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小説「祭ばやし」(第8回)

2017年1月27日ニュース

 ピーシャラ ピーシャラ
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
 トコトン トコトン
 チンチン、カンカン
 太鼓の練習が始まって6日目。からっとした秋の夜風が公園を通り抜ける。
「今晩は」
「今晩は」
 公園には先着の見学者がいた。3、4歳くらいの女の子と父親だ。父親はベンチに腰を掛けて太鼓の練習を見ていた。一方、女の子の方は地面に落ちている小石を拾い集めては一か所に積み上げている。
「パパ、おっきな石を見つけてきたよ」
 女の子は拾ってきた大きな石を父親に見せた。
「本当だ。おっきいね。」父親は答えた。
 小石を集めては積み上げる女の子の様子を見ていた徹は、「賽の河原」の話を思い出した。賽の河原は此岸と彼岸の境界を流れる三途川の河原だ。幼い子供が親より先に現世を去ると、親を悲しませるだけでなく親孝行の功徳も積んでいないことから、子供は三途川を渡れず賽の河原で石の塔婆作りをしなければならない。塔婆が完成する頃になると、鬼が現れて積み上げた石を崩す。ガラ、ガラと音を立てながら崩れる塔婆。子供たちの石積みと鬼のいじめが永遠に続く。やがて地蔵菩薩が現れてこの苦行から子供を救うという仏教説話だ。
 
 徹には5歳年上の雄一という長兄がいた。雄一は長男ということもあって、田んぼ仕事で忙しい両親に代わって、徹や健二の面倒を見てくれた。徹が小学一年生の時に雄一は水の事故で亡くなった。徹は四十数年前の出来事を思い出した。お盆が終わって夏休みも残りわずかとなったある日。夏の強い日差しが地面を照り付けていた。雄一の誘いで兄弟三人は魚捕りに出掛けることになった。健二は自分の自転車で、まだ自転車を運転できないに徹は雄一の自転車の荷台に乗せてもらい、里山の麓を流れる小川に向かった。この小川は子供たちの遊び場になっていた。まだ学校にプールがなかった頃で、水のきれいなこの小川で、子供たちは水遊びや魚捕りをして遊んだ。
 三人が小川に着くと、他に子供の姿はなかった。夏休みの宿題に追われているのだろうか。お盆前に来た時には大勢の子供が水遊びをしていたのだが、今日は徹たち三人だけだった。水中眼鏡とシュノーケルを付けた雄一は、手にヤスを持って川に潜った。獲物のウグイをヤスで突き刺すためだ。徹と健二は川岸でたも網を持ってウグイの群れを追った。二人は網を持って川面から顔を出した岩を渡っていた。
「わー」
 どぼーんと、何か大きなものが川面を叩く音がした。徹が濡れた岩に足を滑らせて川に転落したのだ。
「兄ちゃん、助けて!」
 徹の悲鳴と助けを求める声を聞いた健二であったが、急な流れに身を捕られた徹の体を捉えることができなかった。
「雄一兄ちゃん、助けて!徹が川に落ちてそっちに流れていくよ!」
 健二が大声を上げて雄一に助け求めた。徹の体が流れ下る先で川に潜って魚を捕っていた雄一が水中から体を出して、流れてきた徹の体をやっとの思いで掴んだ。徹の体を掴んだ雄一は川岸で待機していた健二に徹の体を預けたが、今度は雄一の体が急流に押し流されて押されて、川面から姿を消した。
(雄一兄ちゃんごめんね)
 今日は雄一の命日。兄の命と引き換えでもらったこの命。徹は自責の念に駆られながら人生を送ってきた。
 ピー
 練習の終わりを告げるホイッスルが鳴った。
「はい。今日の練習はこれで終わりにします。初日と比べて上手に叩けるようになりました。バチはゆっくり、まっすぐに上から下に降ろすこと。そうすると大きな音が出ます。それでは後片付けをして帰ります」
 指導役の井上さんの号令で子供たちはいっせいに動き出した。後片付けを終えた春香が徹のもとに戻った。
「春香、家に帰ろうか」
「うん。お父さん、お月さまが雲の間から出てきたよ」
「そうだね。今晩のお月さまは三日月だね」
 満月から5日が経って丸い形が三分の一ほど欠けた三日月になって夜空に浮かんでいた。公園を出た徹は春香の手を握って家路についた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者