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小説「廃屋の町」(第32回)

2017年6月30日ニュース

「貴重なご意見ありがとうございます。ところで、こちらのお宅は三世代でお住いでしょうか?」甘木が尋ねた。
「ご覧のとおり、私と主人の二人暮らしです。息子夫婦は仕事の関係で、いま東京で暮らしています。お盆とお正月休みに孫を連れてこの家に帰って来ますが……」女性が言った。
「こんなに立派で広い家で二人暮らしですか。それは寂しいですね」風間が言った。
「この家を建てた当時は家族5人で暮らしていました。30年の住宅ローンも完済して、名実とも我が家になったと思ったら、就職や結婚で息子や娘たちが家を出てしまって、今は私たち夫婦、二人きりの生活になりました」男性が言った
「お二人だけの生活になって、どれくらいになるんですか」甘木が尋ねた。
「もう、10年近くになりますね」男性が答えた。
「息子さん夫婦は、将来、実家に戻る予定はあるんですか?」甘木が尋ねた。
「息子夫婦は、向こうでマンションを買って暮らしていますから、会社を定年退職しても、この家には戻って来ることはないと思っています」女性が言った。
「私は二年前に東京から、家族三人でUターンしてきました。両親は他界して実家は空き家になっていましたが、隣町に住む姉が時々、空き家になった実家に来ては、窓を開けて空気の入れ替えなど、家の管理をしてくれたおかげで、そのままの状態で転居できました」甘木が言った。
「そうですか。この家は建ててから40年近くになりますが、息子たちが孫を連れて戻って来ても、まだまだ使える家です。どっちが先になるか分かりませんが、主人か私が先に介護施設に入れば一人暮らしになります。そして残った一人も施設に入れば、この家は空き家になってしまいます。この家もいずれはそうなるんじゃないかって、主人と話をしています。町内には高齢者だけの家がたくさんありますよ。住む人がいなくなって空き家になった家もあります」女性が言った。
「お休みのところ、いろいろとお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。これで失礼します」と言って、二人は米山家を後にした。

「米山さんの話を聞いて分かったんだけど、米山さんは井上市長の強引な市政運営に対してはあまり良く思っていないようだね」風間が言った。
「一市民というよりは、上司だった井上市長のトップダウンの市政運営を、組織の中から見ていた元職員としての率直な感想だったね。職員だったからこそ見えた井上市政の裏側ということだね。現職の職員は井上市長のことをどういう風に見ているんだろう。興味があるよ」甘木が言った。
「同級生に市の財政課長をやっている杉田昇がいるから、今度、声を掛けて、その辺の話を聞いてみようか?」風間が提案した。
「それはいい考えだね。財政課長なら公共事業の予算執行についても詳しいんじゃないかな」
 甘木が言った
「俺たち中学の同級生が甘木を市長選挙に担ぎ出したことは井上市長も知っている。この前、用事があって市役所のロビーで杉田とばったり顔を合わせた時、『最近、総務部長の視線を強く感じるようになった』って、小声で俺に話してくれたよ。どうやら市役所にいる俺たち中学の同級生が監視されているようだ。もしかして、観光振興課長の木下信行も監視されているかも知れないね」風間が言った。
 甘木と風間はこの住宅街を歩いてみて、子供のいる家が少ないということが分かった。子供のいる家であれば、子供用の自転車や遊び道具が玄関に置いてあったり、子供の服が外に干してあったりするが、そういった家は少ない。高齢者だけの世帯が多いようだ。どういう事情があって空き家になったかは分からないが、まだまだ使える家もある。子育て世帯にこれらの空き家を提供すれば、住宅街の高齢化もある程度は食い止められるのではないかと甘木は考えた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第31回)

