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小説「廃屋の町」(第23回)

2017年6月12日ニュース

 四日目、午前3時に起床。二人は6時20分に早月小屋を出発した。嵐も止んで晴れの天気になった。2470m峰を通過した辺りから雪面は凍っていた。急いでアイゼンを装着し先を急いだ。一昨日、下見で登った2550m付近までは簡単に登ることができたが、その先は、岩場を乗り越えていった方がいいのか、トラバースした方がいいのか、ルート選択に迷うところが所々にあった。その年の積雪量によってルートの選択も変わってくる。
 2614m地点を通過した後、池ノ谷側をトラバースしていくとのっぺりした斜面になった。淡雪に覆われた斜面のトラバースは雪崩を起こす危険があることから稜線沿いのルートを選んだ。二人は雪の多い稜線沿いを直線に道を選んで登攀した。2800m付近の池ノ谷側に枝尾根が伸びているところは斜面を直登した。
 2800m付近を過ぎてシシ頭の登りに差し掛かった。右手からシシ頭頂上に登り、池ノ谷側を懸垂下降しながらトラバースし、シシ頭東の鞍部に出た。あとは本峰への登りを残すだけだ。強い西風を受けながらルンゼに取りつき直登した。早月尾根稜線に出た後、右斜め上に鎖に沿ってトラバースし、最後のルンゼの登りに差し掛かった。風を遮るものがない稜線を強風が吹きすさぶ。
 ザイルに繋がれた野上と甘木はピッケルを雪面に打ち込み、山頂を目指して登攀を続けた。山頂を目前にした最後の岩場に辿りついた所で、突風が二人を襲った。後ろにいた甘木の体がバランスを崩して凍結した雪面を滑り落ちていった。
 甘木の手からピッケルが弾け飛んだ。手首に巻いてあるピッケルのバンドが切れてしまったのだ。野上は自分のピッケルを雪面に深く打ち付け、右手は近くの露岩を掴んで、宙に浮いた甘木の体を必死になって支えた。
「甘木!大丈夫か?」
 野上はザイルで繋がっている甘木に向かって大声で叫んだ。振り子のように宙に浮いた状態になっている甘木は両手を伸ばして雪面から出た露岩を掴もうとするが強風の中、手が届かない。登山靴に装着されたアイゼンも凍った雪面を捉えることができなかった。
 稜線には二人以外に登山者の姿はない。甘木の体の重力がザイルで繋がれた野上の腰をじりじりと締め付ける。ピッケルと露岩を掴んだ両手が痺れてきた。今、手を離せば、二人とも200mほど下にある谷底に滑落する。甘木が野上に向かって言った。
「野上、このままでは二人とも助からない。俺の人生をお前に捧げる。俺に代わって生きてくれ!野上、さようなら!」
「甘木!やめろ!」
 甘木はポケットから取り出した登山ナイフでザイルを切った。野上の視線は、勢いよく雪面を転げ落ちいく甘木の姿を追った。野上の視界から離れて徐々に小さくなっていく甘木の体は雪面から顔を出した鋭角な露頭に激突して止まった。
「甘木!甘木!」
 野上は甘木に向かって大声で叫んだ。姿勢を戻した野上はすぐさま、雪面途中の岩場に止まった甘木の体めがけて、ゆっくりと斜面を下り降りた。30分ほどかけて甘木の体が引っかかっている岩場にたどり着いた。甘木の額から血が流れ登山帽は赤く染まっていた。どうやら甘木は岩頭に頭をぶつけたようだ。
「甘木、大丈夫か!」
 野上は甘木の体を揺すって声を掛けてみたが反応はない。甘木の口元に耳を当てると、既に息が絶えていた。野上は無線機を使って麓の富山県警山岳救助隊に遭難救助の要請をした。程なく富山県警のヘリが現場に到着して、遭難者の収容が行われた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者