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小説「廃屋の町」(第1回)

2017年4月27日ニュース

 午後11時半過ぎ。「田沼市長選挙 甘木雄一氏当選確実 」のテロップがテレビ画面に流れた。
 万歳!万歳!万歳!
 真っ黒に日焼けした甘木雄一の両側には中学時代の同級生たちが並び、一斉に両腕を上げた。甘木は何度も報道カメラのフラッシュを浴びた。
「おめでとう、甘木君!」同級生の久保田恵子が甘木に花束を渡した。
「続きまして、見事、当選した甘木君からこの札を千羽鶴に掛けてもらいます!」
 中学時代の同級生で選対本部長の風間健一が甘木に札を渡した。甘木は事務所の天井から吊るされた千羽鶴に掛けてある「祈 必勝」の札を外して、代わりに「祝 当選」の札を掛けた。甘木に向けてフラッシュがたかれた。
 パチ、パチ、パチ。 パチ、パチ、パチ。
「いいぞ!」「おめでとう!」「頑張ったわね!」選挙事務所は拍手と歓声に包まれた。
 甘木は満面に笑みを浮かべ、報道陣から向けられたマイクを前に口を開いた。
「ありがとうございました。これまで私を支えてくれた家族と中学の同級生の皆さん、そして多くの支持者の皆さまに感謝を申し上げます。私、甘木雄一は光の当たらない場所や光の届かない市民に夢と希望の光を届けるため、また田沼市の将来を担う子供たちの明るい未来を創造するために、市民が主役の市政を実現してまいります。これからも皆さんの変わらぬご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願いします」と挨拶をした後、深々と頭を下げた。
 今回の市長選は、4選を目指して出馬した現職の井上将司市長と新人で元出版社編集部長の甘木雄一氏との一騎打ちの構図で行われた。しばらくして、二人の得票数(確定票)が画面に映し出された。
 甘木雄一 32432票 当選
 井上将司 31675票
 投票率  75.42%
 票差が757票と僅差での勝利だった。投票率は75.42%と前回市長選の66.36%を10ポイント近く上回った。現職の井上将司氏は、建設業協会など市内の業界団体から幅広い支援を受けた組織戦を展開したが、市政転換を訴えた新人の甘木氏に僅かの差で及ばなかった。一方、旧田沼市長を務めた甘木富雄氏を祖父に持つ甘木雄一氏は、当初、知名度不足が心配されたものの、中学校の同級生らが中心となって支持を広げる草の根の選挙を展開して勝利した。
「当選おめでとうございます。あなた、昨夜はお疲れだったでしょう?」
「お父さん、市長当選おめでとう!今日、学校に行ったら友達に自慢しちゃおうかな」
 翌朝、朝食のテーブルについた雄一は妻の美由紀と娘の春香から、お祝いと労いの言葉を掛けられた。二人の言葉に寝不足気味な雄一の顔は和らいだ。甘木が就寝したのは午前二時頃だった。
「長い間、美由紀には苦労を掛けっぱなしだったね。やっと普段の生活に戻ったよ。春香、今まで遊んでやれなかった分、これからはお母さんといろんなところに出掛けようね」
「わーい、楽しみにしているよ。お父さん、三人で東京に遊びに行こうよ」
「ここ一年、家族旅行をしていなかったね。学校が休みになったら東京に出掛けようか?」
「ほんと!お父さん、楽しみにしているわよ!」
 
 妻と娘の笑顔が甘木の8か月余りにも及ぶ選挙戦の疲れを癒してくれた。
 甘木雄一52歳。県立長野北高等学校を卒業後、都内にある城南大学文学部に入学した。卒業後、都内の大手出版社に就職し編集員として忙しい日々を送っていた。甘木の夢は時代小説を書く作家になることだった。しかし勤務時間が不規則な編集者としての激務が甘木の体を蝕み体調を崩した。甘木は二年前に会社の早期退職制度を利用して出版社を退職し、妻と6歳の娘を連れて郷里の田沼市に戻った。
 田沼市の実家で一人暮らしだった母親は3年前に亡くなり実家は空き家になっていた。しかし隣町に住む姉の山口久子が時々、実家に来ては部屋の空気を入れ替えるなどをして管理してくれていたおかげで、甘木の家族はそのまま実家に転居することができた。実家に戻った甘木は、アルバイトをしながら、執筆活動に専念し、書き上げた作品を懸賞小説に応募していた。妻の美由紀も近くのスーパーでパート従業員として働いている。娘の春香は神田小学校の2年生だ。
(作:橘 左京)
【編集部からお知らせ】
 小説「朱鷺黄金伝説」(「朱鷺伝説」を改題)をライブライ―⇒文芸にアップしました。

posted by 地域政党 日本新生 管理者