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小説「視線」(第19回)

2017年3月18日ニュース

 ピーポー、ピーポー ピーポー
 ウーウー、ウーウ、ウーウー
 明け暗れのなか、2階の自室で寝ていた男は救急車とパトカーのサイレンで目を覚ました。1階で寝ていた妻もけたたましいサイレンの音に驚いて、2階に上がってきた。男は部屋のカーテンを開けて外を覗いていた。
「今、サイレンの音がしたけど。事故か何か、あったのかしら?」男の部屋に入って来た妻が言った。
「近くのコンビニで事件が起きたようだ」男が答えた。妻も窓から外を覗いた。
 男の家の並びにあるコンビニの駐車場には規制線が張られ、赤色灯を点滅したパトカーと救急車が見えた。しばらくして、腕と手に包帯を巻かれた店員が救急隊員に付き添われて救急車に乗り込んだ。
 ピーポー、ピーポー ピーポー
 怪我人を乗せた救急車が駐車場から出ていった。パトカーは赤色灯を付けたまま駐車場に止まっている。現場検証が続いているようだ。眠られないまま朝を迎えた男は布団から起き上がって、部屋のテレビを付けてチャンネルをニュース番組に合わせた。男は、朝起きるとテレビのニュース番組を見るのが日課になっていた。
「未明のコンビニに強盗 売上金50万円が奪われる」というテロップがテレビ画面に表示され、
「今日の未明、午前三時頃。茨城県陽光市にあるコンビニエンス・ストア『エニータイム』に、マスクをした40代くらいの男が客のいない店に押し入り、店員にカッターナイフを突き付けたうえ、店にあった売上金約50万円を奪って逃走しました。警察では男の行方を追っていますが、まだ手掛かりはつかめていません。カッターナイフで切り付けられた店員の男性が手と腕に怪我をしました」と、アナウンサーが伝えた。
 コンビニ強盗のニュースは何度かテレビで見たことがあるが、まさか自分の住んでいる町でこんな凶悪な事件が起きるとは思ってもみなかった。

「今朝のニュースで、未明に近所のコンビニで起きた事件を放送していたよ。何でも40代くらいの男が、カッターナイフで店員を脅して、店の売上金を奪って逃走したそうだ」
 男は朝飯の席で妻に言った。
「マスクをした40代くらいの男?」妻が男に尋ねた。
「そう。ニュースでは白いマスクをした男だと言っていたね」
「外国で起きたコンビニ強盗の映像をテレビで見たことがあるけど、怖かったわ。目出し帽をかぶった男が店員に拳銃を向けて、店員がレジから取り出した現金入りの袋を持ち去った映像よ。この町に住んで30年近くになるけど、身近な所でこんな怖い事件が起きたなんて、信じられないわ!」
 妻は動揺した様子で言った。
「外国の事件と違って、今回のコンビニ強盗の凶器はカッターナイフだったけどもね。コンビニ強盗なんて余所事かと思っていたけど、君が言うように、自分たちの住んでいるこの町で起きたなんて、驚いたよ。物騒な世の中になったもんだね」
「そうね。昔は銀行を狙った強盗事件が時々あったわ。ライフル銃などの凶器を持った犯人が行員やお客を人質にして立てこもった事件だったわね。終日、テレビが事件現場を実況中継してたのを覚えているわ」
「そうだね。確かに昔は銀行を狙った強盗事件が多かったようだけど、金融機関の防犯対策が進んだことや警察の見回りが強化されたことで、昔と比べれば、件数は少なくなったんじゃないのかな。その代わりに、24時間営業のコンビニが狙われるケースが増えたような気がするよ。それに、今回の事件のように目撃者や客の少ない深夜から未明にかけての犯行が多いみたいだね」

「コンビニ強盗じゃないけど、私と同じ料理教室に通っている鈴木さんの娘さんが、ひったくりに遭ったそうよ。娘さんが夜遅く歩いて帰宅した時に、自転車に乗った若い男が後ろから近づいてきて、娘さんのハンドバックを奪って逃げたんですって」
「その娘さんに怪我はなかったの?」
「バッグを奪われた時、転倒して膝に擦り傷を負ったそうよ」
「女性が夜道を一人で歩く時には、護身用に防犯ブザーなどの道具を持っていた方がいいね」
 男はこの住宅団地に移り住んで30年近くになった。住宅団地のある一帯は、戦時中、広大な畑作地帯であった。戦後になって工場団地が造成され、自動車など輸出型製造業の工場がこの団地に立地した。男が勤めていた工場もこの団地の一角にある。地方出身の若者が「金の卵」となって、これらの工場に就職した。男もその一人だった。会社は地方から出てきた若者に住まいを提供するために、工場団地の周辺に造成された住宅団地に社宅用の集合住宅を建設した。当時の工場は3交代制勤務で24時間稼働していたことから、工場と社宅の間をマイクロバスによるピストン輸送で従業員を運んだ。男も独身の頃はマイクロバスに乗って社宅と工場を往復した。

 その後、一戸建て用の住宅団地が造成され、マイホームを求める大勢の子育て世代がこの団地に土地を買い求めた。男が家を建てた頃は、団地に建っている戸建ての住宅はまばらであったが、その後、最初に分譲に出された区画の全てが埋まったことから、宅地開発業者は周囲に残っている畑を開発して、第2次の分譲団地として造成し売りに出した。
 こうして男の住む住宅団地は徐々に拡張し、今や人口3万人余りの人々が暮らす市街地に成長した。子供の数が急激に増えたことから、保育園や幼稚園、小中学校が新設され、市役所の出張所、交番、消防署などの官公署の公共施設も新たに建設された。市街地の拡大に伴い、スーパーマーケットやコンビニ、ガソリンスタンドといったといった生活関連の店舗もできた。パチンコやカラオケルーム、居酒屋などの娯楽施設も人口の増加に合わせて建設された。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者