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小説「祭ばやし」(第1回)

2017年1月13日ニュース

 野上徹は妻の由紀子と娘の春香の家族3人で都市部にある住宅街に住んでいる。この町に暮らし始めて丸6年が経った。野上の実家は農家で、野上の家から車で1時間ほど走った中山間地域にある。実家では兄の健二が後を継いで米作りをしている。田植えと稲刈りの時期になると、徹は実家に帰って農作業を手伝う。農作業の報酬は自家米と自家野菜だ。実家に帰ると徹は子供の頃に遊んだ故郷の情景を思い浮かべる。
 家の前に広がる田んぼの絨毯、緑や黄色の中に点在する農村集落、背後に見える山並み。
 春の緑色、夏の青色、秋の黄金色、冬の白と黒。
 春は青葉の匂い、夏は草いきれ、秋は稲わらの匂い、冬は鼻を刺す冷たい空気の匂い。
 ド、ド、ド ダ、ダ、ダ 春はたんぼを耕す耕運機の音。
 ジー、ジー、ジー 夏は蝉の声。
 ザク、ザク、ザク 秋は鎌で稲穂を刈り取る音。
 ヒュー、ヒュー、ヒュー 冬は北風の音。
 徹が子供の頃の故郷には四季折々の色と匂いと音があった。しかし徹の遊び場だった山野を除けば当時を伝える面影は今はない。

 徹が子供の頃は、農作業がまだ機械化されていなかった。農家は田植えと稲刈りの時期になると、猫の手も借りたくなるほどに忙しくなる。農家にとって子供は頼りになる貴重な労働力だった。徹も小学校の高学年生になると、中学生の健二と一緒に家の近くにある田んぼに出掛けて親の手伝いをした。
 田植えは5月下旬から始まる。旧暦の皐月は田植えをする月の意味だ。徹と健二は学校から帰ると家の裏手にある苗代田に向かう。苗代田では祖父母がビニールの堆肥袋に籾殻を詰めて作った腰掛に座って、程よく伸びた苗を両手で丁寧に抜き取っている。抜き取った数十本の苗を根元で揃えて稲わらで結束する。二人はその苗の束を集め麻袋に入れる。苗の入った麻袋を自転車の荷台に積んで、近くの田んぼで田植えをしている両親のもとに届ける。
 田んぼに着くと自転車の荷台から麻袋を降ろして、代わりに空になった麻袋を持って苗代田に戻る。田んぼで田植えをしている両親は二人が運んだ麻袋から苗の束を取り出して、腰に巻いた苗籠に補充する。両親は膝や腰を曲げた低い姿勢を取りながら、筒状の田植え定規で引かれた升目の交点に苗を差し込んでいく。50メートルほどある畦と畦の間を、上体を折り曲げながら泥濘に足を取られながら苗を植えていく。時々、上体を起こしては硬くなった腰や背中の筋肉を伸ばす。徹も苗を運ぶ合間を縫って、田植えを手伝うが親のスピードにはかなわない。農家にとって田植えは重労働だった。
 9月下旬になると稲刈りが始まる。徹と健二は学校から帰ると自転車に乗って田んぼに向かう。田んぼでは両親や祖父母が鎌で黄金色に実った稲を刈り取っている。身を屈めた低い姿勢で稲を刈り取り、上体を起こして刈り取った数株の稲を稲わらで結束する。この時、硬くなった腰や背中の筋肉を伸ばす。二人は稲の束を一輪車で運んで稲架木(はさぎ)に掛ける手伝いをする。農家にとって稲刈りも重労働だった。(作:橘 左京)

【お知らせ】
 小説「山田研一 ただ今 単身赴任中」はライブラリーの文芸コーナーにアップされました。

posted by 地域政党 日本新生 管理者