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小説「廃屋の町」(第40回)

2017年7月16日ニュース

「『農家のため』に行われている土地改良事業が、実際は、土地改良区のため、建設業者のために行われているんじゃないかって思っているよ」
「どういう意味ですか?」甘木が尋ねた。
「土地改良事業は土木工事が主体となる公共事業だけど、この工事を請け負う中小の土木業者が農村部に集中しているんだ。この集落にも青木建設という小さな土木業者の本社事務所がある。これら農村部にある土木業者の多くは農業と兼業でやっているが、なかには農地は持っているが耕作をしない『土地持ち非農家』の業者もいるよ。青木建設は農家もやっているけどね。それに社長の青木敏夫は土地改良区の理事をやっているよ。農村部にあるこれら中小の土木業者と土地改良事業が密接に関係しているんだ」
「関係しているって、どういうことですか?」甘木は尋ねた。
「農村部にある中小の土木業者は規模の小さな土木工事であれば直接請け負うことができるんだが、工事の規模が大きくなると大手の業者が受注して、工区に分けられ小さくなった工事を、中小の業者が下請や孫請けで請け負っているんだ」
「青木建設は下請けや孫請けで受けている工事が多いんですか?」甘木が尋ねた。
「そうだね。利幅が少ないって社長がぼやいているけどね。土地改良事業の工事は稲刈りが終わった後に始まって、翌年春の田起こしまでの間に行われるんだけど、この時、農閑期に入った農家が土木作業員として雇われているんだ。私も青木建設の仕事を手伝ったことがあるけどね」
「土地改良事業って、農家の冬場の仕事を提供しているんですね。農家にとってはいいことじゃないですか」風間が言った。
「確かに、専業農家は農協に米を出荷すれば春まで仕事はない。農家にとっては冬場も仕事があるというのはありがたい話かも知れないが、これって土地改良事業で農作業が効率化されて、余剰になった時間を使って農業以外の仕事をして農家の年間所得を増やしてくれ、という話じゃないか。農作業が効率化されても、米の収量が増えるわけではない。農業収入が増えないのに、事業費の一部を農家が負担するため、逆に経費の方は増えてくる。その結果、農業所得が減ってしまう。減った分を補填するために、農家が土木作業員として冬場に働くというのは、矛盾していると思うけどね。もちろん、農家にとって必要性の高い土地改良事業もあるけど、そこまでしなくてもいい事業もあるよ。さっきも言ったように、土地改良事業の中には、農家のためというよりは、土地改良区のため、建設業者のために行われている事業も多いと思っているよ」
「おっしゃるとおり、矛盾していますね。工業生産を例にして考えるとよく分かります。工場や機械設備などの生産設備への投資は、生産性を引き上げ、また付加価値の高い製品を作って、売り上げを伸ばすために行われます。一方、土地改良事業は作業効率が上がっても、米の収穫量が増えるわけでもないし、品質のよい米ができるわけでもありません。作業効率が上がって余剰になった時間を使って、減った農業所得の穴を農業以外の所得で埋めるというのは、確かに矛盾した考えですね」甘木は言った。
「土地改良事業でもう一つ矛盾した話があるんだ」
「それは、どんなことですか?」甘木が尋ねた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第39回)