2017年6月28日ニュース

「あなた、こちらの方、来年の市長選挙に出られる甘木さんよ。わざわざ挨拶に来てくださったのよ」
 女性は甘木から渡されたカードを夫に渡した。
「米山さん、初めまして、甘木雄一と申します」
「ああ、今度の市長選挙に出られる甘木さんですね。新聞で見ましたよ。現職の井上市長も4期目を目指して出馬するそうですね。今のところ、立候補予定者は二人のようですが……」
「そうですね。しかし、選挙まで半年以上ありますから、第三、第四の候補が出てくるかもしれませんね」風間が言った。
「一般論ですが、立候補者が多いほど、現職には有利に働きますね」
「どうしてですか?」風間が尋ねた。
「現職に対する批判票が分散されるからです。ところで、井上市長は前回の市長選の時、これが最後の選挙ですと有権者に訴えて当選したはずです。それが四期目の選挙も出るとなると、公約違反にあたるんじゃないでしょうか。この他にも、井上市長に対しては、箱物中心の市政運営だとか、あちこちでいろいろな批判が出ているようですが……」
「主人は3年前まで市役所に務めておりました。退職した時は、確か選挙管理委員会の事務局長だったわね。あなた」
「選挙管理委員会には10年ほどいました。ちょうど井上市長が初当選をした年に選挙管理委員会に異動になって、それから退職するまで在籍していました」
「それじゃ、井上市長の二期目、三期目の選挙も担当されたんですね?」風間が言った。
「そうです。選挙が始まると書記長という肩書になりますが……。市長選挙だけでなく市議選挙や県知事選挙、県議会議員選挙、それに国政選挙と、選挙が始まると準備に忙しくなります。特に解散総選挙になると、準備期間が短くて、おおわらわですよ」
「それだけ長く選挙の仕事に携わっていれば、選挙のことは何でもご存知ですよね。こっちは初めての選挙なものですから、選挙のやり方について一から勉強していますが、分からないことだらけです」
 風間が言った。
「地方選挙から国政選挙とさまざまな選挙がありますが、全て、選挙は公職選挙法という法律に基づいて行われていることをご存知ですよね?」
「その法律なら知っていますが、専門用語がたくさん出ていて、理解するのが大変です」
 風間が言った。
「私でよければ、お手伝いしましょうか?」
「本当ですか!ありがとうございます。選挙実務に精通している米山さんからご指導いただけるなんて、百人力です!後日、改めて、お願いに伺います」甘木はお礼を言った。
「お二人で挨拶回りをしているというお話ですが、一軒一軒、回っているんですか?」
「はい、そうです。住民の方から、直接お話を伺うことで、地域の実情が分かりますし、また課題も見えてきます。頂いたご意見を基に市長選挙に向けた政策を作っていきたいと考えています」
 甘木が答えた。
「それはいいことですね。今の市政を見ていると、上から目線で行われているような気がします。市民の声が市政に届いていないように思います。私が市役所に務めていた頃を思い出すと、上層部が政策を決定し現場の職員はただそれを実行するだけ、という上意下達の政策決定でした。日頃から市民と接している職員の意見や創意工夫を引き出すようにしないと、多額の税金を使った行政サービスも市民からはそっぽを向かれ、結局は税金の無駄遣いになってしまいますよ」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第30回)

2017年6月26日ニュース

 甘木は風間ら同級生と市長選挙に向けた政策づくりを始めた。まずは田沼市の実情、現状を把握しようと、市内の各地域、地区を隈なく歩いて回った。最初に市街地を回ってその次に市街地周辺の農村集落を回ることにした。田沼市の中心市街地は市役所本庁舎のある旧田沼市の市街地である、旧3か町村の地域にもそれぞれ役場庁舎があった地区に市街地がある。合併後、旧田沼市の市役所が本庁舎となり、旧3か町村の役場が支所庁舎となった。
 甘木と風間は市街地の住宅街から挨拶回りを始めた。
「商売人として甘木に言っておくけどね。初対面の人と挨拶をする時は、相手の名前を最初に言ってから、話を始めたほうが相手に好感を持たれるし、話がスムーズに進むからね。例えば、俺の家に来た時に『風間さん、おはようございます。私、来年春の市長選挙に立候補を予定しています甘木雄一と申します。ご挨拶に伺いました』って言ってから、話を始めた方が相手に好印象を与えることができるよ」
「そうだね。出版社に入社した時に受けた接遇研修で、初対面の相手と挨拶をする時に行う名刺交換の仕方を教えてもらったよ。相手から貰った名刺をもう一度見て、相手のいる前で復唱した方が難しい読みの人名漢字も間違いなく覚えることができるって、講師の先生が言ってたよ」
「30の時に親父が死んで、俺が店を継いだが、店の手伝いをしている頃、親父から、『商いの基本は人付き合いだ。会ったことがない人でも、知っている人を見つけたら、相手の名前を言って声を掛けろ。何かいいご縁ができるかも知れない』って、よく言われたよ」
「でも一般の家に伺って名刺交換をするって場面はないよね。どうやって相手の名前を知ることができるんだい?」
「玄関の表札を見れば、家主の名前が分かるよ。ただし、古い家だと表札の名前が亡くなった人の名前になっていることもあるので、フルネームではなくて名字だけ言うんだ。初めて訪ねてきた人から名前を言われたらびっくりするかもしれないが、その後の会話はスムーズにいくよ」
「ありがとう。やってみるよ」

