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小説「視線」(第26回)

2017年4月1日ニュース

「この事件の捜査は進んでいるんでしょうか?」
「正直言って、難航しています。カード情報が盗まれた時点、その情報が不正使用された時点、カード利用者が不正使用されたと認識した時点、これら3つの時点にあるタイムラグ、情報が盗まれた場所とその情報が使われた場所に関連性が無いこと、不正使用が広範囲に及んだこと、物証が限られていること、などが上げられます」
「そうですね。私のカード情報も、いつ盗まれたかも分からなかったし、それに住んだこともなければ、行ったこともない兵庫県内のコンビニ店で使われましたからね。私の場合、カードの利用明細書を見て、身に覚えのない支払いがあることに気づきましたからね。なかには気付いていない人もいるんじゃないでしょうか
「考えられますね。今回被害に遭った信販会社では、会員に利用明細をチェックするように注意喚起のお知らせをしたそうですが、今後、被害届は増えてくるものと考えています」
「先ほど物証が限られているというお話がありましたが、どういうことですか?」
「今確認されているのは、コンビニのATMとつながった信販会社のコンピューターに記録されている支払い記録と、コンビニに設置されている防犯カメラに記録されている出し子の映像です。ただし、記録された映像は1か月経つと新しい映像に上書きされるので残っていませんでした。犯罪グループが、『エニータイム』を犯行場所に選んだ理由は、防犯カメラに記録された映像の保存期間が他のコンビニチェーン店よりも短かった点が挙げられます」
「犯罪グループは、綿密な調査と周到な計画を立てて実行したんですね」
「おっしゃるとおりです。実は、今日、野上さんをお尋ねした本当の理由は、新たな物証を得るためです」

「新たな物証?」
「不正引き出しに使われた偽造カードです。通常カードをATMに入れると、機械はそのカードが正規のものか非正規のものかを瞬時に判別して、非正規のものであれば飲み込んでしまうんです。キャッシュカードの暗証番号を3回間違えると、カードが機械に飲み込まれてしまうのと同じ仕組みです。しかし、今回、犯罪に使われた偽造カードは機械に飲み込まれることなく、カード情報を読み取った後、機械から排出され、出し子の手元に戻ったと考えています。しかし、その偽造カードを野上さんがお持ちだという情報提供があったのです」
「ええ!私が偽造カードを持っているって!?私が偽造カードで不正引き出しをしたってことですか!」男は興奮気味に言った。
「いいえ、そうじゃないんです。野上さんはプランターでミニトマトの栽培をしていますよね。先ほど見たら赤い実が何個か付いていましたが……」
「はい、孫娘の食育にと春から始めたものですが……」
「そのプランターの中に、プラスチック製の真っ白なカード、大きさは名刺大のものですが、見つけたと思いますが……」
「刑事さんはどうして、そのことを知っているんですか?」
「後でお話します」
「分かりました。確かにプラスチック製の白い板を見つけました。カードの表面には文字などの意匠が施されていない、のっぺらぼうの板でした。カードの中央付近には金色の枠、たぶんICチップだと思いますが、はめ込まれていました。ICチップに記録されている情報を見ようと、カードリーダーに入れてみましたが、情報は読み取れませんでした」
「野上さんはそのICカードを今でもお持ちですか?野上さんの部屋の本棚に保管しているそうですが……」
「どうしてそんなことまで、刑事さんは知ってるんですか?」
「後でお話します」
「ちょっと待ってください。今、そのカードを持ってきます」男は2階の自室から白いカードを持ってきて、刑事に渡した。刑事は白いカードを手に持って言った。
「野上さんがこのカードを見つけたのは、1か月半ほど前だったと思いますが…」
「そこまでご存知なんですか。刑事さんの言うとおりです。土曜日の深夜、暴走族が爆音を上げて通りを走った日の翌々日、月曜日だったと思います。しかし、どうして私しか知らないことを刑事さんは知っているんですか?私がその偽造カードを所持していることを警察に伝えた情報提供者って、いったい誰なんですか?」
「野上勇一さんって方です。あなたのお兄さんだそうですね。勇一さんから、あなたが偽造カードを持っているという連絡がありました」
「ええ、勇一だって!そんな事あるわけないですよ!勇一は私の一番上の兄ですが、14歳の時に水の事故で亡くなりました。もう50年も前の話ですが……」
「そうですか。情報提供者は偽名を使ったんでしょうか。いずれにせよ、大事な物証ですから、このカード、お預かりします。また、何かありましたら、こちらにご連絡ください」
 刑事は男に名刺を渡して帰って行った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者