2017年7月14日ニュース

「事業の計画段階で、事業を実施する国や県が、事業費の一部を負担する私ら農家を集めて説明会を開くんだけど、担当者は『この事業を実施することによって、作業時間が短縮しますとか、作業効率が上がります』といったことを言うんだが、おかしいなと思ったね」
「どうしてですか?」風間が尋ねた。
「我々、米農家はいろいろな農機具を使って米を生産している。田んぼで使う農機具を挙げれば、トラクター、田植え機、除草機械、刈り取り機などがある。作業時間が短縮しても、余った時間で何をすればいいんだろう。『兼業農家の農作業を請け負えばいいじゃないですか』って国や県の担当者は言うけれど、兼業農家も農機具は一揃え持っている。そんな簡単な話じゃないね。それにもっとおかしな話があるよ」
「おかしな話?」甘木が尋ねた。
「圃場整備事業といって、事業が行われる区域に点在する小さな区画の田んぼを、所有者ごとに集めて大きな区画の田んぼにするために行われ土地改良事業のことだよ。事業費も大きくなるし農家負担も上がる。圃場整備事業が終わると、換地処分によって、田んぼの所有権が施工前に点在していた小さな区画の田んぼから、集約化されて大きな区画になった田んぼに移るんだ」
「換地処分?」風間が尋ねた。
「現況に合わせて土地の権利関係を一斉に変えてしまう法的な手続きだよ」甘木が答えた。
「甘木さん、よく知っていますね。この時、大きな区画に届かない農地の所有者は、清算金をもらって農地を手放してしまうんだ。小規模な農家が手放した農地を担い手の農家に集めて大きな区画にした後、土地の所有権も大きな区画に合わせて登記される」
「一度に登記をやれば、登記手数料もばかにならないですね」風間が尋ねた。
「『嘱託登記』といって、事業主体の公共団体が登記手続きを行うため、登記手数料は一切かからないんだ」
「それって税金を使うってことですか?田んぼは農家の個人財産ですよね。その個人財産に対して行われる公共事業に多額の税金が投入されているって、矛盾を感じますね。私は、町場で飲食店を経営していますが、店も農地と同じように商売に必要な固定資産ですよ。昨年、店を改装した時に、金融機関から公的な融資は受けましたが、行政からの補助金は、一切なかったですよ」風間が不満顔で言った。
「農業に税金を使っているのは日本だけじゃないよ。国内農業を保護するための政策は欧米諸国でも行われているよ」甘木が言った。
「甘木さん『食料安保』って言葉を知っていますか?」
「ええ、知っています。生きていく上で必要な食料を、必要な時に安定的に入手できる権利のことですよね。日本のような食料自給率の低い食料純輸入国では、セーフティーネットとしてとらえているようですが……」
「そのとおり。米の自給率は100%だが、米以外の食料自給率は非常に低くなっているよ。米の国内自給率が100%なのは、我々米農家が頑張っているからだよ。頑張っている農家に行政が税金を使って支援をするのは、ごく自然だと思うけど、その税金の使い方がおかしいと思っているよ」
「具体的にどんな点ですか?」甘木が尋ねた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第38回)

2017年7月12日ニュース

「土地改良事業は、我々農家も事業費の一部を負担し、土地改良費として年賦で返済することになっている。所有する田んぼの面積が多いと返済する金額も増えてくるので、経営規模が大きい専業農家ほど大きな負担になっているよ。米の消費量が減っていくなかで、販売価格は少しずつ下がっている。過剰生産を抑制するために行われてきた国の減反政策も数年後には廃止される。そうなれば過剰生産が一層進んで米の販売価格はもっと下がっていくだろう。生産費は上がる一方で、販売価格の下落による減収。我々、コメ農家の将来は暗澹たるものだよ」
「農業以外の収入の方が多い兼業農家と比べて、農業収入しかない専業農家にとっては、は、厳しい経営環境にあると思います。それに追い打ちをかけるように今回の台風被害ですからね」甘木が言った。
「農家負担がある土地改良事業は、農家が事業を実施する国や県などに申請して行われている」
「通常の公共事業、例えば、道路や河川の整備、それに公共施設の建設などは、地元住民の陳情を受けて行われていると聞きますが、申請に基づいて行われる公共事業があるなんて初めて聞きました」甘木は言った。
「形だけ農家が申請者になっているだけで、主導しているのは土地改良区だ。土地改良区は農協と同じように農家が組合員となって組織している公的な団体だ。農協も土地改良区も設立にあたっては県の認可が必要だ。農協は農家が栽培する作物の生産から流通までを担当している。そのほか、農協は農業用の資機材の提供、金融、保険も扱っている、いわば総合商社だ。一方、土地改良区の方は作物の生産に必要な農地の基盤整備を担当している。土地改良区は国や県、市町村、土地改良区が行う土地改良事業費の農家負担分を農家から賦課金として毎年、春と秋に徴収しているんだ」
「まるで税金の取り立てみたいだな」風間が言った。
「そうなんだ。この賦課金は税金と同じように強制的に徴収することができるんだ」
「強制的に徴収?」甘木が尋ねた。
「税金の滞納処分と同じ仕組みだよ。農協にはこんなに強い権限はないけど、土地改良区は持っているんだ。そのうえ土地改良事業費の農家負担だけでなく、土地改良区の運営経費も賦課金として徴収できることになっている」
「運営経費って、どんな経費ですか?」甘木が尋ねた。
「光熱水費や車両費など事務所の維持経費もあるけど、ほとんどは役職員の人件費だ」
「田沼市土地改良区の職員給与が市役所職員の給与表に合わせて作っているって話を聞いたことがあります。土地改良区も『親方日の丸』ってことか」風間が言った。
「話を元に戻すと、この土地改良事業が、本当に農家のために行われているのか疑問に感じている。農家というよりも、事業を推進する立場にある土地改良区や工事を請け負う建設会社のために行われているんじゃないかって、思っているよ」
「どういう意味ですか?」甘木が尋ねた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第37回)

