小説「山田研一 ただ今 単身赴任中」(第8話)
東京スカイツリーは東京都墨田区に建設された電波塔だ。2012年5月に開業し、観光・商業施設やオフィスビルが併設され、ツリーを含め周辺施設は「東京スカイツリータウン」と呼ばれている。
東京スカイツリーが営業を開始して4年余りが経ったが、平日にもかかわらずチケット売り場の前には長蛇の列ができていた。研一たちは最後列に並ぼうと係りの人にインターネットで購入した日時指定券を示したら別の窓口に案内された。長蛇の列は当日券の販売窓口に並ぶ人たちだった。しかも強風のため当日券の窓口が午後5時まで閉鎖されていた。
研一は指定券の窓口前に並びながら、窓口の背後にある料金表のボードに目をやった。当日券よりも日時指定券の料金が高くなっていることに気づいた。コンサートや演劇のチケットの場合、当日券の方が高い料金設定になっていることが多い。それとは逆だ。どうしてだろう。研一はチケットをエレベータの搭乗券と交換する際に、窓口担当の人に聞いたところ、当日券と違って指定券の方が待ち時間なしで乗れるので料金が高くなっているという説明であった。
「時間が節約になる分、料金が割高になるということか。まさに時は金なりか。」研一は思わず頷いた。
「今、お父さんが言った『時は金なり』ってどういう意味。」すかさず弥生が研一に尋ねた。
「時間はお金のように貴重で有効なものだから、無駄にしてはダメだよ、って意味だよ。僕たちは前もってチケットを買っていたから、指定された時間になれば待たずに展望デッキ行きのエレベータに乗れるけれど、まだチケットを持っていない人は並ばないと買えないし、買うまでに時間がかかるってことだよ。しかも今日は強風のため5時までチケット売り場が閉まっているのでその間は買えないんだ。」研一が答えた。
「要するに、早くエレベータに乗れるので料金が高いってことね。」弥生は研一の説明に相槌を打った。
「大まかに言えばそうだね。」研一が言った。
研一たちはチケットと交換した「シャトル搭乗券」を持って搭乗時刻を待った。程なく指定された時間となり展望デッキ行きのエレベータ(シャトル)に乗り込んだ。エレベータの扉が静かに閉まり上昇し始めた。揺れを全く感じることなくわずか1分足らずの時間で地上から350メートルにある展望デッキに到着した。展望デッキは3階構造になっていて上りのエレベータは最上階に着く。地上から634メートルのスカイツリーは世界一高い自立式電波塔としてギネスブックに掲載されている。展望デッキからは360度のパノラマが展開する。展望回廊からは眼下に広がる東京の街並みが見えた。
「お父さん、こっちの方向に富士山が見えるはずだけど今日は見えないね。」弥生が言った。
「そうだね。晴れていれば見えるはずなんだが、残念ながら見えないね。」研一は答えた。
「ほら、お父さん。あそこに赤と白のツートンカラーの鉄塔が見えるわ。もしかして東京タワーじゃないの。」弥生が言った。
「よく分かったね。あの鉄塔は東京タワーだよ。」研一が言った。
東京タワーはスカイツリーができるまでの半世紀以上、国内の電波塔では首位の座を守ってきた。333メートルの東京タワーはエッフェル塔を超える高さで設計されたという。研一は修学旅行で初めて東京に来た時に東京タワーに上ったことを思い出した。地上から150メートルの大展望台から見えた、宝石箱のような東京の夜景が今でも忘れられない。
展望回廊には記念写真の撮影コーナーが設置されていた。来年の年賀状にしようと、早速、3人の写真を撮ることにした。
「準備はいいですか。それでは撮ります。カメラに向かってスカイツリーって言ってください。はい、スカイツリー!」係りの人が大判のカメラを研一たちに向けて言った。
「カッシャ」シャッターを切る音がした。
しばらくして六つ切りサイズの写真が出来上がった。この写真をスキャナーで取り込んで年賀状用の画像に加工することにした。家族の写真入り年賀状の作成は研一の仕事になっている。研一たちは展望デッキの3階から2階、1階へと降りて下りのエレベータに乗った。地上にある商業施設「東京ソラマチ」でお土産品を買った後、スカイツリーを後にした。
(作:橘 左京)