小説「廃屋の町」(第15回)
上野駅から地下鉄銀座線に乗って浅草駅で下車した。地下のホームから階段を上って地上に出ると目の前に浅草のランドマークになっている雷門が見えた。雷門の正式名称は「風神雷神」で、門に向かって右側に風神、左側に雷神が配置されている。雷門をバックに外国人観光客のグループが写真を撮っている。
外国人観光客を乗せた人力車が雷門の前で止まった。入れ替わるようにして、別の外国人ペアが人力車に乗り込んだ。どうやら雷門前が人力車の発着所になっているらしい。
「お父さん、あれ人力車じゃないの。テレビの時代劇で見たことがあるよ」
初めて本物の人力車を見た春香が驚いた様子で雄一に尋ねた。
「車がなかった昔は、人力車に人を載せて運んだんだよ」
大通りを迅速に行き交う自動車の流れと通りの端でゆっくりと走る人力車のミスマッチな光景が何となく面白い。
雷門をくぐって宝蔵門までの参道は仲見世通りと呼ばれ、参道の両脇には土産物、菓子などを売る露店が軒を並べている。雷おこしや人形焼きなどの和菓子やミニ提灯、鈴付きお守り、風鈴、箸、手ぬぐいなど多種多様な和風小物が店頭に陳列されている。
和服姿の外国人観光客の一団が物珍しそうに和風小物を手に取って眺めている。クールジャパンに魅せられて訪日する外国人観光客が増えているようだ。人形焼きのお店では試食ができるらしく、店先で数人が試食しながら品定めをしている。
「お母さん、私も人形焼きが食べたい」春香が言った。
「美味しそうね」美由紀は春香と試食品を手に取って食べ始めた。
「美味しいわ。あなたもどうぞ」
雄一は、美由紀から差し出された一口大の人形焼きを口に入れた。
「本当だ。美味しいね」
「お母さん、お土産に買っていこうよ」
「そうね。お参りした後、買って帰りましょう」
宝蔵門をくぐると目の前に本堂が見えた。本堂の前にある大きな香炉の周りに人だかりができている。参拝者は香炉からモクモクと舞い上がる煙を自分の体に掻き集めようと手を動かしている。雄一たちも香炉に近寄った。
「お父さん、どうして線香の煙を体にかけるの?」
「体の悪い所に、煙をかけると直りが良くなるという言い伝えがあるからだよ」
「私の体は、別に悪い所はないけれど、もっと学校の勉強ができるようになりたいわ」
「春香、煙を頭にかけると学校の成績も上がるわよ」美由紀が言った。
雄一たちは香炉の煙を手で掻き集め、体中に振りかけた。本堂でお参りをした後、浅草駅から東部スカイツリーラインで一駅先にある次の目的地に向かった。
(作:橘 左京)