2017年7月10日ニュース

 次に甘木と風間が向かった先は、市街地の周辺部にある農村集落だ。農村集落は屋敷も広ければ住宅も大きい。田沼市の農家は今年8月下旬に日本列島を通過した台風15号によって、甚大な農業被害に見舞われた。田沼市の農業被害額は県内の農業被害額の6割も占めている。
「ごめんください」玄関先で甘木と風間は挨拶をしたが、家の中からは返事はなかった。
 ガー、ガー、ガー、と何か機械の動く音が、住宅の後ろにある農作業場から聞こえて来た。風間が「もしかして、裏の農作業場にいるかもしれない。行ってみようか」と言って、二人は機械の音が聞こえる農作業場に向かった。農作業場には作業服姿の農家の人が乾燥機を回していた。
「お仕事中にお邪魔してすみません。来年4月の市長選挙に立候補を予定している甘木雄一と申します」と言って、甘木は一礼した後、名前とプロフィールを書いた顔写真入りのカードを農家の人に渡した。
「この前、新聞に出ていた人だね。あんたのような若い人に市長になってもらって、田沼市の農業を再生してもらいたいよ。しかし、今回の台風被害には参ったよ。私ら専業で米を作っている農家ほど、今回の台風による痛手は大きかったよ。刈り取り間近い稲穂が一晩で白穂に変わってしまった。実際に収穫してみたら未成熟な米や白い斑点の付いた米が多かったよ。収穫量が減ったことや米の品質低下で大幅な減収になりそうだ。農業共済で減収分が補填されるといっても1〇〇%じゃない。台風被害で農家の収入が減っても、農機具代のローン返済や土地改良費の賦課金は待ってはくれない。これらの経費を差っ引けば収支は赤字になってしまう。被害農家の中には、後継者がいないこともあって農業をやめたいと言っている大規模農家もいるが、この農家の田んぼを引き受けてくれる農家が見つからなくって困っているそうだ。田沼市の農業は、今、存続の危機に直面しているよ。こんな時にこそ、行政はしっかりと救済すべきじゃないだろか」
「おっしゃる通りですね。今回の台風による田沼市の農業被害は、被害面積、被害額とも県内最大規模です。国や県の画一的な支援だけでは不十分だと思います。被害規模が県内でも一番大きかった田沼市の農家を救うためにも、市当局は独自の救済策を打ち出すべきです」甘木が言った。
「農家でもない甘木さんからそこまで言ってもらうとありがたいよ。それともう一つ、これは農家でないと分からないことかも知れないが、土地改良事業という公共事業を知っているかね?」
「すみません。土地改良事業という言葉を初めて聞きました」甘木は答えた。
「農業用の水路や道路を整備したり、田んぼの区画を広げたりして、農地の生産性を上げるために行われる公共事業のことだよ」
 土地改良事業は、農用地や農業施設の改良・開発・保全・集団化を目的に行われる公共事業で、灌漑・排水施設、農業用道路、農業施設の新設や管理、区画整理、農用地の造成・埋立て・干拓、災害復旧などの事業が挙げられる。土地改良事業は、国・都道府県・市町村・土地改良区などが事業主体になって実施されるが、通常の公共事業と異なって、受益を受ける農家が事業主体に申請して行われる。事業費は国、県、市町村が負担するほか、受益を受ける農家も受益面積に応じて負担する。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第36回)