「ごめんください」甘木と風間は玄関を開けて言った。
「はーい。今、行きます」台所の方からエプロン姿の女性が現れた。
「米山さん、おはようございます。私、甘木と申します」
「甘木さん?どこかでお見掛けしたような気がしますが……。もしかして、主人の知り合いの方でいらっしゃいますか?」女性は怪訝な顔で言った。
「いいえ、初めてお目にかかります。私は来年4月の市長選挙に立候補を予定している甘木雄一でございます。ご挨拶に伺いました」
 甘木の言葉を聞いた女性の顔が和らいだ。
「思い出したわ。この前、新聞に出ていた甘木さんですね。今度の市長選挙に出られる方ですよね?」
「はい、そうです」
 甘木は女性に一礼した後、顔写真入りの名前とプロフィールを書いたカードを渡した。
「新聞で見た写真よりも、若くてそれにハンサムだわ。あなたのような若い方に市長になってもらって、寂れたこの町を賑やかにして頂きたいわ。いま、主人を呼びますね。あなた、ちょっと来て!」
 居間の方から、三毛猫を抱いた初老の男性が現れた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第29回)

2017年6月24日ニュース

「議長!」と言って井上市長が挙手した。
「井上市長!」議長が指名した。
「はい、議員のおっしゃるとおりでございます。私見でございますが、新田沼市にふさわしい公共施設として、文化会館と総合体育館などがいいのではないかと考えております」
「議長!」と言って小林議員が挙手した。
「小林俊二さん」議長が指名した。
「私見とは言え、文化会館と総合体育館を新たに整備するという、ビッグな事業が今ほど、市長から発表されたわけですが、井上市長の任期は来年4月までで、あと7か月しかありません。旧田沼市長時代も含め3期12年が一区切りというような話を、過去にされたようですが、いかがですか?」
「議長!」と言って井上市長が挙手した。
「井上市長!」議長が指名した。
「確かに、前回の市長選が終わった後、そのような話をしたことは覚えていますが、当時と今とでは、状況が大きく変わっております。市民の皆さまからのご信託をいただけるようであれば、引き続き市政を担当してまいりたいと考えております」
 9月6日、地元紙「長野日刊新聞」が、「井上市長 市議会9月定例会の一般質問で、来春4月の市長選に4期目を目指して出馬を表明 新人で大手出版社元編集部長の甘木雄一氏も出馬表明」という見出しで記事が掲載された。
 数日後、月刊たぬま新報の9月号が、井上市長 市議会9月定例会の一般質問で、来春4月の市長選に4期目を目指して出馬を表明 新人で大手出版社元編集部長の甘木雄一氏も出馬表明 現・新一騎打ちか?市長選の争点は公共施設の再編整備か?」との見出しで記事が掲載された。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第28回)

