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小説「廃屋の町」(第92回)

2017年10月26日ニュース

「部長、お願いって、何ですか?」
「坂井さんの実家の工場が田沼川の改修工事の河川用地に引っかかっていることは、ご存知ですよね?」中山が言った。
「はい、知っています。3年前に廃業した工場ですが……」
「実は、用地買収を担当している県の担当課が、地権者と買収単価で折り合いがつかなくて、困っているそうなんです」佐々木が言った。
「この前、実家に帰ったら、県から提示された金額では売れないって、父親が言っていました」
「民間の開発用地と違って、公共用地として税金を使って買うわけですから、幾らでも高く買いますってわけにはいかないんですよ。どうしても、地権者が望む単価にならない場合だってあります。買収単価の上限額は決まっていますからね。もちろん、田んぼの単価よりも高く設定してあります。上限額で売ってもらえるよう、お父さんに頼んでもらいたいんですが……」佐々木が言った。
「はい、分かりました。頼んでみます」
「坂井さん、よろしくお願いします。坂井さんも知っているように、市民の皆さまから頂いた大切な税金は『最小の経費で最大の効果』が得られるように使わないとね」佐々木が言った。
「無駄な公共事業も多いと思いますけど……」と坂井が言うと、佐々木はむっとした顔を浮かべた。
「私からも一点、坂井さんにお願いがあるんですが……」税務課長の百瀬が言った。
「何でしょうか?」
「実は、廃業した工場の固定資産税が3年前から滞納になっています。坂井さんは、このことを知っていました?」
「いいえ、初めて知りました」
「坂井さんも知っているように、5年経つと消滅時効になって、税金を徴収できなくなります。これまで何度も督促状を出しているんですが、ダメでした。工場の中に設置されていた機械設備も固定資産税の対象になっていましたが、こちらの方は滞納処分で税金を回収させていただきました。工場の固定資産税も収めていただけないようだと、滞納処分で公売になってしまいます。そうならないためにも、滞納している税金を早く納めていただくよう、坂井さんから頼んでもらいたいんですが……」
「はい、分かりました」
 滞納処分は、税の滞納があった場合、納付の督促があってなお完納されないとき、税務官庁が行う強制徴収手続。滞納者の財産の差押え納付を促すが、差押え中になお完納されないときは、差押えられた滞納者の財産は公売等により換価され、換価代金は滞納処分費・税金にあてられる。
「むしろ滞納処分で公売にかけた方がいいんじゃないか?そうすれば、用地買収もスムーズに進むんじゃないかなあ。公共用地に提供される土地なんだから、買い手は幾らでもいる。そうなったら、私も公売に参加しようかな」中山が言った。
 坂井はむっとした顔を浮かべ、中山を睨みつけた。
「市が行う財産公売に、市の職員は参加できません」百瀬が言った。
「冗談だよ」中山が言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者