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小説「廃屋の町」(第9回)

2017年5月13日ニュース

 昭和54年10月16日、長野県春野町を震源域とするマグニチュード6.8、震度7の地震が長野県北部で発生した。この地震で倒壊した住宅の下敷きになったり、土砂崩れに巻き込まれるなどして、長野県内で35人の死亡が確認された。また1523人の負傷者が出た。避難者は34852人にも上り更に増える見込みだ。田沼市でも山間地で土砂災害が発生し、死者13人、負傷者数757人の人的被害が確認された。また避難者数は13533人に上った。住宅街では家屋の倒壊、道路の損壊、電柱の倒壊による電線・電話線の切断、上下水道菅の破断など、電気、通信、上下水道、道路などのライフラインが壊滅的な被害を受けた。気象庁は今回の地震を「昭和54年長野県北部地震」と命名した。田沼市役所では、甘木富雄市長を本部長とする災害対策本部が設置され、被害状況の確認や被災者支援などの対応に追われていた。間もなく来る冬を前に、仮設住宅の建設や損傷したライフラインの復旧が急ピッチで進められていた。
 
 田沼市役所建設課で公共工事の発注担当係長をしていた野上昭一は、被災者向けの仮設住宅の建設や倒壊した家屋の撤去、損壊した道路の補修など、災害復旧工事の発注業務に忙殺されていた。野上の家も被災したが幸いにも被害認定が「半壊」であったため、家族は自宅で避難生活を送っていた。野上は、連日、復旧工事の発注業務に追われ、夜遅く家に帰ることが多く、休日も災害用務で休めない多忙な日々を送っていた。
 国は、昭和54年10月16日に発生した長野県北部地震により甚大な被害がもたらされていると認定し、激甚災害法に基づく激甚災害として指定した。併せて激甚災害に指定されたことに伴う災害復旧事業の国庫補助の嵩上げなど、地方公共団体に対する特別の財政援助等を実施する内容の政令が10月27日に閣議決定され、翌日、公布施行された。

 国の財政支援の柱は災害復旧関連の公共事業に対する補助率の引き上げだ。まずは被害を受けた公共土木施設、農業用施設、林道などの災害復旧事業を実施する場合、国の補助率が引き上げられる。その他に公立・私立学校施設、公立社会教育施設の災害復旧事業に対する補助、被災者用の公営住宅建設に対する補助などの特例措置も講じられた。また起債の償還に対する地方交付税の充当率も引き上げられた。災害発生の初期段階では、家屋が倒壊して住む家が無くなった被災者向けの仮設住宅の建設が急がれていた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第8回)

2017年5月11日ニュース

「甘木、伏魔殿の居心地はどうだい?」
 月刊「たぬま新報」編集長の高橋義男が甘木のコップにビールを注いだ。
「まだ、2か月しか経っていないので、実感がわかないね。ところで、カメラを持っているようだけど。今日は取材を兼ねての出席ってこと?」甘木が尋ねた。
「そうだね。半分は仕事で来ているよ。これからは、政治家甘木雄一の動向を追う記者として取材させてもらうよ」
「それは分かっているよ。さっきも杉田君や木下君にも言ったんだが、市役所内に隠然と残っている旧弊・悪弊を正さないと、田沼市の明るい未来を切り開くことはできないと考えているよ。まずは官製談合の徹底究明だよ」
「甘木も気付いたようだね。官製談合は田沼市の風土病のようなものだよ。もう四十年近くも昔の話だけれど、丁度、君のお爺さんが市長をやっていた頃に、大きな地震があったよね。俺たちが中学生の頃だったけど、覚えている?」
「ああ、覚えているよ。長野県北部地震だろう?あの時は、学校の体育館が避難所になって、しばらく体育の授業が休みになったね」
「そう、その地震の震源域が、今は合併して田沼市になったけれど、合併前の旧春野町だ。国から多額の災害復旧関連の補助金が被災した市町村に交付され、旧田沼市の災害復旧事業予算も急激に増えて、復旧工事の発注が矢継ぎ早に行われたそうだ。その中で、復旧工事を期限内に終えようとして、入札情報が市から建設業者側に提供されていたそうだ。その時、野上昭一っていう、市の職員が予定価格を漏らした見返りに現金をもらったことで、収賄容疑で逮捕された事件があったそうだ。僕は、今でも官製談合が行われているんじゃないかと思って取材を続けて来たんだけど、壁にぶちあたっているよ」
「どんな壁?」甘木が尋ねた。
「『市役所の壁』と『我が社の壁』だよ。井上市長の頃は、入札に関しては緘口令が敷かれていて、思うように取材ができなかったんだ」
「もう一つの『我が社の壁』って、どういう意味?」
「月一回発行している「月刊たぬま新報」は、日刊紙と違って、広告収入で経営が成り立っている無料のフリーペーパーだ。紙面の半分近くが広告で占められている。その最大の広告主が建設会社で、広告主に不利益になるような記事は書けないんだ」
「高橋、不利益になるような記事を書けないのは建設会社だけじゃないだろう?井上市政に対する悪い記事もほとんどなかったけどね。井上前市長の後援会長をやっている松本正蔵って、確か、田沼市土地改良区の理事長だったよね。その田沼市土地改良区は、毎月、大きな広告を出しているみたいだけど……」風間が言った。
「風間に痛いところを突かれたよ。社長からの指示があって、井上市政の評判を落とすような市役所の不祥事は書けなかったんだ」
「いずれにしろ、『市役所の壁』は僕が取り払うから、『たぬま新報社の壁』を取り払うのは高橋の役目だよ」甘木が言った。
「ありがとう、これは記者としての矜持に関わる問題だ。『市役所の壁』が取り除かれ、井上市政の不正が公になれば、我々、記者も堂々と官製談合の記事を書けるよ」高橋が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第7回)

