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小説「視線」(第15回)

2017年3月10日ニュース

「午後はもっと暑くなりそうだ。家に居ても暑いから、生駒川に行って魚捕りでもしないか」
 勇一が二人の弟を誘った。
「魚捕り?何が捕れるの?」健二が勇一に尋ねた。
「ウグイだ。いっぱい泳いでいるぞ」勇一が答えた。
「お前たち。魚撮りもいいが、事故には気を付けるんだぞ」祖父が心配そうに言った。
「大丈夫だよ。もう何回も行っている場所だから慣れているよ」勇一が言った。
 男が子供の頃には、まだ学校にプールはなかった。同じ学校に通う子供たちは、夏休みになると、水がきれいな生駒川に出掛けて行っては水遊びや魚捕りをして遊んだ。

 午後に入ると一段と暑さが増した。3人は自転車に乗って家を出た。健二は自分の自転車を漕いで、男は勇一の自転車の荷台に乗せてもらい、生駒川に向かった。3人が山麓を流れる生駒川に着くと、他に子供の姿はなかった。夏休みの宿題に追われているのだろうか。お盆前に来た時は大勢の子供たちが水遊びや魚捕りをしていたのだが、今日は3人の他に誰もいない。
 蝉の鳴き声が周囲の山肌に当たって木霊している。川面を涼風が渡る。3人はサンダルを脱いで素足を川の中に入れた。川の水が火照った体を冷まし、汗を止めた。
 川岸から水面を覗くとウグイが群れをなして泳いでいる。水中眼鏡とシュノーケルを付けた勇一は、手にヤスを持って下流部に向かった。男と健二は川岸で、たも網を持ってウグイの群れを追った。
 二人は向こう岸に行くために、川面から顔を出した岩を渡った。
「わー!」どぼーん、と川面を叩く音がした。
 男が濡れた岩に足を滑らせて川に転落した。深みに落ち込んだ男の体が流されていった。
「兄ちゃん、助けて!」
 男の悲鳴と助けを求める声を聞いた健二であったが、急な流れに身を捕られた男の体を捉えることができなかった。
「雄一兄ちゃん、助けて!徹が川に落ちてそっちに流れていくよ!」
 健二が大声を上げて勇一に助け求めた。男の体が流れ下る先で川に潜って魚を捕っていた勇一が水中から体を出して、流れてきた男の体をやっとの思いで掴んだ。男の体を掴んだ勇一は川岸で待機していた健二に徹の体を預けたが、今度は勇一の体が急流に押し流され、やがて川面から姿を消した。
(勇一兄さん、ほんとうにすまなかったね)
 勇一の命と引き換えでもらった男の命。男は自責の念に駆られながら人生を送ってきた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者