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小説「祭ばやし」(第7回)

2017年1月25日ニュース

 ピーシャラ ピーシャラ
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
 トコトン トコトン
 チンチン、カンカン

 太鼓の練習が始まって4日目。日中は蒸し暑い空気に包まれていたが、先ほど降った夕立が打ち水となって、公園に涼風が吹き込んだ。
「今晩は」
「今晩は」
 徹と春香が公園に着くと二人の先客がいた。小学低学年らしき女の子とその母親がベンチに座っている。
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
「お兄ちゃん、太鼓を叩くのが上手になったわね。聡美も4年生になったら太鼓を叩けるわよ」
 母親が娘の方に顔を向けて言った。
「どうしようかな。わかんない」
 女の子は戸惑った様子で答える。
 突然、女の子は立ち上がって近くにある鉄棒に向かった。女の子は梯子を横にしたような鉄棒に捕まって、足を宙に浮かべながら、手長猿のように両手を器用に使って梯子の端から端へと渡り歩いた。
 この公園には遊具が二つ設置してある。梯子のような鉄棒とシーソーである。シーソーは夏祭りの期間だけ取り外される。シーソーが設置されている場所に山車を仮置きするためだ。徹は春香とこの公園に遊びに来ることがあるが、子供の姿を見ることはほとんどない。春香の好きな遊具が揃っている隣の町内会の公園に行くこともある。この公園には滑り台とブランコが設置されている。それに砂場もある。サッカーなどボール遊びができるスペースもあるが、この公園でも遊んでいる子供の姿を目にすることは少ない。
 ピー
 ホイッスルが鳴った。
「はい、今日の練習これで終わりにします。笛や鉦との連携がうまくできるようになりました。明日も休まずに参加してください」
 井上さんの講評を聞いた後、子供たちはいつものように後片付けを始めた。
「博、こっちよ」隣のベンチに女の子と座っていた母親が、後片付けを終えた子供たちに声を掛けた。
 青色のTシャツを着た男の子が母親の待つベンチにやって来た。
「お母さん、見に来ていたの」
「そうよ。お兄ちゃんが太鼓を叩くのを見たいって、聡美が言うもんだから、一緒に来たのよ。博が太鼓を叩けるのも今年が最後ね。気合が入っているわね」
「もちろんだよ。今年が最後だからね。僕は来年、中学生になるから太鼓は卒業だけど、聡美は来年、4年生になるから、僕の代りに太鼓を叩けばいいよ」
「どうする?聡美」母親が娘に聞いた。
「分かんない」娘が答えた。
 三人は提灯が消えて暗くなった公園を後にした。徹も春香と家路についた。
「ただいま」
 春香が玄関を開けて由紀子に帰宅を告げる。
「お帰りなさい」
 台所に居る由紀子が答えた。
「お母さん、冷たいものが食べたいわ。何かある」
「西瓜でも食べる。冷えているわよ。あなたもどうぞ」
 由紀子が皿に盛った西瓜を居間に持ってきた。皿に盛られた角切りの西瓜をフォークで刺して食べる。
ザクザク
 冷たい西瓜の果肉と果汁が徹と春香の体を冷ました。西瓜は夏を代表する果物だ。農家で育った徹が子供の頃から覚えている夏の味だ。徹は西瓜を食べながら子供の頃を思い出した。当時の農家にはまだ冷蔵庫は普及していなくて、畑から採ってきた西瓜は丸ごと井戸水や冷たい小川に入れて冷やしておいた。夕飯を食べた後、冷たくなった西瓜を外から持ってきて家族みんなで食べた。徹が子供の頃の家は祖父母、両親、兄弟三人の三世代七人家族だった。子供たちは八等分された半月状の西瓜を食べ終わるやお盆に盛った銀杏切りの西瓜に手を伸ばす。すると「こら、まだ食べるところが残っているぞ。もっときれいに食べろ」と父親によく叱られた。
 子供たちが食べ終えた西瓜の皮には紅い果肉がまだ残っている。この部分は甘くないので子供たちは食べずに残してしまう。父親の叱責は苦労して育てた食べ物を粗末に扱うなという生産者のメッセージが込められていたのだ。徹は角切りされた西瓜をフォークで食べながら、子供の頃に比べるとなんと上品な食べ方だろうと思った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者