2017年5月9日ニュース

「僕の当選祝いの会に出席している君たちはいいの?」
「僕たちは同級生の集いに出ているだけだから、全然、問題はないよ。『市政の私物化』で、もう一つ思い出したんだけど、井上前市長は長野市内にマンションを持っているらしいんだ。マンションは県庁に務めていた頃に購入したらしいよ。時々、公用車を使って、市役所とマンションを行き来していたらしいよ」木下が言った。
「そのマンションはセカンドハウスってこと?」甘木が言った。
「公私混同も甚だしいね。人伝に聞いた話だけれど、そのマンションで愛人と密会しているって話だよ」風間が言った。
「いずれにしても井上前市政の闇の部分を明らかにしないと、田沼市の未来は切り開けないよ。まずは官製談合疑惑の徹底究明だよ」甘木が言った。
「亡くなった坂井さんの遺志に報いるためにも、甘木には、3年前に行われた市立病院の移転新築工事の入札談合の真相解明をやって欲しいよ。当時、入札課で市立病院の入札を担当していた坂井さんは、命を賭して井上前市長らの不正行為を弾劾しようとしたんだ」杉田が言った。
「市立病院の入札談合の件で、三月に公正取引委員会の調査が行われたようだけど……」
「あの時は、結局、証拠が見つからなくて終わってしまったが、不正が行われた証拠は今も残っているさ。市長の権限を使って、坂井さんの無念を晴らしてもらいたいよ」
「杉田君に木下君、是非、君たちの力を借りたい。よろしく頼むよ」
 甘木は、杉田と木下のコップにビールを注いだ。
「甘木、伏魔殿の居心地はどうだい?」
 月刊「たぬま新報」編集長の高橋義男が甘木のコップにビールを注いだ。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第6回)

