傾いて日陰になった山の斜面は薄暗く、周囲の空気が冷たく感じられる。
 ガー、ガー、ガー。ガー、ガー、ガー。
 二羽のカラスが巣の近くの樹に止まっている。どうやら雛を狙っているようだ。
 ピー、ピー、ピー。ピー、ピー、ピー。
 雛の鳴く声が山の斜面に木霊する。雛は恐怖と寒さで震えているようだ。
「このままではカラスに食われてしまう」
 父は樹に登って、巣から3羽の雛をそっと取り出して麻袋に入れた。
「雄太、暗くなる前に家に帰るぞ」
 父は雛を入れた麻袋を雄太に渡した。

 ピー、ピー、ピー。
 雄太の持った麻袋の中から雛の鳴き声が聞こえてくる。
 雄太の家は里山の麓にある。家に帰った雄太と父は、雑魚を鍋に入れて煮詰めて柔らかくした。冷えてゼリー状になった雑魚を、山で刈り取って来た柴木の棒先に付けて雛の口元に持っていったが、雛は人間を警戒しているのか、なかなか食べようとしない。
 二日目からは少しずつ食べるようになった。雛は成長し、だんだんと体が大きくなってきた。雄太と父は納屋の一角に金網で囲った大きな鳥小屋を作った。雄太と父が育てた雛は親鳥と同じくらいに大きくなった。止まり木の3羽の朱鷺は、時折、翼を羽ばたかせている。もうすぐ巣立ちを迎える。
 6月中旬。鳥小屋の扉が開かれて朱鷺が外に放たれた。3羽の朱鷺は雄太の家の周りを何回も旋回した後、里山に向かって飛んで行った。
(作:橘 左京)

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小説「朱鷺伝説」(第6回)

2017年4月15日ニュース

 4月中旬。雪が消えた田んぼでは田植えの準備が始まった。村人に引かれた農耕馬が田んぼを耕している。岸辺に打ち寄せるさざなみ波のように耕された隣の田んぼでは、村人が手すきを使って細かく土を砕いている。
 5月下旬。水が引かれてドロドロになった田んぼで田植えが始まった。田んぼに植えられた若い苗が太陽の光を受けて少しずつ伸びてきた。田んぼの茶色が徐々に緑色に変わってきた。
 近くの里山から数羽の朱鷺が平地に広がる田んぼにやってきた。水が張られた田んぼにはドジョウ、おたまじゃくし、カエル、タニシなど、朱鷺の食べ物がたくさんある。
「あ、朱鷺が田んぼに降りたぞ!」
 ドン、ドン、ドン。バン、バン、バン。
 植えたばかりの苗を踏み荒らされてはたまらないと、村人たちは手に持った柴の棒で鍋底を叩いて朱鷺を山へと追い払おうとした。鍋底を叩く音に驚いた朱鷺は田んぼを飛び立っていったが、少し離れた所にある田んぼに降りて、また食べ物を探し始めた。

「鍋の音で脅かしても効き目はなさそうだ。わしの鉄砲の音で朱鷺を蹴散らしてやろう」
 ドーン、ドーン、ドーン。
 猟銃を持った男が空砲を三発、空に向けて放った。
 田んぼにいた朱鷺が一斉に飛び立った。今度は近くの神社の境内に茂る杉林の方に飛んでいった。田植えが終わったこの時期は朱鷺の子育ての時期と重なる。里山の樹の上に作られた朱鷺の巣には4月に生まれたばかりの雛が腹を空かせて親鳥の帰りを持っている。雛の食欲は旺盛だ。腹を空かせて待っている雛に食べ物を運んでいかなければならない親鳥は、田んぼと巣の間を忙しく行き来している。

 1時間ほどが経って、ひとつがいの朱鷺が神社近くの田んぼに降りて食べ物を探し始めた。その田んぼは先ほど猟銃で空砲を放った男の田んぼだった。それを見た男は怒った声で言った。
「わしの田んぼで悪さをするとは、にっくき朱鷺め。鉄砲で撃ち殺してやる!」
 男は実弾を込めた猟銃の銃口を朱鷺のつがいに向けた。
 ダーン、ダーン、ダーン。
 銃声に驚いて飛び立った二羽の朱鷺の体に銃弾が命中して、二羽は田んぼに落ちていった。
 男は田んぼに落ちた二羽の朱鷺を手に取って言った。
「ざまあみろ。わしの田んぼで悪さをすると、こういうことになるんだ。肉は鍋に入れて食べるとするか。羽はむしり取って町の機織屋に持って行くか。高価な朱鷺色の羽は高く売れるだろう」
(作:橘 左京)

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小説「朱鷺伝説」(第5回)

2017年4月13日ニュース

 しばらくして、リーダー格の太郎が子供たちに向かって言った。
「体も温まったし、これから鳥追いに出掛けるけど、みんな準備はいいかい?」
「いいよ!」子供たちはわらを編んで作った蓑を頭から被って外に出た。
 外は小雪がちらついている。あちこちのホンヤラドウから、蓑を身にまとった子供たちが広場に集まってきた。広場の中央にはさいの神が建っている。
 さいの神は、地面に立てた竹の回りに杉の葉っぱや豆殻などを押し込んだ後、周りを稲わらで囲った円錐形の塔だ。このさいの神は明日の夕方に火入れが行われる。
 広場に集まった子供たちは拍子木を持って隊列を組んだ。何人かの子供たちは火を付けた松明を持っている。いよいよ鳥追いの出発だ。
 カチ、カチ、カチ。拍子木を打ち鳴らす音に続いて、鳥追いの歌が始まった。

 鳥追いだ 鳥追いだ だんなショの鳥追いだ
 どごからどごまで追っていった
 信濃の国から佐渡が島まで追っていった  
 何でもって追っていった
 柴の棒で追っていった     
 いっちにっくい鳥は ドウとサンギと小雀
 みんな立ちあがれ ホーイ ホーイ

 あの鳥ャどっから追ってきた
 信濃の国から追ってきた
 何もって追ってきた
 柴抜いて追ってきた
 一番鳥も二番鳥も飛立(たち)やがれ ホーイ ホーイ
 ホンヤラ ホンヤラ ホーイ ホーイ

 1月15日の夕刻、薄暗くなった広場では大勢の村人たちがさいの神を取り囲んでいる。さいの神に火が付けられた。白い煙がモクモクと稲わらの隙間から出てきて、周りにいた村人たちを包み込んだ。ゲホ、ゲホ、ゲホと、白い煙を吸い込んで咳き込む者や、白い煙が目に染みて涙を流す者がいた。しばらくすると白い煙が無くなって、今度は赤い炎が吹き出した。幾つもの小さな炎が集まって火柱となり天空を突き刺した。村人たちは、勢いが衰えた炎に丸い団子やスルメを付けた柴木をかざした。鳥追いもさいの神も、村人とっては豊作を祈願する大事な年中行事だ。
(作:橘 左京)

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