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小説「廃屋の町」(第21回)

2017年6月6日ニュース

 12月24日の聖夜。クリスマスツリーで装飾された街の中を若い男女が行き交っている。大きなザックを背負った甘木と野上は地下鉄銀座線の上野駅に降りて、国鉄の上野駅に向かった、地下通路には路上生活者が段ボール箱で組み立てた小屋があちこちに建っている。ニット帽を被った作業着姿の50代くらいの男が野上に近づいてきた。男はあごひげと口ひげをたくわえている。白髪まじりの髪は肩まで伸びている。
「治夫!お前は野上治夫だろ?お父さんのことを覚えているだろう?お父さんの昭一だよ。治夫、家族を捨てた私を恨んでいるんだろう?本当に申し訳なかった。私の話を聞いてくれないか?」
 懇願するようなそぶりで、男は野上の腕をつかんだ。
「おじさん、人違いですよ。私は野上治夫なんかじゃありませんよ!急いでいるので、すみません」
 野上は男の手を振り切って先を急いだ。
「野上、誰だい?今のおじさんは。確か、お父さんは亡くなったって言っていたよね?」
「そう、5年前に病気で死んだよ。どうかしているよ、あのおじさん。頭がおかしいんじゃないのかな」
 ピロロロロロ 上野駅十六番ホームのベルが鳴った。
 野上と甘木はホームに停車していた急行能登に乗り込んだ。午後11時20分、急行能登は富山に向けてゆっくりと動き出した。年末の帰省時期と重なっているにもかかわらず、二人が乗った車両には帰省客の姿はまばらだった。
 甘木たちの乗り込んだ車両に、数名の大学生のグループが乗車していた。話を聞いていると、どうやら山スキーで立山の室堂に行くようだ。雄山の山頂から滑走するらしい。列車は高崎駅を過ぎると車内は消灯になった。二人は空いた4人掛けのボックス席に、それぞれ横になって仮眠をとった。
 翌朝5時50分、急行能登は予定時刻よりも30分遅れで滑川駅に到着した。二人はしばらく駅舎の休憩室で過ごした後、滑川駅と接続する富山地方鉄道本線のホームに向かい、6時25分発の宇奈月行きに乗り込んだ。上市駅で下車し予約していたタクシーに乗って剣青少年研修センターに向かった。道路は一車線分しか確保されていない。道路の両脇は一メートルほどの雪の壁になっていた。
 8時10分、研修センター先のゲートで二人はタクシーを降りた。一般車両はここで通行止めになっているようだ。出発準備を終えた二人は馬場島に向かって歩き出した。ゲートから馬場島までは4キロほどある。
 二人が歩いているとタンクローリーと工事車両が通り過ぎて行った。この先には白萩、馬場島の二つの発電所がある。年末に入ったこの時期でも発電所の仕事はあるらしい。道路は発電所のあたりまで除雪されていたが、馬場島発電所から先は雪の上を歩いた。
 9時40分、ゲートから歩いて一時間半で馬場島に到着した。富山県警馬場島警備派出所で登山届を提出し、富山県警署員から年末年始の入山状況を確認した。この年末には10団体が剱岳への入山届を提出していることや、二日前に入山した城東大学と昨日入山した広陵大学の二団体が、現在、早月尾根を登攀中との情報を得た。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者