小説「山田研一 ただ今 単身赴任中」(第1話)
【あらすじ】
会社の人事異動で東京に単身赴任した山田研一。東京での一人暮らしを始めた研一であるが、食生活が乱れ持病の糖尿病が悪化することを心配した管理栄養士の資格を持つ妻の由紀子が金帰月来で帰宅する研一に五日間の献立表を渡す。研一は誘惑に負けそうになりながらも妻との約束を守ろうと日々奮闘する。
山田研一は現在、東京に単身赴任中である。毎週、金帰月来で東京と新潟県長岡市の間を新幹線で往復している。山田の勤務している会社は長岡市に本社がある食品製造会社だ。新潟県は日本有数の米どころで米菓や餅など米の加工食品の製造工場が多い。なかには全国ブランドになっている商品もある。今年5月の人事異動で山田は東京営業所長として赴任することになった。
金曜日の夕刻。一週間の仕事を終えた山田は東京駅の新幹線ホームから上越新幹線に乗って、自宅で山田の帰りを待っている妻の由紀子と娘の弥生のもとへと向かう。山田が乗り込む車両はいつも自由席車両だ。しかも8号目の車両に決めている。なぜ8号車かというと理由は単純。山田の誕生月が8月だからだ。この時間帯に東京駅を出発する新幹線の車中は、男性サラリーマンにほぼ占拠されている。乗客の多くは、会社帰りに一杯やって帰宅する新幹線通勤の男性や山田と同じ単身赴任中と思われる男性などだ。
ホームで発車のベルが鳴り響くなか、2階建車両の8号車に乗り込んだ山田は階段を降りて比較的、空席の多い1階席に向かった。座席シートを回転させて4席にして賑やかに歓談しているグループが目に入った。会社の飲み会が終わって帰宅する同僚の人たちだろうか。缶ビールを片手に仕事の話題で盛り上がっているようだ。
山田は飲み会帰りの一団から少し離れた空席を見つけて座った。早速、駅の売店で買った500ミリットル入りの缶ビールを買い物袋から取り出した。
「プッシュ」
山田は缶ビールの栓を抜いて冷えたビールを喉に流し込んだ。次に袋に入っている乾き物を取り出した。乾き物の「柿のタネ」は山田が勤務する会社の主力商品の一つだ。小袋には柿の種に似せた米菓とピーナッツが入っている。缶ビールと「柿のタネ」。山田に暫し至福の時を与えてくれる名脇役だ。山田は東京で過ごした一週間を振り返り、実家で山田の帰りを待つ妻の由紀子や娘の弥生に思いをはせた。
(作:橘 左京)