2017年5月7日ニュース

「僕の方は関口博産業建設部長から監視されていたね。僕から見た井上前市政の弊害は、『市政の私物化』だね」木下が言った。
「市政の私物化って、どんなこと?」
「ウチの課が担当している仕事で言えば、井上陣営が市長選告示日の日曜日に、市が管理している瓢箪池の駐車場を出陣式の会場に提供したことさ。丁度、瓢箪池の桜祭りが始まっている最中だったよ。観光客用の駐車場が一時閉鎖され、井上陣営の出陣式の会場になったんだ。駐車場は、国会議員、県議会議員、周辺市町村長の黒塗りの公用車に占拠されてしまったよ」
「そうそう、思い出したよ。僕の乗った選挙カーが瓢箪池の前を通った時に、駐車場に井上陣営の選挙カーや黒塗りの公用車が何台も停めてあって、ダークスーツを着た御歴歴が壇上の横に並んでいるのが見えたよ」甘木が言った。
「花見客が来ない朝早い時間帯だから大丈夫だろうって、関口部長から言われて、しかたなく観光客用の駐車場を選挙に使わせたんだ。通常、駐車場を目的外に貸し出せば使用料が発生するんだけれど、結局はタダで貸すことになった。使用料といっても僅かな金額だけどね」
「金額がどうあれ、それは市政の私物化だね。実際、観光客には迷惑が掛からなかったの?」
「日曜日の当日は天気も良く気温も高かったので、朝早くから花見客の車が瓢箪池に来たんで、少し離れた所にある第二駐車場に案内したところ、一番近くにある駐車場がどうして使えないんだって、花見客からブーブー文句は言われ、散々な目にあったよ」
「今、木下から『市政の私物化』の話を聞いて思い出したんだけど、甘木が市長選の政策説明をするために、市の公民館を借りようとしたら、断れただろう?」杉田が言った。
「そうそう、公民館は政治集会に使えないって言われて、断られたよ」
「市の公民館条例では、選挙に関して特定の候補者の支持を目的にする集会では使えないことになっているんだ。しかし、井上前市長は市政報告会という名目で公民館に支持者を集め、選挙公約の説明会場として使っていたんだ。市政報告会といっても実態は政治集会だよ」
「ひどい事をするね。ダブルスタンダードってことか」風間が言った。
「それに側近の市職員がその集会に参加したそうだよ」
「市の職員は政治的には中立な立場にある一般職の公務員だから、政治活動は制限されているんじゃないかい?」甘木が言った。
「そのとおり、れっきとした地方公務員法違反だよ。本来なら懲戒処分になるんだけれど、井上前市長の政治集会に参加した側近の職員に対しては、全くのお咎めなしだよ」杉田が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第5回)

2017年5月5日ニュース

「続きまして、乾杯に移らせて頂きます。乾杯の音頭は百津屋さんにお願いします!」
 風間が小島孝雄に合図した。
「本町商店街で食料品店を経営している小島孝雄です。甘木君の当選祝いの席で、風間君がこの秋の市議選に出馬表明するという話が突然出てきてびっくりしています。乾杯の発声の前に一言申し上げます。厳しい選挙戦を勝ち抜いて、見事、市長になった甘木雄一君、本当におめでとう。私は甘木君が瀕死の状態にある商店街の救世主だと思っています。甘木市長が、市長選の公約に掲げた地域活性化プレミアム商品券の発行は、商店街の再生に向けた起爆剤になると思っています。我々、同級生は、今後とも、甘木市政を外からしっかりと支えていきたいと考えています。それでは甘木雄一君の田沼市長初当選を祝って乾杯します。皆さんグラスを持ってご起立願います。甘木雄一君、当選おめでとう。乾杯!」
 乾杯!乾杯!乾杯!

「割烹寿屋」の2階大広間には80人ほどの同級生が集まって甘木の市長就任を祝った。
「甘木君おめでとう。相変わらず話が上手いわね。3年生の時、生徒会行事で討論会をやったことを覚えている?討論会のテーマは確か、制服についての細かな規制を認めるべきか否かだったと思うけど」
 顔を赤らめた久保田恵子が手に持ったビールを甘木のグラスに注いだ。
「あー覚えているよ」
「私ね、甘木君の演説を聞いて、とっても感動したの。今だから言うけどね。私、甘木君のこと好きだったのよ」
「ええ!そうだったの?ありがとう」
「でも中学時代の甘木君は優等生で高校も隣町にある進学校に入学したわよね。私の方は成績が悪かったし。甘木君を遠くから、ただ眺めているだけだったわ」
 久保田恵子は市内にある県立田沼高校を卒業した後、婿をもらって家業の米穀店を営んでいる。
「おめでとう、甘木。商店街の連中は、甘木が市長選の公約に挙げたプレミアム商品券に大きな期待を寄せているよ。1000円の商品券で1200円分の買い物ができるんだから、年金暮らしのお年寄りはきっと喜ぶよ。俺がさっき、乾杯の挨拶で、プレミアム商品券をアピールしたのは、そういう意味を込めて言ったのさ」小島孝雄が甘木のコップにビールを注ぎながら言った。
「分かっているよ。プレミアム分は市が負担することになるけれど、買い物客の心を掴む商品やサービスを提供するのは君たち商店の役割だよ。商店主のやる気、本気がないと、商店街は活性化しないよ」
「そうだね。我々、商店主もこれまで行政に頼り過ぎていた面はあるね。反省していよ。今、甘木が言ったように、我々もやる気を起こして、本気になって、昔のような賑やかな商店街を取り戻してみせるよ」
「期待しているよ」

