小説「廃屋の町」(第4回)
甘木が田沼市長に就任して約二か月になる六月下旬、市役所に近い料理店「割烹寿屋」で甘木の中学時代の同級生らによる、市長選の当選祝賀会が開かれた。幹事はこの料理店を経営する風間健一だ。
「それでは時間になりましたので、ただ今から、甘木雄一君の市長当選祝賀会を開催します。本日はご多用の中、甘木君の田沼市長初当選のお祝いに大勢の皆さんからご出席をいただき有難うございました。私は、本日の司会進行役を務めさせていただきます風間健一です。思い起こせば、昨年のお盆に、この部屋で行われた田沼第一中学校の同級会で、甘木君から市長選挙への出馬表明がありました。以来、同級生の皆さんからのご協力とご支援をいただきながら、八か月余りにも及ぶ選挙戦を戦ってきました。結果は僅差での勝利でしたが、我々、同級生の団結力と絆がもたらした勝利だと考えています。マスコミでは、想定外の結果になった今回の市長選挙を『田沼の奇跡』と呼んでいます。政治経験や行政経験もない泡沫候補だとか、対戦相手にもならない、勝って当たり前、という井上陣営の奢りと気の緩み、一方で、田沼市に暮らす人たちが抱いていた井上前市政に対する鬱積した不満が、今回の選挙結果にはっきりと表れたものと考えています。甘木君には、次の選挙のことしか考えない『政治屋』ではなく、次の世代のことを考える『政治家』になってもらいたいと思います。我々、同級生は、これからも甘木雄一君が市長としての職責を果たしていけるように、これまで以上に支えていきたいと考えています。最後に一言申し上げます。ご存知のように、今の市議会では反市長派議員が過半数を占めている状況です。そこで、私、風間健一は十月に行われる市議選に立候補して、市議になって甘木市政を支えていく覚悟です。私からの挨拶はここまでにして、次は、甘木新市長から挨拶を頂きます」
パチ、パチ、パチ。
「本日は、多忙な折、私の当選祝いに、こんなにも大勢の同級生の皆さんから集まってもらって、感謝を申し上げます。市長になって、あっという間の二か月でした。職員からレクチャーを受けながら、市政の現状と課題について理解を深めています。しかし、先ほどの風間君の挨拶でも触れていましたが、市政に対する市民の意識と実際に行われている市政との間に大きな乖離が生じていると感じています。出馬表明をしてから選挙までの八か月余りの間、同級生の皆さんの力を借りながら、市内全世帯の約四分の三にあたる二万四千世帯を訪問し、市民の皆さんから様々なお話を伺ってきました。その中から見えてきたことは、障害者や高齢者、女性や子供、低所得層や零細な農林商工業者といった社会的弱者に対する行政の支援が不足していることがよく分かりました。選挙戦でも訴えきましたが、市民不在の市政から市民が主役の市政に転換し、これまで光の当たらなかった場所や光が届いていなかった市民に、夢と希望の光を届け、『市民の、市民による、市民のための市政』を実現していきたいと考えています。また、市議会において、前市長派議員が過半数を占めている状況を心配して、風間君から、この十月に行われる市議会選挙に立候補したいとの決意表明がありました。大変、心強く思っています。どうか、同級生の皆さんからは、これまで以上にご指導とご鞭撻を頂きたく、よろしくお願いします」
パチ、パチ、パチ。パチ、パチ、パチ。
(作:橘 左京)