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小説「視線」(第18回)

2017年3月16日ニュース

 ある夏の朝。朝飯の席で妻が男に言った。
「昨日の夜、バイクや車の音がうるさくて眠れなかったわ。それに何かにぶつかったような音もしたわ。あなた、眠れた?」
「いや、目が覚めたよ。深夜にあんなに大きな音を出して車を走らせていれば、誰だって目を覚ましてしまうさ。毎年、この時期の週末になると暴走族が騒いでいるね。それに、暴走族の車を追跡するパトカーのサイレンの音にも参ったよ」
 普段は静かな夜の住宅街だが、毎年、夏になると騒がしくなる。週末の夜、男の住む町から15キロ先にある海岸道路をめがけて暴走族の車両が爆音をたてながら、家の前の道路を通過するからだ。蛇行運転するオートバイや改造車両から出るクラクションの音と違法改造のマフラーから出るエンジン音が、寝静まった住宅街を襲う。続いて、暴走族を取り締まるために追跡してきたパトカーから流れるサイレンが静かな住宅街に響き渡る。男の家の玄関前には暴走族グループが投げ捨てたと思われる空き缶やペットボトルが落ちていることがある。また、ガードレールに接触した際に外れたと思われる車の部品が落ちていることもある。
 月に2回、男の家に来る孫のためにと始めたペーパークラフトと家庭菜園であったが、家庭菜園の方は手間がかかる。畑と違ってプランターに入れた土は水分の蒸発が早いため、朝晩の水やりは欠かせない。ミニトマトの苗は順調に生育し、梅雨に入った頃には茎の背丈が伸びて枝や葉が横に広がってきた。風で倒れないように支柱を立てて支えた。施肥や雑草取りも必要だ。男は日が照り付ける昼間は避けて、朝晩の涼しい時間帯にこれらの作業を行った。子供の頃に経験した辛い農作業に比べれば楽な作業だと男は思った。7月に入ると花芽が出てきた。花芽が出てくれば実ができる。来月には赤い実が収穫できるかもしれない。
 ある朝、いつものように男がミニトマトを植えたプランターに水をやろうと、ジョウロの先をプランターの中に入れたところ、何やら光っているものが見えた。男は光っているものを手に取った。それはプラスチック製の白い板だった。板には金色の枠がはめ込まれている。どうやらICカードのようだ。先ほど光って見えたのはカードに埋め込まれたICチップだった。カードの表面は真っ白で文字などの意匠が施されていない。家の前の玄関先には、時折、空き缶やペットボトルが捨てられていることがある。プランターに吸殻やたばこの空き箱が投げ捨てられたこともあったが、このような異物が捨てられていたのは初めてのことだった。男は手に持った真っ白なICカードを眺め、試作段階のカードではないかと思った。
 このカードにはどんな情報が入っているんだろうか?真っ白なICカードに記録されている情報を見たくなった男は、カードを2階の自室に持っていき、パソコンに繋いだカードリーダーに、拾ったICカードを差し込んでみたが、読み取り不能のメッセージが画面に表示された。やっぱりだめか。男はカードリーダーからICカードを抜き取って、本棚の隅に置いた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者