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小説「廃屋の町」(第33回)

2017年7月2日ニュース

 市街地の挨拶回りを終えた二人は次に商店街に向かった。
「まずは同級生の小島孝雄の店に行ってみるか」
 小島孝雄は商店街で小さなスーパーを営んでいる。甘木と風間は百津屋という看板が掛かった食料品店に入った。
「いらっしゃいませ。あら、寿屋さんじゃないですか。いつもごひいき頂いてありがとうございます」
 女性が言った。
「奥さん、今日は仕事の話じゃなくて選挙のお願いに来たんですよ。孝雄ちゃんはいますか?」
 風間が言った。
「主人は配達に出掛けていますが、間もなく戻って来ると思います。それまで待ててください」
 女性は甘木と風間に椅子を勧めた。
「いま選挙のお願いって、聞きましたが、来年の市長選挙のことですか?」
 女性が風間に向かって言った。
「そうです。来年春の市長選挙に中学の同級生が出るんで、挨拶回りをしているところです」
 風間が女性に言った。
「選挙に出る同級生って、甘木さんっていう方でしょう?」女性が言った。
「小島さん、初めまして、私、甘木雄一と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
 甘木は女性に一礼した後、名前とプロフィールを書いた顔写真入りのカードを渡した。
「ああ、びっくりした。風間さんの隣にいる人は誰だろうと思っていましたが、ご本人だったんですね」女性は甘木から渡されたカードを見ながら言った。
「お盆に行われた同級会の席で、甘木さんって方が市長選挙に出ることになったって、主人から聞きました。あら、主人が戻ったみたいですよ」
 店の脇にある駐車場に軽トラックが入った。
「おお!風間に甘木じゃないか。市長選挙の挨拶回りかい?」小島が言った。
「そうなんだ。今日から商店街を挨拶回りしているんだ」風間が言った。
「俺も配達のついでに、この前、同級生に割り当てられた甘木の顔写真入りのカードをお得意様に配っているんだけど、評判はいいよ」小島が言った。
「ありがとう、小島君」甘木は礼を言った。
「この前の新聞に市長選挙の記事が載っていたけど、今のところ、現職と新人の一騎打ちとか書いてあったね。しかし政治経験もない行政経験もない甘木が選挙に出るなんて、大した度胸だよ。しかも相手は知名度、実績、資金力のある現職だ。市議会議員だけでなく、業界団体だって現職を支持するだろうね。特に建設業界は、食い扶持になる公共事業を増やしてもうらおうと、強力に現職をバックアップするだろうね。甘木、ほんとうに大丈夫かい?」小島が心配そうな顔つきで言った。
「小島、今から弱音を吐いてどうするんだよ。選挙までまだ半年以上もある。井上陣営は甘木を泡沫候補と見て、楽勝できると思っているだろうが、その驕りが命取りになることだってあるのさ」
 風間が言った。
「今、風間が言った『驕り』って言葉を聞いて、中学の国語の時間に習った平家物語を思い出したよ。確か『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ』っていう一節があったよな。先生が『ここはテストに出すからしっかりと勉強しておけ!』って言われて、冒頭の部分を丸暗記したよ。おかげで、この歳になっても、そらで言えるよ」と小島が言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者