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小説「廃屋の町」(第11回)

2017年5月17日ニュース

 「公共工事の発注見通し」は発注担当係長の野上が作成し、作成された資料は建設課長の内藤隆志が建設業協会事務局長の須藤に届ける。建設業協会事務局長のポストは、慣例で定年退職した田沼市建設課長の天下りポストとして用意されていた。
 野上は建設課長の内藤から時々、食事に誘われることがある。仕事が終わって帰宅した野上をタクシーが迎えに来る。後部座席には内藤と須藤が座っている。野上、内藤、須藤を乗せたタクシーは長野市内の繁華街へと向かう。内藤から食事に誘われて最初に入る店は料亭だ。料亭の個室で食事をした後、近くにあるスナックに移動する。このスナックは内藤の行きつけの店だ。マイクを握った内藤がカラオケで歌う十八番が、高橋真理子のヒット曲「桃色吐息」であった。「咲かせて、咲かせて、桃色吐息…」スナックやキャバレーを梯子飲みして、野上が自宅に帰る時間はきまって深夜である。
 職場での飲み会は割り勘が多いのに、内藤に誘われて夜の食事に行くときは、野上や内藤が飲食代を負担することはなかった。どうやら須藤が飲食代を支払っているようだ。それに内藤に誘われて長野市内の繁華街に出掛けた時の内藤の服装は市役所の職員とは思えないほど派手な身なりだ。夜、野上と出掛ける時は、この時とばかりにブランドのスーツを着こなして、腕には高級腕時計を巻いている。
「野上君、ちょっと来てくれたまえ。悪いんだが、これを建設業協会の須藤さんに届けてもらいたんだが…」建設課長の内藤は一通の茶封筒を野上に渡した。野上が受け取った封筒は糊付けされていた。
「課長、この封筒の中身は何ですか?」
「甘木市長から建設業協会長宛ての協力依頼の文書だよ。今回の地震の災害復旧工事を優先するために通常の公共工事の発注を一時ストップすることになった。この方針決定について建設業協会からもご理解を頂きたいとの内容の文書だよ。私が直接、持って行けばいいのだが、これから災害対策本部会議があるので、私に代わって君に持って行ってもらいたい。さっき、私の代理で君に持って行かせるって、事務局長の須藤さんに連絡しておいたよ」

 野上は文書を届けるだけなら自分でなくてもいいのにと思いながら、内藤課長から預かった茶封筒を持って建設業協会の事務所に向かった。
「野上君、わざわざありがとう。さあ、掛けたまえ」
「失礼します」野上はソファーに腰を掛けた。
「忙しいところ済まなかったね。さっき内藤課長から電話をもらって要件は聞いたよ。災害復旧工事を優先させるために、通常の公共工事をストップさせるという話だが、我々の方も同じ考えだ。限られた人員で両方をやるというのは無理がある。被災者のことを考えれば当然、災害復旧工事を優先すべきだよ」
「須藤局長のおっしゃるとおりです。政府は被災地の復旧に向けて補正予算を組むそうですし、その間は予備費で対応するそうです」
「野上君も知っているとおり、激甚災害に指定された今回の災害は国の補助率も引き上げになる。災害復旧工事は国による財源保証が確かな公共工事だ。我々建設業界も安心して引き受けられる」
「そう言って頂けると助かります」
「野上君、わざわざ届けてもらって済まなかったね。これは私からの気持ちだ。受け取ってくれたまえ」須藤は野上に茶封筒を渡し、野上は茶封筒を作業着の内ポケットに入れた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者