2017年7月8日ニュース

「後継者がいないという話はよく聞くよ。俺たちが若い頃は、家業を継ぐのが当たり前という雰囲気があったけど、今は違うようだ。ウチだって分からないよ。店の手伝いをしてもらっている息子には店を継いでもらいたいと思っているんだが、いい勤め先があれば就職したいと息子は言っている。会社勤めであれば、毎月、決まった給料が入るしボーナスも出る。それに休みもある。家業を継ぐよりも会社勤めをした方がいいと考えている若者が多いんじゃないかな」風間が言った。
「後継者難から廃業に追い込まれる中小零細な事業者が多いという話はよく聞くよ。小島君、ありがとう。商店街の抱える様々な課題が見えて来たよ。小島君からもらった意見や要望は市長選に向けた政策に入れておくよ」甘木は礼を言った。
「甘木、よろしく頼むよ。ところで選挙事務所はどうするんだ?早めに押えていた方がいいよ」
 小島が言った。
「それがね、まだ決まっていないんだ。年内には場所を確保しておかないと、選挙準備に間に合わないからね。どこか選挙事務所に使えるいい場所はないかね?」風間が尋ねた。
「ご覧のとおり商店街は空き店舗が増えている。空き店舗を選挙事務所に使ったらどうだい?」
 小島が提案した。
「それはいい考えだな。我々、同級生の星、甘木雄一が商店街の再生を錦の御旗に掲げて市長選に出馬する。絵になるね。小島、駐車場を備えた空き店舗がいいんだけど、どこがいいかな?」
 風間が言った。
「駐車場付きなら山上電気店なんかどうだい?あの店の駐車場なら車が十数台は停められる。選挙事務所にぴったりだと思うよ」小島が言った。
「じゃ、山上さんの店にしよう。甘木、いいよな」風間が言った。
「僕は、そこで構わないよ」
「よし、これで決まり。小島、悪いけど、店主に話を付けておいてもらいたいんだけど、いいかい?」
「分かった。俺に任せてくれ」
「しかし、山上電気店さんの向かいも空き店舗だったけど、いつの間にか居酒屋になったね」
 風間が言った。
「『寄り道』って店だろう。この前、新聞に折り込みチラシが入っていたよ」
 小島が店の奥から持って来たチラシを風間に渡した。
「この『作業服でのご来店大歓迎!午後7時までにご来店の方には、生ビールを半額でご提供!』って書いてあるけど、この『作業服でのご来店』って、どういう意味だい?」風間が小島に尋ねた。
「何でも、この居酒屋のオーナーが山田組社長の奥さんだって話なんだ。山田組の従業員の福利厚生として始めた居酒屋らしいだが、従業員だけでなく一般の人からも利用してもらおうということで、『寄り道』って看板を表に出して、新聞に折り込みチラシを入れたってわけさ」小島が言った。
「土建屋が空き店舗に出店するなんて、すごいな!サイドビジネスに金を回せるほどに、建設業界は儲かっているんだろうな」風間が驚いた様子で言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第35回)