2017年6月22日ニュース

「議長!」と言って小林議員が挙手した。
「小林俊二さん」議長が指名した。
「では再質問に入らせていただきます。先ほどの私の質問。1点目の、合併して8年経った新田沼市の現状認識についてのご答弁ですが、これについては、合併建設計画に明記されている旧4市町村時代に建てられ、築後40年近くなった公共施設の再編整備に腐心したと。それというのも合併時の市長選のしこりが合併後にも残り、支所庁舎の廃止や新しい公共施設の配置を巡って中心部と周辺部とで軋轢が生じていると。8年前の市長選挙は、確か、旧田沼市長、現在の井上市長と旧2か町村長が推した旧春野町長の佐竹氏との一騎打ちであったわけですが、結果は井上市長が当選し、それが旧田沼市と旧三か町村地域とのわだかまりとして残ったという認識でよろしかったですよね?」
「議長!」と言って井上市長が挙手した。
「井上市長」議長が指名した。
「小林議員のおっしゃるとおりです。市といたしても、周辺部にお住いの旧3か町村の方が市役所に来る時や、通院や買い物で本町商店街に来られる高齢者のためにも、市域全体に市バスを走らせていますが、合併して却って不便になったという意見がまだ多く寄せられていますので、公共施設の再編整備計画の見直しが必要と考えています」
「議長!」と言って小林議員が挙手した。
「小林俊二さん」議長が指名した。
「市長が最後に、公共施設の再編整備計画の見直しが必要、と言われたわけですが、これは、私の質問の2点目、今後の市政運営の在り方、方向性ということに対する答弁と理解してよろしいですか?」
「議長!」と言って井上市長が挙手した。
「井上市長!」議長が指名した。
「そういう趣旨で申し上げました。御存知のとおり、合併特例債は返済時の元利償還金の7割を国から支給される地方交付税で賄うことができるという、国の財政支援が厚い起債(借金)であります。その特例債の発行期間が10年から15年に延長されたことから、約350億円ある合併特例債は、既に6割にあたる210億円は使っていますが、残り140億円を全部使って、旧3か町村時代の公共施設を改修し延命化することが、中心部と周辺部とのわだかまり、軋轢を解消できるものと考えています。併せて、2年後に新田沼市誕生10周年を迎えるにあたって、新市にふさわしい、新たな公共施設の整備が必要と考えています」
「議長!」と言って小林議員が挙手した。
「小林俊二さん」議長が指名した。
「今、市長が言われたことを要約しますと、合併後も残っている中心部と周辺部のわだかまりを解消し、田沼市民11万人の心を一つにする上で、合併建設計画にある公共施設再編整備計画の全面的な見直しが必要だと。具体的には、新田沼市にふさわしい公共施設を新たに建設する。一方で、周辺部に住んでいる住民の方の利便性を確保し、合併によるメリットを感じてもらえるように、旧3か町村時代に建てられた公共施設を改修し延命化を図る、という答弁ということでよろしかったですね?」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第27回)

2017年6月20日ニュース

「井上市長!」議長が指名した。
「小林議員からは、新田沼市の8年間に渡る市政運営についての総括と、今後想定される田沼市の人口減少、少子高齢化を見据えた市政の在り方、方向性についてのご質問をいただきました。その前に4か市町村の合併協議が、一時、暗礁に乗り上げた経緯について、今一度、振り返ってみたいと思います。平成20年4月1日付けをもって旧田沼市及び周辺3か町村が合併して、人口約11万人の新田沼市が誕生したわけですが、当時の人口は旧田沼市が約6万5千人、春野町を含む旧三か町村の人口が約4万五千人でした。当時、旧田沼市長を務めておりました私は合併協議会の会長として、合併に向けた意見調整に腐心してまいりました。そのなかで、二つの大きな意見の隔たりがありました。一つは合併後の新市の名称であります。新たな名称にするのか、田沼城を有する田沼市の名称を残すのかで、調整が難航しました。結局、合併方式を新設合併とすることで折り合いがついて、新市の名称は田沼市とすることになったわけです。もう一つは、住民負担とサービスの基準をどこに合わせるかです。住民アンケート調査で『合併後どのようなことを期待するか』との質問に対して、実に4割を超える方が『公共料金など住民負担の低減と高いサービスに制度を合わせることによる行政サービスの向上』を選択し第一位となりました。結果的に、負担は一番低い旧春野町の基準に合わせ、サービスは一番高い旧田沼市の基準に合わせることになったわけでございます。このような中で、新田沼市の舵取り役として、私が初代市長に就任したわけですが、残念なことに、旧田沼市と旧三か町村との間で、市長選挙のしこりが残ったままでした。そのしこりが色濃く表れたのが合併建設計画に定める公共施設の再編整備です。建設計画では、現在、市役所の支所庁舎として使っている旧3か町村の役場庁舎は廃止することが明記されています。また、旧4か市町村時代に建てられた文化会館や公民館、体育館といった公共施設が、建設から40年近く経過し老朽化したこともあり、これらを廃止し、新たな公共施設を建設することが明記されています。しかし『言うは易く、行うは難し』であります。類似の公共施設を集約化して新たな公共施設を市の中心部に建設すれば、周辺部の活気や賑わいが失われるという意見が周辺部から出され、意見調整が難しくなっています。いずれにせよ、公共施設の再編整備を行う場合には、手厚い国の財政支援がある合併特例債を活用することができるわけでありますが、この特例債が東日本大震災の発生が契機となって、発行期間が合併後10年から15年に延長となりました。市といたしましては、特例債が使える残りの7年間を見据えて、当初の公共施設再編整備計画を全面的に見直しして、周辺部にお住いの方にも、合併によるメリットを感じてもらうことが大事だと考えております」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第26回)