「甘木市長、当選おめでとうございます!」
 田沼市財政課長の杉田昇と観光振興課長の木下信行が、甘木の座っているテーブル席に来て挨拶した。
「二人とも仰仰しい挨拶だな。甘木でいいよ。杉田君も木下君も同級生なんだから」
「ああ、ごめん。つい市役所にいる時の癖が出てきてね。どう、市長の椅子は慣れた?」
 木下が言った。
「相変わらず座り心地が良くないね。長く座っていると腰や肩が痛くなってくるよ。時々、立ち上がって、書類を見たり、決裁文書に判子を押したりしているよ」
「甘木も市長になって薄々気づいたと思うけど、井上前市長とその取り巻き職員によるトップダウンの市政運営がいろいろな所で弊害が出てきているよ」杉田が言った。
「弊害って、どんなこと?」甘木が尋ねた。
「市役所に身を置く者として言わせてもらえば、職員のモラル(倫理)とモラール(士気)が著しく低下している。井上前市長は、露骨な論功行賞で幹部を登用し、情実人事で側近を固めていたよ。市長の周りはイエスマンばかりだった」
「それって、裸の王様ってこと?」甘木が言った。
「そうだね。側近は前市長の顔色を見て仕事をしていたよ。側近が懲戒処分になるような不祥事を起こしても、もみ消され表沙汰にならなかったよ。一方で、市民のためにと一所懸命に仕事をやっている職員は評価されない。それどころか、側近の不祥事がマスコミにリークされないようにと監視されていたよ」杉田が言った。
「君もその一人だったんだね。君を監視していた人物って誰だい?」甘木が尋ねた。
「中山邦夫総務部長だよ。前市長の側近の一人で、前職は入札課長だ。甘木が市長選に出馬することがマスコミ報道されてからは、同級生の僕に対する監視の目は厳しくなったね」
 杉田が答えた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第4回)

2017年5月3日ニュース

 甘木が田沼市長に就任して約二か月になる六月下旬、市役所に近い料理店「割烹寿屋」で甘木の中学時代の同級生らによる、市長選の当選祝賀会が開かれた。幹事はこの料理店を経営する風間健一だ。
「それでは時間になりましたので、ただ今から、甘木雄一君の市長当選祝賀会を開催します。本日はご多用の中、甘木君の田沼市長初当選のお祝いに大勢の皆さんからご出席をいただき有難うございました。私は、本日の司会進行役を務めさせていただきます風間健一です。思い起こせば、昨年のお盆に、この部屋で行われた田沼第一中学校の同級会で、甘木君から市長選挙への出馬表明がありました。以来、同級生の皆さんからのご協力とご支援をいただきながら、八か月余りにも及ぶ選挙戦を戦ってきました。結果は僅差での勝利でしたが、我々、同級生の団結力と絆がもたらした勝利だと考えています。マスコミでは、想定外の結果になった今回の市長選挙を『田沼の奇跡』と呼んでいます。政治経験や行政経験もない泡沫候補だとか、対戦相手にもならない、勝って当たり前、という井上陣営の奢りと気の緩み、一方で、田沼市に暮らす人たちが抱いていた井上前市政に対する鬱積した不満が、今回の選挙結果にはっきりと表れたものと考えています。甘木君には、次の選挙のことしか考えない『政治屋』ではなく、次の世代のことを考える『政治家』になってもらいたいと思います。我々、同級生は、これからも甘木雄一君が市長としての職責を果たしていけるように、これまで以上に支えていきたいと考えています。最後に一言申し上げます。ご存知のように、今の市議会では反市長派議員が過半数を占めている状況です。そこで、私、風間健一は十月に行われる市議選に立候補して、市議になって甘木市政を支えていく覚悟です。私からの挨拶はここまでにして、次は、甘木新市長から挨拶を頂きます」
 パチ、パチ、パチ。
「本日は、多忙な折、私の当選祝いに、こんなにも大勢の同級生の皆さんから集まってもらって、感謝を申し上げます。市長になって、あっという間の二か月でした。職員からレクチャーを受けながら、市政の現状と課題について理解を深めています。しかし、先ほどの風間君の挨拶でも触れていましたが、市政に対する市民の意識と実際に行われている市政との間に大きな乖離が生じていると感じています。出馬表明をしてから選挙までの八か月余りの間、同級生の皆さんの力を借りながら、市内全世帯の約四分の三にあたる二万四千世帯を訪問し、市民の皆さんから様々なお話を伺ってきました。その中から見えてきたことは、障害者や高齢者、女性や子供、低所得層や零細な農林商工業者といった社会的弱者に対する行政の支援が不足していることがよく分かりました。選挙戦でも訴えきましたが、市民不在の市政から市民が主役の市政に転換し、これまで光の当たらなかった場所や光が届いていなかった市民に、夢と希望の光を届け、『市民の、市民による、市民のための市政』を実現していきたいと考えています。また、市議会において、前市長派議員が過半数を占めている状況を心配して、風間君から、この十月に行われる市議会選挙に立候補したいとの決意表明がありました。大変、心強く思っています。どうか、同級生の皆さんからは、これまで以上にご指導とご鞭撻を頂きたく、よろしくお願いします」
 パチ、パチ、パチ。パチ、パチ、パチ。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第3回)