2017年7月6日ニュース

「もう一つ、甘木が市長に当選したら、やってもらいたいことがあるんだ」小島が言った。
「どんなことだい?」甘木が尋ねた。
「さっきも言ったように隣町にできた大型の商業施設に逃げてしまった市内の消費を何とか戻して欲しいんだ。その商業施設の中は、スーパー、洋服店、靴屋、本屋、時計店、雑貨店、化粧品店、薬局、スポーツ店、電気屋、といろいろな店が軒を並べている。おまけに映画館まで入っている。シネマコンプレックスといって、いろんなジャンルの映画が同時上映されているので、好きな映画を選んで見ることができる。あの巨大な建物の中に、商店街がすっぽりと入っているような感じだ」小島が言った。
「映画館で思い出したけど、この町にも昔は映画館が二つあって、学校が長い休みに入ると子供向けの映画が上映されるので、友達と見に行ったよ」甘木が言った。
「あの頃は、今みたいにテレビゲームのような子供の遊びも少なかった時代だったしなあ。俺も映画館にはしょっちゅう行ったよ。風間ともう一軒の成人向け映画館に、こっそり入ったこともあったよな」
 小島が風間に向かって言った。
「そうそう、高校生の時だったよな。制服だと学校にばれてしまうので、私服に着替えて行ったんだけど、映画館を出たところを久保田恵子に見られてしまってね。その場から走って逃げたけど、恵ちゃんが学校の担任に連絡したらしくて、生徒指導の先生にこっぴどく怒られたことがあったよな」
 風間が言った。甘木はニヤニヤと笑った。
「甘木、話を元に戻すけど、隣町に大型商業施設が出来たことで、市内の消費が冷え込んでいるんだ。若い者は地元の商店には見向きもしないでこの商業施設に買い物に行っている。隣の若夫婦も休みの日になると、子供を連れて出掛けて行くよ。週末は必ずイベントが入るから、お昼を兼ねて半日は過ごせる。特に、天気の悪い日になると、家族でこの商業施設に行っているみたいだね。これまで、お年寄りの消費に頼って来た我々、商店街の努力不足はあるけど、運転免許証の自主返納で車の運転ができなくなった馴染みのお年寄りが、商店街に買い物に来なくなった。何とかならないものだろうか?」
 小島が言った。
「僕もその隣町の商業施設をよく利用しているけど、商店街と比べて、品揃えが多いことと値段が安いなって思ったね。例えば、テレビなどの家電製品で比較すると地元の商店街で買うよりも安いというのは魅力的だよ。アフターサービスを考えれば、地元の電気店で買った方がいいと思うけどね」
 甘木が言った。
「しかし、最近の家電製品は品質が良くなっているので、簡単には壊れなくなったね。壊れて修理に出しても高い修理代を考えれば、修理代よりも高くはなるが省エネ型の新しい物に買い替えた方がいい場合だってあるよ。そういえば、山上電気店は商売をやめちゃったの?先月からシャッターが降りたままだけど…」風間が言った。
「どうやら店を閉めたみたいだね。馴染みの客が量販店に流れたことや、店主の高齢化に加えて後継ぎがいなかったからじゃないかね。ウチの場合、親父の代にこの食料品店を始めたんだけれど、俺は子供の頃から親父の背中を見ていたもんだから、親父に言われなくてもこの店を継いだけどね。しかし、俺の次にこの商売をやる者がいなくて困っているよ。東京で所帯を持っている長男は、もう実家には帰って来ないだろうし、家に残っている次男坊には期待をしているんだが、会社を辞めて家業を継いでくれ、とはなかなか言い出せなくて悩んでいるんだ」小島が言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第34回)

2017年7月4日ニュース

「孝雄ちゃん、いいこと言うね。同級会でも言ったように、政治経験も行政経験もない甘木だが、旧田沼市長を務めた爺さんの血が流れているんだ。俺たちが中学生だった頃に大きな地震があっただろう。その時、市長をやっていたのが甘木の爺さんだよ。市議をしていた俺の爺さんから聞いた話だけど、甘木の爺さんは先頭に立って復旧・復興に向けて陣頭指揮をとっていたそうだ」風間が言った。
「その地震って、俺たちが中学一年生の時にあった長野県北部地震じゃないの?学校の体育館が避難所になって、半年くらい体育の授業ができなかったけどね。この店の建物も半壊して大変だったよ。建物が壊れてそのまま廃業した店もあったけど、親父は『うちの店に来るお客さんに迷惑をかけられない』って、早く店を再開しようと頑張っている姿を見て、子供ながらも親父ってすごい人だなって思ったよ。だから、俺も、親父が苦労して再開したこの店をもっと大きくしてやろうと思って、売り場を広げてスーパーにしたんだ」小島が言った。
「俺もそうだけど、小島がこの店の後を継いで大きくしたのも親父さんの影響が大きかったんだね。しかし、俺たちが子供の頃、賑わっていた、あの商店街は一体どこにいってしまったんだろう」
 風間が言った。
「小島君は小さい頃から商店街の移り変わりをつぶさに見ているから、どうして、こんなにも寂れてしまったのか、知っているんじゃない?その辺の話を是非、聞かせてもらいたいんだ」甘木が尋ねた。
「そうだな、一つはお客さんの高齢化だよ。この商店街や定期市に買い物に来るお客の約7割は高齢者だ。若いもんは隣町にできた大型商業施設に買い物に行くけど、お年寄りは昔から付き合いのある地元の商店を利用している。商店街の近くに住んでいれば、徒歩や自転車で買い物に行けるけど、商店街から遠い郊外に住んでいるお年寄りは車や市営バスを使わないと町場の商店に買い物に来られない。買い物に行くにも医者に行くにも、郊外に住んでいると足が必要だ。ところが、最近、高齢を理由に運転免許証を警察に返納したお年寄り、特におじいちゃんが町場に出ていくための足がなくて困っているようだ。市バスが走っていない地域に住んでいるお年寄りもいれば、市バスが走っている地域に住んでいても、バスの本数が少なかったりして、まだまだ不便な点が多いんじゃないだろうか」
「僕たちが子供の頃は、商店街から離れた郊外に住んでいても、近所に小さな商店が必ずあったよ。また、野菜や魚、肉などの生鮮食品、それに惣菜などの加工商品を軽トラックに積んで郊外を回る行商もあったよ」甘木が言った。
「車がまだ普及していなかった頃の話だけど、ウチの親父も揚げ物をリヤカーに積んで、そのリヤカーを原付バイクで引っ張って、売りに回っていたのを覚えているよ。俺がまだ寝ている時分に起きて、おふくろと一緒に揚げ物を作っていたよな。揚げ物の匂いが寝床にまで届いて、グーグーってお腹が鳴ったよ」小島が言った。甘木と風間はニヤニヤと笑いを浮かべた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第33回)