2017年6月18日ニュース

 市議会9月定例会が8月28日から1か月の日程で開催され、一般質問が9月4日から始まった。
「日程第18、これより一般質問を行います。あらかじめ、お知らせしてありますとおり、本日の一般質問は順番一番、小林俊二さんから順番4番、明間昇さんまでといたしたいと思います。これにご異議ございませんか?」議長の遠山信一が言った。
「異議なし!」数名の議員から声が上がった。
「従って、本日の一般質問は順番1番から4番までとすることに決定をいたしました。それでは、順次発言を許します。5番、小林俊二さん」
「5番、小林俊二です。今9月定例会におきまして、一番目に質問させていただきます。私からは、合併して8年が経った新田沼市の現状認識と今後の市政の方向性、在り方について、ご質問させていただきます。ご存知のとおり、新田沼市は平成20年4月に旧田沼市と周辺の三つの町村が合併して誕生し、人口約11万人の市としてスタートしたわけです。思い起こせば、周辺3か町村との合併協議が大詰めを迎える中、合併協定の内容を巡って紛糾し、一時、協定の締結が危ぶまれたことがありました。当時、旧田沼市長だった井上市長は、合併協議の取りまとめ役としてリーダーシップを遺憾なく発揮され、あわや御破算かと思われた合併協議を見事にまとめられ、今日に至ったわけであります。しかし、この8年間を振り返りますと、人口減少の波が田沼市においても静かに押し寄せています。先頃発表された『田沼市人口ビジョン』によれば、11万人でスタートした人口が50年後には約半分の6万人になってしまうという、大変ショッキングな人口予測が示されています。もっともこれは、何ら対策を講じなかった場合の予測値ですので、実際はここまで悲観的になる必要はないと考えています。また、人口構成を見ても、少子高齢化が進むなか、15歳以上の生産年齢人口も徐々に減っていくという予測結果が出ています。新田沼市の市政を託された井上市長におかれましては、8年間の市政運営について、どのように総括されるのか、また今後の市政の方向性、在り方について、どのようなお考えをお持ちなのか、お伺いします」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第25回)

2017年6月16日ニュース

 田沼市役所二階にある市長室で、市長の井上将司、市議会議長の遠山信一、副議長の小林俊二の3人が集まって煙草をふかしながら話し合っていた。井上は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて言った。
「最近、分煙、分煙と世間がうるさくいうもんだから、私のような愛煙家はなにかと肩身が狭いですよ。市役所でもわざわざ分煙用の部屋を作ったが、たばこ好きな職員がかわいそうだ。あんな狭い部屋の中で大勢が煙草を吸えば換気扇も役に立たない。かえって逆効果ですよ。幸い、ここ市長室は聖域です。たばこ好きの部課長連中は、私へのレクチャーを口実に時々たばこを吸いにやってきますよ」
 議長の遠山が「市議会の方も女性議員が5人もいるため、以前は煙草が吸えた議員控室での喫煙は御法度になりました。でも議長室は別です。議員や職員が煙草を吸いにやってきますよ。人が集まればいろいろな情報が入ってくる。いわば、たばこ外交ですね。たまに煙に巻かまれることもありますが……」と、井上市長に相槌を打つように言った。
 井上は話を続けた。
「来春の市長選挙のことで、先日、たぬま新報の高橋編集長が4期目の出馬について探りを入れに来ましてね。私が3期目の当選を決めた後に彼の取材を受けたんですが、その時、私は3期12年が一区切りだと答えたことを覚えていたらしく、それを確認しに来たようです。一般論ですが、4期目の出馬となると、マスコミからは多選批判が出てきます。私自身、まだ体力、気力とも十分あるし、やり残した仕事もたくさんあります。二年後には新田沼市が誕生して十周年を迎えます。合併して人口が増えたのに新市にふさわしい新しい公共施設がまだ一つもない。新市建設計画に入っている文化会館と総合体育館の建設を私の手で成し遂げ、合併10周年の記念行事を祝いたいんですが、遠山さんや小林さんはじめ、市議会からも力を貸してもらえないでしょうか?」
 井上市長の4選出馬に向けた決意を聞いた遠山と小林の二人は、一服、吸った後、ゆっくりとうなずいた。
「あとは市長が出馬表明をするタイミングですが、9月定例会で出馬表明をされた方がいいと思いますよ。合併後8年間の総括と今後の市政運営の在り方について、一般質問の中で、我々の会派の議員が市長の考えを伺いますので、それに答える形で出馬の意志表示をするというシナリオはどうですか?」
 遠山が提案した。
「そうですね、その方が自然ですね。前回の市長選が終わった後、3期12年で一区切りと言った手前、こちらから記者会見を開いて、4期目を目指して市長選に出ますというのも格好が悪いですからね」井上が答えた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第24回)