2017年5月1日ニュース

 市長室に戻ると田沼市商工会議所会頭の横山久蔵の表敬を受けた。
「甘木市長、当選、おめでとうございます。田沼市商工会議所会頭の横山久蔵でございます。市長さんが選挙公約に挙げた商店街の活性化策には大いに期待しておりますので、どうぞよろしく願いします」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
 甘木は「田沼市長 甘木雄一」の名刺を横山に渡した。
 続いて市長室に入ってきたのは田沼市建設業協会長の山田信夫だ。山田会長はおもむろに口を開いた。
「甘木新市長、当選、おめでとうございます。田沼市建設業協会長の山田でございます。市長さん、我々建設業界は公共事業をもらえないと生きていけません。私の弟の山田良治が県議会議員をしています。弟と一緒になって国や県に働きかけて公共事業予算を増やしていただきたくよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。山田県議さんには後日、改めてご挨拶にお伺いしますので、よろしくお伝え願います」
 山田良治は田沼市選出の県議会議員だ。旧田沼市議を2期務めた後、県議に転進し現在5期目だ。民自党長野県連の幹事長でもある。

 午後一時半過ぎ。秘書係長の日下部俊夫と一緒に5階にある議長室へと向かった。部屋には議長の遠山信一と副議長の小林俊二の二人がソファーに座って煙草をふかしていた。
「本日付けで市長に就任した甘木雄一でございます。どうぞ、よろしくお願いします」
 甘木は遠山と小林に一礼した。
「甘木新市長、この度は当選、おめでとうございます。議長の遠山です。こちらは副議長の小林さんだ。議会運営で分からないことがあればいつでも議長室に来なさい」遠山が言った。
「ありがとうございます。私は政治経験も行政経験もありません。議会運営にあたっては、遠山議長さんや小林副議長さんはじめ、議員の皆さんからご指導、ご鞭撻をいただきたく、よろしくお願いします」
 遠山と小林は、民自党系の市議で「田沼クラブ」の会長と幹事長を務める。「田沼クラブ」は、定数30人の市議会のなかで17人の所属議員を擁する最大会派だ。無所属議員3人を加えた20人で、市長派会派として市議会での主導権を握っている。議長と副議長、4つの常任委員長のポストは「田沼クラブ」が独占している。今回の市長選挙では現職の井上将司を推した。一方、改進党系の市議八人は「新生会」を組織し、共立党の市議2人を加えた10人で非市長派会派として議会活動を行っている。今回の市長選挙では新人の甘木雄一を推した。

 市長就任初日の日程を終えた甘木は午後5時半頃に帰宅した。
「あなた、お帰りなさい。今日は終日、お疲れだったでしょう?」
「お父さん、お帰りなさい。お父さんが市長になったことを学校の友達に話したら、みんな驚いていたよ」
 妻と娘の労いの言葉が疲れて帰った雄一の体を癒してくれた。雄一は自室でグラスに入ったバーボンを口に注ぎ、8か月余りにも及ぶ選挙戦を振り返った。好きなバーボンを断って挑んだ市長選挙。甘木は久々に飲むバーボンの強烈な香味に酔いしれた。
(作:橘 左京)

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