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小説「廃屋の町」(第43回)

2017年7月22日ニュース

 10月上旬、県議会議員の山田良治と田沼市土地改良区理事長の松本正蔵が市長の井上将司と、市長室のソファーで向き合っていた。松本正蔵は井上市長の後援会「将進会」の会長を務めている。
「先日、井上市長の出馬表明の新聞記事を見た後援会の幹部から、どうして前もって知らせてくれなかったんだ、というからお叱りの電話をいただきました。私からは、市長の4選出馬は本人が悩んだ末に下した苦渋の決断で、あらかじめ後援会の役員会で相談して決める内容ではない、というような話をして、うまくとりなしておきました」
「ありがとうございました。松本会長さんには大変ご迷惑をお掛けしました。9月の市議会で出馬表明する前に、マスコミに漏れてはいけないと考え、松本会長さんや一部の後援会幹部の方にだけ、私の胸のうちをお話しさせていただいたのですが、結果的に会長さん一人にご迷惑をお掛けする結果になってしまい、申し訳ありませんでした」
「そんなことは、たいしたことじゃありませんよ。それよりも、年が明けたら後援会総会を開いて、井上市長の4選出馬を後援会の皆さんに周知させて、選挙戦に向けた準備に取り掛かろうと思っていますが、所詮、相手は政治経験も行政経験もない素人です。年齢が若いだけの泡沫候補ですから、そんなに急いで準備を進める必要もないとは思いますが……」
「松本会長さん、後援会の方はよろしくお願いします。いくら相手が無名の新人とはいえ油断は禁物ですよ。元総理の大泉俊太郎さんがこんなことを言っていましたね。『人生には三つの坂がある。のぼり坂、くだり坂、そしてまさかである』って、政治の世界には、この『まさか』が付き物だってことですよ。大泉さんの後任の浦部総理が体調不良で突然辞任したのは、この『まさか』だったわけですよ」
「確かに、浦部総理は就任一年足らずで辞任しましたからね。誰もそうなるとは思っていませんでしたから、本当に『まさか』の辞任劇でした」松本が言った。
「松本理事長、その『まさか』が選挙になると、時々起きることがあるんだよ」山田が言った。
「もしかして『戸板の奇跡』のことですか?」松本が言った。
「そう、ちょうど一年前の10月に行われた戸板市長選は、現職と保守系候補の新人で争われた選挙だったよ。民自党長野県連は現職を推薦して盤石な体勢で臨んだ選挙だったよ。現職の当選は間違いないと、高を括っていたら、大差で現職が新人候補に敗れてしまった」山田が言った。
「戸板市長選挙で、その『まさか』が起きたってわけですね。実は、今日、こちらにお伺いしたのは、県が事業主体になって行う圃場整備事業に対して、市から財政支援をお願いできないかと思いまして、山田県議さんと一緒に伺ったわけです。市長もご存知のとおり、田沼市内の田んぼの多くが2反歩(約20アール)区画になっています。こんな小さな区画の田んぼでは大型の農業機械も使えません。そこで大型の機械が入るように4反歩(約40アール)区画に田んぼを広げれば、作業効率も上がって農家も助かるわけです。しかし、この圃場整備事業は農家負担があることから、事業の施行区域に田んぼを持っている農家全員の同意がないと事業を実施できないんです。米の販売価格が下がっていく中で、特に小規模経営の農家から同意を得るのが大変難しくなっています。農家負担が軽減されれば、全員の同意が得られそうなので、農家負担に対する市の財政支援をお願いしたいということです」
 松本が言った。
「井上市長、私からも、農家負担の軽減のためにも市からの財政支援を是非ともお願いしたい。長野県内の平場にある田んぼは、その殆どが4反歩区画に整備されたが、田沼市内の田んぼは、まだ2反歩区画の小さな田んぼが多い。農家全員の同意がないと、県は事業採択ができない。私は田沼市内で行われる県の公共事業予算をなるべく沢山確保し、工事は市内の建設業者からやってもらうことが、田沼市選出の県議会議員としての役目だと思っているよ」山田が言った。
「確か、圃場整備事業の事業費は、国、県、市町村、農家の4者で負担することが法律で決まっていたはずですが……。その上、更に市が農家負担に対して助成するってことができるんでしょうか?」
 井上が言った。
「市長、心配はいらないよ。合併特例債を使えばいいんだよ。特例債は返済額の7割を国が負担してくれるので、実質、市の負担は3割で済む。私のライフワークにしている、県事業の田沼川の河川改修工事も、市の負担分は合併特例債を使っているじゃないか。国からの財源手当が厚い合併特例債を残しておくのはもったいないよ。特例債の発行期間が10年から15年に伸びたんだから、限度額の350億円全部を使い切る覚悟を示さないと、来春の市長選挙で、建設業界からの支援は難しくなるよ」山田が言った。
「脅しですか?それは山田県議さんも同じことですよ。分かりました。ご期待に沿えるよう検討します」井上が言った。
「市長、お互いに来春の地方統一選挙で当選して、まだまだ遅れている田沼市の農業基盤整備を充実させようじゃないか。田沼市内の公共事業予算が増えれば、建設産業の雇用も増えて、若者の地元定着も図られる。若者を市外に流失させないようにするためにも、田沼市の基幹産業である建設産業の振興は大事だよ」山田が言った。
「私も県の土木部出身ですから、山田県議さんが今おっしゃたことはよく分かっていますよ。早速、担当部署に指示を出しますよ」井上が言った。
「よろしくお願いします」松本が深々と頭を下げた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者