2017年6月14日ニュース

 田沼市長選挙前年のお盆に行われた田沼第一中学校の同級会。集まった40人ほどの同級生を前に幹事の風間健一が口を開いた。
「井上市長が来年春の市長選に出馬するそうだ。この話は、たぬま新報の高橋からもらった情報だ。井上市長は三期で一区切りと言っておきながら4選出馬を考えているらしい。長谷川寅蔵前市長もそうだったが、二代続けての県庁出身の天下り市長はもう沢山だ。地元に残っている我々同級生の中から市長候補を出さないか?」

 風間の突然の提案に驚いた久保田恵子がすかさず反応した。
「えーまじ!私たちの中で市長になれる人がいるの?」
「ええ、ほんとかよ。風間、誰を市長選挙に出すんだよ?」
 会場からどよめきの声が上がった。風間は話を続けた。
「我々同級生の星、甘木雄一がいるじゃないか!」同級生の視線が一斉に甘木に集まった。
「ええ!僕のこと?」いきなり自分の名前を出された甘木は驚いた様子で言った。
「そうだよ。次の市長には甘木、おまえが適任だよ。昔の話になるけれども、甘木のお爺さんは合併前の旧田沼市長を務めていたじゃないか。政治家の血筋を持っている甘木なら市長になってもおかしくないよ。僕の爺さんも甘木のお爺さんが市長をしていた頃に市議会議員をしていたからね。甘木が来年4月の市長選挙で市長に当選したら、10月に行われる市議選に俺も立候補したいと思っているよ」
「風間、お前、調子がいいぞ。甘木を市長に当選させた余勢でお前も市議会議員になろうという魂胆じゃないか」
 同級生の一人が突然口に出した一言で会場は爆笑の渦に包まれた。
 甘木はおもむろに口を開いた。
「僕の爺さんが亡くなってもう35年にもなるよ。それに合併前の市長だったし。爺さんを支持してくれた人はもうお墓の中だよ」
 
 風間はそんな甘木の弱気な気持ちに活を入れようと話を続けた。
「甘木のお爺さんが市長だったことを覚えている人は、ほとんどいないけど、甘木には辣腕市長だったお爺さんの血が流れている。甘木に市長になってもらって、寂れたこの町の商店街を活性化してもらおうじゃないか。俺は親の後を継いで地元で商売をしているが、商店街から客足が遠のいている。特に周辺部に住んでいるお年寄りが、車の運転ができなくなったことで、商店街に買い物に来なくなった。そんな商店街の窮状を無視するかのように、井上市長は建設業者に仕事をやるために、多額の借金をして無駄な公共事業をやっているよ。今の田沼市の現状は、『土建屋が栄え商店街が滅ぶ』だよ」
 風間はさらに語気を強めて言った。
「井上市長はもう69歳だ。こんな年寄りにこの街の将来を託せると思うかい?」
「そうだ、そのとおりだ。甘木、お前、市長選挙に出ろよ!」
 会場の一角から大きな声が上がった。
「そうだ!そうだ!甘木、俺たち同級生の力でお前を市長にしてやるぞ!」

