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小説「廃屋の町」(第30回)

2017年6月26日ニュース

 甘木は風間ら同級生と市長選挙に向けた政策づくりを始めた。まずは田沼市の実情、現状を把握しようと、市内の各地域、地区を隈なく歩いて回った。最初に市街地を回ってその次に市街地周辺の農村集落を回ることにした。田沼市の中心市街地は市役所本庁舎のある旧田沼市の市街地である、旧3か町村の地域にもそれぞれ役場庁舎があった地区に市街地がある。合併後、旧田沼市の市役所が本庁舎となり、旧3か町村の役場が支所庁舎となった。
 甘木と風間は市街地の住宅街から挨拶回りを始めた。
「商売人として甘木に言っておくけどね。初対面の人と挨拶をする時は、相手の名前を最初に言ってから、話を始めたほうが相手に好感を持たれるし、話がスムーズに進むからね。例えば、俺の家に来た時に『風間さん、おはようございます。私、来年春の市長選挙に立候補を予定しています甘木雄一と申します。ご挨拶に伺いました』って言ってから、話を始めた方が相手に好印象を与えることができるよ」
「そうだね。出版社に入社した時に受けた接遇研修で、初対面の相手と挨拶をする時に行う名刺交換の仕方を教えてもらったよ。相手から貰った名刺をもう一度見て、相手のいる前で復唱した方が難しい読みの人名漢字も間違いなく覚えることができるって、講師の先生が言ってたよ」
「30の時に親父が死んで、俺が店を継いだが、店の手伝いをしている頃、親父から、『商いの基本は人付き合いだ。会ったことがない人でも、知っている人を見つけたら、相手の名前を言って声を掛けろ。何かいいご縁ができるかも知れない』って、よく言われたよ」
「でも一般の家に伺って名刺交換をするって場面はないよね。どうやって相手の名前を知ることができるんだい?」
「玄関の表札を見れば、家主の名前が分かるよ。ただし、古い家だと表札の名前が亡くなった人の名前になっていることもあるので、フルネームではなくて名字だけ言うんだ。初めて訪ねてきた人から名前を言われたらびっくりするかもしれないが、その後の会話はスムーズにいくよ」
「ありがとう。やってみるよ」

「ごめんください」甘木と風間は玄関を開けて言った。
「はーい。今、行きます」台所の方からエプロン姿の女性が現れた。
「米山さん、おはようございます。私、甘木と申します」
「甘木さん?どこかでお見掛けしたような気がしますが……。もしかして、主人の知り合いの方でいらっしゃいますか?」女性は怪訝な顔で言った。
「いいえ、初めてお目にかかります。私は来年4月の市長選挙に立候補を予定している甘木雄一でございます。ご挨拶に伺いました」
 甘木の言葉を聞いた女性の顔が和らいだ。
「思い出したわ。この前、新聞に出ていた甘木さんですね。今度の市長選挙に出られる方ですよね?」
「はい、そうです」
 甘木は女性に一礼した後、顔写真入りの名前とプロフィールを書いたカードを渡した。
「新聞で見た写真よりも、若くてそれにハンサムだわ。あなたのような若い方に市長になってもらって、寂れたこの町を賑やかにして頂きたいわ。いま、主人を呼びますね。あなた、ちょっと来て!」
 居間の方から、三毛猫を抱いた初老の男性が現れた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者