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小説「廃屋の町」(第5回)

2017年5月5日ニュース

「続きまして、乾杯に移らせて頂きます。乾杯の音頭は百津屋さんにお願いします!」
 風間が小島孝雄に合図した。
「本町商店街で食料品店を経営している小島孝雄です。甘木君の当選祝いの席で、風間君がこの秋の市議選に出馬表明するという話が突然出てきてびっくりしています。乾杯の発声の前に一言申し上げます。厳しい選挙戦を勝ち抜いて、見事、市長になった甘木雄一君、本当におめでとう。私は甘木君が瀕死の状態にある商店街の救世主だと思っています。甘木市長が、市長選の公約に掲げた地域活性化プレミアム商品券の発行は、商店街の再生に向けた起爆剤になると思っています。我々、同級生は、今後とも、甘木市政を外からしっかりと支えていきたいと考えています。それでは甘木雄一君の田沼市長初当選を祝って乾杯します。皆さんグラスを持ってご起立願います。甘木雄一君、当選おめでとう。乾杯!」
 乾杯!乾杯!乾杯!

「割烹寿屋」の2階大広間には80人ほどの同級生が集まって甘木の市長就任を祝った。
「甘木君おめでとう。相変わらず話が上手いわね。3年生の時、生徒会行事で討論会をやったことを覚えている?討論会のテーマは確か、制服についての細かな規制を認めるべきか否かだったと思うけど」
 顔を赤らめた久保田恵子が手に持ったビールを甘木のグラスに注いだ。
「あー覚えているよ」
「私ね、甘木君の演説を聞いて、とっても感動したの。今だから言うけどね。私、甘木君のこと好きだったのよ」
「ええ!そうだったの?ありがとう」
「でも中学時代の甘木君は優等生で高校も隣町にある進学校に入学したわよね。私の方は成績が悪かったし。甘木君を遠くから、ただ眺めているだけだったわ」
 久保田恵子は市内にある県立田沼高校を卒業した後、婿をもらって家業の米穀店を営んでいる。
「おめでとう、甘木。商店街の連中は、甘木が市長選の公約に挙げたプレミアム商品券に大きな期待を寄せているよ。1000円の商品券で1200円分の買い物ができるんだから、年金暮らしのお年寄りはきっと喜ぶよ。俺がさっき、乾杯の挨拶で、プレミアム商品券をアピールしたのは、そういう意味を込めて言ったのさ」小島孝雄が甘木のコップにビールを注ぎながら言った。
「分かっているよ。プレミアム分は市が負担することになるけれど、買い物客の心を掴む商品やサービスを提供するのは君たち商店の役割だよ。商店主のやる気、本気がないと、商店街は活性化しないよ」
「そうだね。我々、商店主もこれまで行政に頼り過ぎていた面はあるね。反省していよ。今、甘木が言ったように、我々もやる気を起こして、本気になって、昔のような賑やかな商店街を取り戻してみせるよ」
「期待しているよ」

「甘木市長、当選おめでとうございます!」
 田沼市財政課長の杉田昇と観光振興課長の木下信行が、甘木の座っているテーブル席に来て挨拶した。
「二人とも仰仰しい挨拶だな。甘木でいいよ。杉田君も木下君も同級生なんだから」
「ああ、ごめん。つい市役所にいる時の癖が出てきてね。どう、市長の椅子は慣れた?」
 木下が言った。
「相変わらず座り心地が良くないね。長く座っていると腰や肩が痛くなってくるよ。時々、立ち上がって、書類を見たり、決裁文書に判子を押したりしているよ」
「甘木も市長になって薄々気づいたと思うけど、井上前市長とその取り巻き職員によるトップダウンの市政運営がいろいろな所で弊害が出てきているよ」杉田が言った。
「弊害って、どんなこと?」甘木が尋ねた。
「市役所に身を置く者として言わせてもらえば、職員のモラル(倫理)とモラール(士気)が著しく低下している。井上前市長は、露骨な論功行賞で幹部を登用し、情実人事で側近を固めていたよ。市長の周りはイエスマンばかりだった」
「それって、裸の王様ってこと?」甘木が言った。
「そうだね。側近は前市長の顔色を見て仕事をしていたよ。側近が懲戒処分になるような不祥事を起こしても、もみ消され表沙汰にならなかったよ。一方で、市民のためにと一所懸命に仕事をやっている職員は評価されない。それどころか、側近の不祥事がマスコミにリークされないようにと監視されていたよ」杉田が言った。
「君もその一人だったんだね。君を監視していた人物って誰だい?」甘木が尋ねた。
「中山邦夫総務部長だよ。前市長の側近の一人で、前職は入札課長だ。甘木が市長選に出馬することがマスコミ報道されてからは、同級生の僕に対する監視の目は厳しくなったね」
 杉田が答えた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者