 風間の切実な訴えと同級生の激励の言葉に心を動かされた甘木は口を開いた。
「僕は高校を出て以来、地元を離れ32年ぶりにこのまちに戻って来た。風間君の言うとおり、僕たちが子供の頃に比べて商店街はすっかり寂れてしまった。小学生の頃に両親と一緒に商店街に買い物に来たことがあったけれども、あの頃は大変な賑わいがあったよ。週末や定期市が立つ日にはアーケード街は大勢の買い物客でごった返しになっていたことを覚えているよ。風間君がさっき言ったように、人口が減少しているのに市の借金だけが増えている。増えた借金の返済は僕たちや子供たちが返さなくてはいけない。借金の返済が増えれば子育て支援など他の行政サービスに回すお金も減ってくる。そのしわ寄せを受けるのが僕たちや子供たちだ。大変厳しい選挙になると思うけど覚悟はできたよ。みんなの力を僕に貸してもらいたい!」甘木は同級生の前で深々と頭を下げた。
「甘木、頑張れよ!」会場のあちこちから拍手と声援が沸き起こった。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第23回)

2017年6月12日ニュース

 四日目、午前3時に起床。二人は6時20分に早月小屋を出発した。嵐も止んで晴れの天気になった。2470m峰を通過した辺りから雪面は凍っていた。急いでアイゼンを装着し先を急いだ。一昨日、下見で登った2550m付近までは簡単に登ることができたが、その先は、岩場を乗り越えていった方がいいのか、トラバースした方がいいのか、ルート選択に迷うところが所々にあった。その年の積雪量によってルートの選択も変わってくる。
 2614m地点を通過した後、池ノ谷側をトラバースしていくとのっぺりした斜面になった。淡雪に覆われた斜面のトラバースは雪崩を起こす危険があることから稜線沿いのルートを選んだ。二人は雪の多い稜線沿いを直線に道を選んで登攀した。2800m付近の池ノ谷側に枝尾根が伸びているところは斜面を直登した。
 2800m付近を過ぎてシシ頭の登りに差し掛かった。右手からシシ頭頂上に登り、池ノ谷側を懸垂下降しながらトラバースし、シシ頭東の鞍部に出た。あとは本峰への登りを残すだけだ。強い西風を受けながらルンゼに取りつき直登した。早月尾根稜線に出た後、右斜め上に鎖に沿ってトラバースし、最後のルンゼの登りに差し掛かった。風を遮るものがない稜線を強風が吹きすさぶ。
 ザイルに繋がれた野上と甘木はピッケルを雪面に打ち込み、山頂を目指して登攀を続けた。山頂を目前にした最後の岩場に辿りついた所で、突風が二人を襲った。後ろにいた甘木の体がバランスを崩して凍結した雪面を滑り落ちていった。
 甘木の手からピッケルが弾け飛んだ。手首に巻いてあるピッケルのバンドが切れてしまったのだ。野上は自分のピッケルを雪面に深く打ち付け、右手は近くの露岩を掴んで、宙に浮いた甘木の体を必死になって支えた。
「甘木!大丈夫か?」
 野上はザイルで繋がっている甘木に向かって大声で叫んだ。振り子のように宙に浮いた状態になっている甘木は両手を伸ばして雪面から出た露岩を掴もうとするが強風の中、手が届かない。登山靴に装着されたアイゼンも凍った雪面を捉えることができなかった。
 稜線には二人以外に登山者の姿はない。甘木の体の重力がザイルで繋がれた野上の腰をじりじりと締め付ける。ピッケルと露岩を掴んだ両手が痺れてきた。今、手を離せば、二人とも200mほど下にある谷底に滑落する。甘木が野上に向かって言った。
「野上、このままでは二人とも助からない。俺の人生をお前に捧げる。俺に代わって生きてくれ!野上、さようなら!」
「甘木!やめろ!」
 甘木はポケットから取り出した登山ナイフでザイルを切った。野上の視線は、勢いよく雪面を転げ落ちいく甘木の姿を追った。野上の視界から離れて徐々に小さくなっていく甘木の体は雪面から顔を出した鋭角な露頭に激突して止まった。
「甘木!甘木!」
 野上は甘木に向かって大声で叫んだ。姿勢を戻した野上はすぐさま、雪面途中の岩場に止まった甘木の体めがけて、ゆっくりと斜面を下り降りた。30分ほどかけて甘木の体が引っかかっている岩場にたどり着いた。甘木の額から血が流れ登山帽は赤く染まっていた。どうやら甘木は岩頭に頭をぶつけたようだ。
「甘木、大丈夫か!」
 野上は甘木の体を揺すって声を掛けてみたが反応はない。甘木の口元に耳を当てると、既に息が絶えていた。野上は無線機を使って麓の富山県警山岳救助隊に遭難救助の要請をした。程なく富山県警のヘリが現場に到着して、遭難者の収容が行われた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者