小説「廃屋の町」(第59回)
甘木と風間は古びた木造住宅の前を通りかかった。庭は雑草で覆われ、片隅には大きなビニール袋に入った空き缶を積んだリヤカーが置いてあった。家の壁は変色して一部は剥がれ落ちていた。屋根瓦も退色し、一部は壊れて下にブルーシートが敷かれている。障子戸は破け、ひび割れた窓ガラスには白いガムテープが貼ってあった。
「甘木、なんか臭い匂いがするね」
「この匂いはリヤカーに積んである空き缶から出ているみたいだね。ところで、あんなに沢山の空き缶をどこから集めてきたんだろう?」
「ごみステーションに捨てられた空き缶を回収して、回収業者に売っているんじゃないかな。しかし、こんなに荒れ果てた家に人が住んでいるとは思えないね。空き家じゃないのかな」
「人が住んでいるみたいだよ。ほら、玄関の郵便受けに町内会の回覧板が差し込んであるよ」
玄関の前に掛けられた表札には「野上昭一」という名前が書いてあった。
「甘木、この家はパスした方がいいよ」
「どうして?ちょっと匂いが気になるけど、人が住んでいるようだし、行ってみようよ」
「ここじゃなんだし。あそこに公園があるだろう。そこで話すよ」
風間は筋向いにある小さな公園に甘木を誘った。公園には誰もいない。二人はベンチに腰を掛けた。
「表札に『野上昭一』って書いてあっただろう。野上昭一は合併前の旧田沼市の職員だった人だ。汚職事件で逮捕され市役所を首になった人だよ」
「汚職事件?」
「30年以上も前に遡るけども、甘木のお爺さんが市長をしていた頃の話だよ。この事件のことは、市議会議員をやっていた爺さんから聞いた話だけどね。当時、建設課の発注係長だった野上は、市が発注する公共工事の予定価格を建設業者に漏らして、その見返りに賄賂をもらったとして、収賄容疑で逮捕されたんだ」
「収賄?賄賂を贈った人物は誰だったんだろう?」
「建設業協会事務局長の須藤って人物だ。今でもそうだけど、建設業協会の事務局長のポストは田沼市の建設課長の天下り先として用意されている指定席なんだ。野上に賄賂を贈った須藤の方は既に3年の時効が成立していたんだ。昭和54年の長野県北部地震の頃に起きた汚職事件だけどね。災害復旧工事の予算がドーンとついて、市が発注する公共工事が大幅に増えたそうだ。野上が逮捕された時の役職は建設課の課長補佐だったけど、実際は発注係長の時に予定価格を漏らした罪で起訴されたんだ。以前から田沼市が発注する公共工事の落札率が県内で一番高くなっていたことや、野上が災害復旧工事の発注業務を取りまとめる立場にあったことから、警察は、早くから野上に目を付けて内偵していたらしいよ」
「収賄で逮捕されたのは野上一人だったの?」
「当時、野上の上司だった建設課長の内藤隆志や上層部の関与も疑われたけれども、うやむやになってしまったらしいよ。当時は、『トカゲのしっぽ切り』だったんじゃないかって噂が流れたそうだよ」
「田沼市が発注する公共工事は、今でも入札情報が建設業者に漏れているんだろうか?」
「それは充分に考えられるね。今でも公共工事の落札率が県内で一番高くなっているって財政課長の杉田昇が言っていたのを覚えているだろう。それに県の土木部出身の井上市長、県議の山田良治、建設業協会長の山田信夫、この三人が政官業の鉄のトライアングルを作って、市や県が発注する公共工事について、予算の確保から工事の施工場所、施工業者の選定までを取り仕切っているみたいだよ。甘木も知っていると思うけど、県議の山田良治は建設業協会長の山田信夫の実弟だ。県の公共工事だって入札情報が業者側に事前に漏れていてもおかしくないね」
「収賄事件はもう30年以上も昔の話だし、とにかく行ってみようよ」
(作:橘 左京)