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小説「廃屋の町」(第17回)

2017年5月29日ニュース

「もしかして、田沼市長の甘木雄一さんじゃないですか?」
 マンションから出て来た男性が雄一に声を掛けた。チェックのポロシャツを着た50代くらいの男性が雄一に近づいた。田沼市内に住んでいれば、知らない人から声を掛けられることがあるが、大都会の東京で、知らない人から声を掛けられるとは思ってもみなかった。
「はい、そうですが、どちら様でしょうか?」甘木は男性に尋ねた。
「甘木市長さんと同じ田沼第一中学の同級生で、斉木正則と言います」
「ああ、斉木さんでしたか。すみません、気が付かなくって」
「いいんですよ。私は甘木さんのことをテレビや新聞で知っていますが、私のことを甘木さんが知らなくても、それは当然ですよ。同じ中学を卒業したといっても四十年近くも会っていなかったわけですし、お互い中学生の頃とは全く別人の顔かたちになっていますからね。この度は、市長当選おめでとうございました」
「ありがとうございます。ところで、斉木さんはこのマンションにお住いですか?」
「ええ、3年程前から5階に住んでいます」
「私たち家族も3年前までこのマンションの5階に住んでいました」
「入れ替わりでしょうか?甘木さんは何号室にお住いでした?」
「517号室でした」
「ええ!私たち家族がいま住んでいる部屋じゃないですか!偶然にしては出来過ぎていますよね」
「そうですね。斉木さんは確か、公正取引委員会にお勤めとか。お母さんからお聞きしましたが……」
「はい、そうです。そうそう、思い出しました。買い物帰りに母が乗った自転車が転倒した時に、甘木さんと風間さんに助けてもらったって母から聞きました。その節は、母がお世話になりました。母からは甘木さんの選挙を応援してもらいたいって頼まれたんですが、田沼市に住んでいない私には選挙権はありませんし、それに政治活動が禁止されている一般職の国家公務員ですので、残念ながら母の要請には答えることができませんでした。でも、私なりに田沼市に住んでいる知り合いには甘木さんに一票を投じてもらいたいって電話でお願いしました」
「ええ、それでいいんです。応援していただいて、どうもありがとうございました」
「ところで、甘木さんは、この後のご予定はありますか?」
「いいえ、特にありません。宿泊先のホテルがこの先にありまして、そこに帰るだけですが、何か?」
「それはよかった。甘木市長さんにお話ししたいことがありまして……。お時間を取ってもらうこと、できますか?」
「大丈夫ですよ。ホテルのロビーでどうですか?私たちは、今晩、ガーデンパレスホテルに泊まることにしています。1時間後ということで、どうでしょうか?」
「分かりました。ガーデンパレスのロビーですね」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者