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小説「廃屋の町」(第37回)

2017年7月10日ニュース

 次に甘木と風間が向かった先は、市街地の周辺部にある農村集落だ。農村集落は屋敷も広ければ住宅も大きい。田沼市の農家は今年8月下旬に日本列島を通過した台風15号によって、甚大な農業被害に見舞われた。田沼市の農業被害額は県内の農業被害額の6割も占めている。
「ごめんください」玄関先で甘木と風間は挨拶をしたが、家の中からは返事はなかった。
 ガー、ガー、ガー、と何か機械の動く音が、住宅の後ろにある農作業場から聞こえて来た。風間が「もしかして、裏の農作業場にいるかもしれない。行ってみようか」と言って、二人は機械の音が聞こえる農作業場に向かった。農作業場には作業服姿の農家の人が乾燥機を回していた。
「お仕事中にお邪魔してすみません。来年4月の市長選挙に立候補を予定している甘木雄一と申します」と言って、甘木は一礼した後、名前とプロフィールを書いた顔写真入りのカードを農家の人に渡した。
「この前、新聞に出ていた人だね。あんたのような若い人に市長になってもらって、田沼市の農業を再生してもらいたいよ。しかし、今回の台風被害には参ったよ。私ら専業で米を作っている農家ほど、今回の台風による痛手は大きかったよ。刈り取り間近い稲穂が一晩で白穂に変わってしまった。実際に収穫してみたら未成熟な米や白い斑点の付いた米が多かったよ。収穫量が減ったことや米の品質低下で大幅な減収になりそうだ。農業共済で減収分が補填されるといっても1〇〇%じゃない。台風被害で農家の収入が減っても、農機具代のローン返済や土地改良費の賦課金は待ってはくれない。これらの経費を差っ引けば収支は赤字になってしまう。被害農家の中には、後継者がいないこともあって農業をやめたいと言っている大規模農家もいるが、この農家の田んぼを引き受けてくれる農家が見つからなくって困っているそうだ。田沼市の農業は、今、存続の危機に直面しているよ。こんな時にこそ、行政はしっかりと救済すべきじゃないだろか」
「おっしゃる通りですね。今回の台風による田沼市の農業被害は、被害面積、被害額とも県内最大規模です。国や県の画一的な支援だけでは不十分だと思います。被害規模が県内でも一番大きかった田沼市の農家を救うためにも、市当局は独自の救済策を打ち出すべきです」甘木が言った。
「農家でもない甘木さんからそこまで言ってもらうとありがたいよ。それともう一つ、これは農家でないと分からないことかも知れないが、土地改良事業という公共事業を知っているかね?」
「すみません。土地改良事業という言葉を初めて聞きました」甘木は答えた。
「農業用の水路や道路を整備したり、田んぼの区画を広げたりして、農地の生産性を上げるために行われる公共事業のことだよ」
 土地改良事業は、農用地や農業施設の改良・開発・保全・集団化を目的に行われる公共事業で、灌漑・排水施設、農業用道路、農業施設の新設や管理、区画整理、農用地の造成・埋立て・干拓、災害復旧などの事業が挙げられる。土地改良事業は、国・都道府県・市町村・土地改良区などが事業主体になって実施されるが、通常の公共事業と異なって、受益を受ける農家が事業主体に申請して行われる。事業費は国、県、市町村が負担するほか、受益を受ける農家も受益面積に応じて負担する。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者