小説「朱鷺伝説」(第10回)
「雄太、まだ寝ているの。朝ご飯よ」1階から母の声がした。
朝ご飯を食べ終えた雄太は小学校に登校した。今日は雄太が通う小学校で稲刈りが行われる。
「稲穂の根元をしっかりと手でつかんだら、鎌の刃先をあててください。鎌で手を切らないように手元をよく見て切ってください。1束ずつ慌てずにゆっくりと刈り取ってください」
近くに住む農家のアドバイスを受けながら子供たちは稲刈りをしている。
ザク、ザク、ザク。雄太は慣れない手つきで稲を刈り始めた。農薬を使わずに稲を育てた学校の田んぼにはたくさんの小動物がいる。イナゴが稲穂の上を飛び回っている。稲を刈り取った後に露出した地面をカエルが跳び撥ねている。
11月に入った。雄太は2階の教室から窓の外をぼんやり眺めていた。遠くに見える高い山では山頂付近が白くなっている。来月に入ると平野部にも雪が降り始める。学校の田んぼには越冬のためシベリアから渡って来た数羽の白鳥が落ち穂を拾って食べている。白鳥の群れから少し離れた場所に、白鳥よりも小柄な白い鳥を見つけた。顔が赤くなっている。弓なりに曲がった長くて黒いくちばしで柔らかくなった田んぼの土を突っついている。朱鷺だ!
「先生、あそこに朱鷺がいるよ!」
雄太は指を外に向けながら、大声で先生を呼んだ。
「ええ、ほんと!」
教室いる子供たちが一斉に窓の外を見渡した。双眼鏡を持ってきた先生がレンズを覗き込むと、確かに小柄な白い鳥は朱鷺だった。
「雄太君の言うとおり、学校の田んぼに朱鷺がいます。9月に佐渡で放鳥された朱鷺が海を越えてここまで飛んで来たようです!」
先生は教室の子供たちに伝えた。教室がざわめいた。先生は学校の田んぼに朱鷺が飛んできたことを朱鷺保護センターと雄太の父が勤めている動物園に連絡した。早速、動物園の車が学校の田んぼにやってきた。車から降りた雄太の父が朱鷺の写真を何枚も撮って帰っていった。
(作:橘 左京)