2017年7月2日ニュース

 市街地の挨拶回りを終えた二人は次に商店街に向かった。
「まずは同級生の小島孝雄の店に行ってみるか」
 小島孝雄は商店街で小さなスーパーを営んでいる。甘木と風間は百津屋という看板が掛かった食料品店に入った。
「いらっしゃいませ。あら、寿屋さんじゃないですか。いつもごひいき頂いてありがとうございます」
 女性が言った。
「奥さん、今日は仕事の話じゃなくて選挙のお願いに来たんですよ。孝雄ちゃんはいますか?」
 風間が言った。
「主人は配達に出掛けていますが、間もなく戻って来ると思います。それまで待ててください」
 女性は甘木と風間に椅子を勧めた。
「いま選挙のお願いって、聞きましたが、来年の市長選挙のことですか?」
 女性が風間に向かって言った。
「そうです。来年春の市長選挙に中学の同級生が出るんで、挨拶回りをしているところです」
 風間が女性に言った。
「選挙に出る同級生って、甘木さんっていう方でしょう?」女性が言った。
「小島さん、初めまして、私、甘木雄一と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
 甘木は女性に一礼した後、名前とプロフィールを書いた顔写真入りのカードを渡した。
「ああ、びっくりした。風間さんの隣にいる人は誰だろうと思っていましたが、ご本人だったんですね」女性は甘木から渡されたカードを見ながら言った。
「お盆に行われた同級会の席で、甘木さんって方が市長選挙に出ることになったって、主人から聞きました。あら、主人が戻ったみたいですよ」
 店の脇にある駐車場に軽トラックが入った。
「おお!風間に甘木じゃないか。市長選挙の挨拶回りかい?」小島が言った。
「そうなんだ。今日から商店街を挨拶回りしているんだ」風間が言った。
「俺も配達のついでに、この前、同級生に割り当てられた甘木の顔写真入りのカードをお得意様に配っているんだけど、評判はいいよ」小島が言った。
「ありがとう、小島君」甘木は礼を言った。
「この前の新聞に市長選挙の記事が載っていたけど、今のところ、現職と新人の一騎打ちとか書いてあったね。しかし政治経験もない行政経験もない甘木が選挙に出るなんて、大した度胸だよ。しかも相手は知名度、実績、資金力のある現職だ。市議会議員だけでなく、業界団体だって現職を支持するだろうね。特に建設業界は、食い扶持になる公共事業を増やしてもうらおうと、強力に現職をバックアップするだろうね。甘木、ほんとうに大丈夫かい?」小島が心配そうな顔つきで言った。
「小島、今から弱音を吐いてどうするんだよ。選挙までまだ半年以上もある。井上陣営は甘木を泡沫候補と見て、楽勝できると思っているだろうが、その驕りが命取りになることだってあるのさ」
 風間が言った。
「今、風間が言った『驕り』って言葉を聞いて、中学の国語の時間に習った平家物語を思い出したよ。確か『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ』っていう一節があったよな。先生が『ここはテストに出すからしっかりと勉強しておけ!』って言われて、冒頭の部分を丸暗記したよ。おかげで、この歳になっても、そらで言えるよ」と小島が言った。
(作:橘 左京)

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