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小説「視線」(第27回)

2017年4月3日ニュース

 男は茫然として立ちすくんだ。50年前に亡くなった長兄が警察に連絡するなんてあり得ない事だ。もしかして妻が警察に連絡したのだろうか。いや、そんなはずはない。私がミニトマトのプランターから真っ白なICカードを拾ったことや、そのカードを2階の自室に保管していることは、妻にも内緒にしている。このことを知っているのは私以外にいないはずだが……。
 刑事が男の家に来てから1週間後、近所のコンビニ店のATMから現金を不正に引き出した山し子と出し子に指示を与えていた暴力団組員が逮捕された。また、他の店舗のATMでも、不正引き出しに関わった出し子と背後にいる暴力団組員が逮捕された。警察では、現在、偽造カードの入所ルートの解明に向けて捜査を続けているという。

 ある日のこと。男はいつものように2階の自室に籠って、今度の土曜日に雄太と作る乗り物の試作品作りに取り組んでいた。男の器用な手さばきで机の上に広げた厚紙から、乗り物のパーツが次から次へと切り取られていく。男は時折、疲れた首を持ち上げると、写真立てに入った1枚の写真と向き合う。色あせた写真には、神社の境内に据えられた神輿の前で、男と亡くなった長兄の勇一、次兄の健二の3人が法被姿で立っている。男は勇一に向かって呟いた。
「偽造カードのことを警察に知らせたのは、勇一兄さんかい?」

 男は勇一に促されるように、パソコンのスイッチを入れて電子メールの受信一覧を確認した。野上勇一名義のメールを見つけた男は真っ青になった。男は早速、そのメールを開けた。

 野上 徹 様
 徹。私はお前の兄、勇一だ。元気で暮らしているようだな。会社を定年退職してからは、孫の雄太と乗り物の工作をしながら、第2の人生を楽しんでいるようだな。私の方は、お前と違って14歳で人生を閉じてしまった。あの日の事故以来、私は自分の残りの人生をお前と共に歩むことにした。事故で私の肉体は消滅したが、私の魂は今でも存在し続けている。お前には感じないかも知れないが、私の魂はお前の体の周辺を漂っている。
 時折、お前の体を借りて私の欲望を満たすこともあるが……。この前は雄太の体を借りて、近所の自販機でアイスクリームを買って食べた。その日は朝から暑い日だったので、冷たいアイスは本当に美味しかった。言っておくが、ちゃんとお金を払って買っているので、自販機荒らしではないぞ。アイスクリームを買った時にお守りを落としてしまった。お前と健二と私とで秋祭りに参加した時に神社からもらったお守りだ。
 ところで、コンビニのATMから現金を不正に引き出した事件で、物証になる白いカードをお前が持っていることを警察に通報したのは私だ。犯人と思われる人物が、お前が大切に育てているミニトマトのプランターに真っ白なICカードを落としたのを、私は防犯カメラを通して見ていたよ。翌朝、お前がそのカードを拾って、2階の部屋の本棚に保管していたのも知っている。
 さっきも言ったように、私には肉体はないが魂は残っている。実家の仏壇には私の命日になるとお菓子が供えられるが、死んだときは子供だったが、今は数えで65歳になった。酒を飲みたくなる時だってあるさ。明日は私の命日だ。3人が写っている秋祭りの写真立ての前に、冷えた缶ビールを供えてくれ。最後に言っておくが、このメールは雄太の体を借りて、雄太のパソコンを使ってお前に送信した。徹、長生きしろよ。私はお前といつも一緒だ。 勇一より

 コンビニ強盗事件の方は、それから1か月後に犯人が検挙された。検挙された男は暴走族グループの一員で、事件のあったコンビニに以前、働いていた元従業員であった。この元従業員は、現金を奪った後、走って逃げ犯行現場から100メートルほど離れた国道バイパス沿いにあるコンビニに止めてあった車に乗って逃走したという。しかし、自販機荒らしの犯人は、今も検挙されていない。(了)
(作:橘 左京)

[編集部からのお知らせ]
 小説「視線」は加筆、修正のうえ、後日、ライブライ―の文芸コーナーにアップします。
 4月5日からは小説「朱鷺伝説」を連載します。

posted by 地域政党 日本新生 管理者