小説「廃屋の町」(第8回)
「甘木、伏魔殿の居心地はどうだい?」
月刊「たぬま新報」編集長の高橋義男が甘木のコップにビールを注いだ。
「まだ、2か月しか経っていないので、実感がわかないね。ところで、カメラを持っているようだけど。今日は取材を兼ねての出席ってこと?」甘木が尋ねた。
「そうだね。半分は仕事で来ているよ。これからは、政治家甘木雄一の動向を追う記者として取材させてもらうよ」
「それは分かっているよ。さっきも杉田君や木下君にも言ったんだが、市役所内に隠然と残っている旧弊・悪弊を正さないと、田沼市の明るい未来を切り開くことはできないと考えているよ。まずは官製談合の徹底究明だよ」
「甘木も気付いたようだね。官製談合は田沼市の風土病のようなものだよ。もう四十年近くも昔の話だけれど、丁度、君のお爺さんが市長をやっていた頃に、大きな地震があったよね。俺たちが中学生の頃だったけど、覚えている?」
「ああ、覚えているよ。長野県北部地震だろう?あの時は、学校の体育館が避難所になって、しばらく体育の授業が休みになったね」
「そう、その地震の震源域が、今は合併して田沼市になったけれど、合併前の旧春野町だ。国から多額の災害復旧関連の補助金が被災した市町村に交付され、旧田沼市の災害復旧事業予算も急激に増えて、復旧工事の発注が矢継ぎ早に行われたそうだ。その中で、復旧工事を期限内に終えようとして、入札情報が市から建設業者側に提供されていたそうだ。その時、野上昭一っていう、市の職員が予定価格を漏らした見返りに現金をもらったことで、収賄容疑で逮捕された事件があったそうだ。僕は、今でも官製談合が行われているんじゃないかと思って取材を続けて来たんだけど、壁にぶちあたっているよ」
「どんな壁?」甘木が尋ねた。
「『市役所の壁』と『我が社の壁』だよ。井上市長の頃は、入札に関しては緘口令が敷かれていて、思うように取材ができなかったんだ」
「もう一つの『我が社の壁』って、どういう意味?」
「月一回発行している「月刊たぬま新報」は、日刊紙と違って、広告収入で経営が成り立っている無料のフリーペーパーだ。紙面の半分近くが広告で占められている。その最大の広告主が建設会社で、広告主に不利益になるような記事は書けないんだ」
「高橋、不利益になるような記事を書けないのは建設会社だけじゃないだろう?井上市政に対する悪い記事もほとんどなかったけどね。井上前市長の後援会長をやっている松本正蔵って、確か、田沼市土地改良区の理事長だったよね。その田沼市土地改良区は、毎月、大きな広告を出しているみたいだけど……」風間が言った。
「風間に痛いところを突かれたよ。社長からの指示があって、井上市政の評判を落とすような市役所の不祥事は書けなかったんだ」
「いずれにしろ、『市役所の壁』は僕が取り払うから、『たぬま新報社の壁』を取り払うのは高橋の役目だよ」甘木が言った。
「ありがとう、これは記者としての矜持に関わる問題だ。『市役所の壁』が取り除かれ、井上市政の不正が公になれば、我々、記者も堂々と官製談合の記事を書けるよ」高橋が言った。
(作:橘 左京)