小説「廃屋の町」(第113回)
3月上旬、居酒屋「寄り道」の奥座敷「竜宮」で関係者が集まって、統一地方選挙の対策会議が開かれた。会議には、県議会議員の山田良治、田沼市長の井上将司、市議会議長の遠山信一、田沼市土地改良区理事長の松本正蔵、田沼市建設業協会長の山田信夫、信州建設社長の佐川郁夫、森山組社長の森山富市の7人が集まった。山田会長の横には妻の麗子が控えている。
「皆様方におかれましては、選挙準備で大変お忙しいなか、竜宮にお越しをいただきありがとうございます。本日、皆さまのためにご用意させて頂いた料理は、験を担いでかつ丼にしました。料理について、簡単にご説明させていただきます。使用した豚肉は飯田の八千代豚、鶏卵は信州黄金シャモの卵でございます。お米は長野県のブランド米『風さやか』で、お茶碗は田沼城主溝口家ご用達の田沼焼でございます。どうぞ、お時間の許すまで、ごゆっくりとご歓談ください」
麗子は挨拶をした後、部屋を出て行った。
「統一地方選挙まで、あと一か月となりました。皆さんにおかれましては、年度末の業務多忙な中、選挙準備に御尽力を頂き、感謝申し上げます。戦況について立候補予定の山田県議と井上市長から報告をしていただきます」山田会長が挨拶した。
「県議の山田でございます。皆さんにはお難儀をおかけしております。泣いても笑っても選挙まで、あと1か月です。引き続きのご支援をよろしくお願いします。まずは、私の方から県議選の田沼市選挙区の状況について説明させていただきます。結論から申し上げれば、田沼市選挙区は今回も無競争となりそうです。元国会議員秘書の手島一郎君が、県議選への出馬を模索していたようですが、彼はまだ40代と若いので、まずは市議になってもらい、私のように市議としての経験を積んでから、次のステップとして県議選に出てはどうかと話したところ、本人から了解してもらいました」
「今ほど山田県議が話した件について、私から補足説明をさせていただきます。私が会長をしています『田沼クラブ』は所属議員が17人と、市議会では最大会派ですが、年々高齢化しております。10月の市議選では世代交代を進める必要があるとの判断から、会派の最年長者である山崎光蔵議員が今期限りでの引退を決断されました。その穴を埋めるために手島君を「田沼クラブ」の新人候補として擁立することになりました」遠山が言った。
「手島一郎は本当にそれだけで、県議選への立候補を取り止めたんでしょうか?手島は稲田元議員の秘書時代に政治資金を着服したって聞いたことがありますが……。立候補を取り止める条件として、手島から金を要求されたんじゃないですか?」佐川が尋ねた。
「私からはこれ以上のことは申し上げられません」遠山は不機嫌そうに言った。
「次は、井上市長から状況報告をお願いします」山田会長が井上に目配せした。
(作:橘 左京)