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小説「山田研一 ただ今 単身赴任中」(第7話)

2016年12月26日ニュース

浅草駅は上野駅から銀座線に乗って3つ目の駅だ。初めて地下鉄に乗車する弥生は興味津々だ。
研一たち3人が銀座線のホームで浅草行きの地下鉄を待っていると、3人の前を反対方向の電車が通り過ぎた。
「お父さん。どうして、地面の下に電車が走っているの。」弥生が研一に尋ねた。
「地下にトンネルを掘って、線路を敷いて電車を走らせているんだよ。」研一は答えた。
 この時、研一は「地下鉄の電車はどこから入れたの? それを考えていると一晩中眠られないの。」という地下鉄漫才コンビのギャグが頭に浮かんだ。
「お父さん。どうして、にやにやと笑っているの。」
「ううん、何でもないよ。」
 間もなくして、浅草行きの電車がホームに滑り込んだ。3人は車両に乗り込んで空いた席に腰を掛けた。平日ということもあって車内は鞄を持った会社員の姿が多く見られた。車両の天井から吊り下げられたポスターが並んでいる。東京勤務になってからは地下鉄を使って取引先に行くことが多い研一にとっては見慣れた光景であったが、弥生は興味深そうに中吊り広告を眺めていた。
「お父さん。天井からポスターがぶら下げっているけれど、あれって何なの。」弥生が研一に尋ねた。
「中吊り広告と言って、ポスターに週刊誌の見出しを書いて吊るしているんだよ。」研一は弥生に答えた。
 定期購読の新聞と違って店頭販売の週刊誌の場合、広告に力を入れている。読者を引き付けるような見出しで書かれた広告を中吊り広告や新聞に掲載している。研一は通勤に使っている地下鉄の中吊り広告に目が留まり、駅の売店で経済誌を買って読んだことがあった。研一の興味を引いたのが「米菓業界の海外戦略あれこれ」という見出しだった。国内市場がこれから先細りしていくなかで、米菓業界でも海外に進出する同業他社が出てきた。新潟県内に本社がある全国最大手が既に北米市場に進出している。業界中堅の研一の会社でも、つい最近、海外市場への進出について検討を始めたところだ。

 上野駅で研一たち3人を乗せた電車は、稲荷町、田原町を通って終着駅の浅草駅に到着した。地下のホームから階段を上って地上に出ると目の前に浅草のランドマークになっている雷門が見えた。
「お父さん、見て。大きな提灯がぶら下がっているよ。」
「雷門の提灯だよ。」研一が答えた。
 雷門は浅草寺の山門で、中央には大きな提灯が吊り下げられている。雷門の正式名称は「風神雷神」で、門に向かって右側に風神、左側に雷神が安置されている。雷門をバックに外国人観光客のグループが写真を撮っている。外国人観光客を乗せた人力車が雷門の前で止まった。入れ替わるように別の外国人ペアが人力車に乗り込んだ。どうやら雷門前が人力車の発着所になっているらしい。
「お父さん、あれ人力車じゃないの。テレビの時代劇で見たことがあるよ。」
初めて本物の人力車を見た弥生が驚いた様子で研一に尋ねた。
「車がなかった昔は、人力車に載せて人を運んだんだよ。」
大通りの中央を行き交う自動車と通りの端で車夫が引く人力車のミスマッチが何となく面白い。
 雷門をくぐって宝蔵門までの参道は仲見世通りと呼ばれ、参道の両脇には土産物、菓子などを売る露店が軒を並べている。雷おこしや人形焼きなどの和菓子やミニ提灯、鈴付きお守り、風鈴、箸、手ぬぐいなど多種多様な和風小物が店頭に陳列されている。和服姿の外国人観光客の一団が物珍しそうに和風小物を手に取って眺めている。クールジャパンに魅せられて訪日する外国人観光客が増えているようだ。研一は平成27年の訪日外国人観光客が2千万人近くになったという観光庁の発表した数字を思い出した。
 人形焼きのお店では試食ができるらしく、店先で数人が試食しながら品定めをしている。研一も人形焼きを試食したくなったが、由紀子の視線が気になった。
「お母さん。私も人形焼きが食べたい。」と弥生が言い出した。
「美味しそうね。」と言って由紀子が弥生と試食品を手に取って食べ始めた。
「美味しいわ。あなたもどうぞ。」
由紀子の許可が下りたことから、研一も試食用の人形焼きを口に入れた。
「本当だ。美味しいね。」
「お母さん、お土産に買っていこうよ。」弥生が由紀子に提案した。
「そうね。お参りした後、買って帰りましょう。」由紀子が答えた。
 宝蔵門をくぐると目の前に本堂が見えた。本堂の前にある大きな香炉の周りに人だかりができている。香炉からモクモクと舞い上がる煙を自分の体に掻き集めようと手を動かしている。研一たちも香炉に近寄った。
「お父さん、どうして線香の煙を体に掛けるの。」弥生が研一に尋ねた。
「体の悪い所に掛けると直りが良くなるという言い伝えがあるからだよ。」研一が答えた。
「私の体に悪い所はないけれど、もっと学校の勉強ができるようになりたいわ。」弥生が由紀子に向かって言った。
「煙を頭に掛けると頭が良くなって弥生の成績も上がるわよ。」由紀子が答えた。
 研一たちは香炉の煙を体中に振りかけた。本堂でお参りをした後、浅草駅から東部スカイツリーラインで1駅先にある東京スカイツリーに向かった。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者