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小説「廃屋の町」(第89回)

2017年10月20日ニュース

「担当職員は誰だね?」
「庶務係長の橋爪勉です」
「橋爪?思い出したよ。確か田沼市民オンブズマンから、市長交際費についての情報公開請求があった時に、立川君と一緒にここで説明した職員だったね」
「はい、そうです。彼は情報公開事務を担当しています」
 井上は、田沼市民オンブズマンから提出された情報公開請求の内容及び対応について、担当の橋爪係長からレクチャーを受けたことを思い出した。市長交際費については、田沼市はこれまで県内19市のうち、唯一公表していなかった。市民オンブズマンから、市長交際費の支出一件毎に支出日、支出区分、支出内容、支出先、支出額を開示するようにと、昨年10月、請求があったことを思い出した。
「分かった。先月の運行記録を見せてもらいたいんだが……」
「橋爪係長に持って来させましょうか?」
「いや、適当な理由を言って、君が橋爪係長から借りてきてもらえないだろうか?」
「はい、分かりました」立川が運行記録を持って市長室に戻った。
「市長、これです」立川は市長公用車の運行記録を井上に渡した。
 運行記録は年度初めの4月1日から記入されていた。運転員の氏名、公用車が車庫を出た時刻、用務先と到着時刻、走行距離、車庫に戻った時刻が記入されている。『政財界信州』の根津に写真を撮られた日の運行記録を見ると、用務先は『長野市内』と記入されていた。欄外の余白には鉛筆書きでクエスチョンマークが付けられていた。
「このクエスチョンマークを付けたのは、橋爪係長かね?」
「たぶんそうだと思いますが、それがどうかしましたか?」
「いや、何でもない」
 クエスチョンマークは他にも付けてある。いずれも井上が公用車を使って別宅のマンションに行った日だ。公用車が公務外に使用されていることを橋爪係長が気付いているのかもしれないと、井上は思った。
「橋爪係長は君の部下だけど、上司の立場から見た場合、彼はどんな職員だね?」
「几帳面な性格で、仕事を丁寧に仕上げる点はいいんですが、反面、かなり神経質なタイプの職員ですね」
「神経質?」
「はい、細かい所にまで目が届くというか、細か過ぎると言った方がいいかもしれません。彼は部下に対して、仕事のやり方について、細かな点まで指示しているみたいで、部下はやりにくいみたいですね」
「橋爪係長は人事の面で何か不満を持っているのかね?」
「それはあると思います。同期でまだ係長止まりでいるのは彼だけですからね」
「橋爪係長の昇進が遅れているというは、何か理由があるのかね?」
「神経質な性格が災いしたのか、ヒラの時にうつ病を患って2年ほど、仕事を休んでいました」
「ああ、そうだったの」
 井上は運行記録を立川に戻した後、
「立川君、職員の運転免許証のコピーって、総務課で管理しているよね?」
「はい、人事係が持っています」
「悪いんだが、橋爪係長の運転免許証のコピーをもらえないだろうか?」
「ええ!どのような用向きで橋爪係長の免許証のコピーが必要なんでしょうか?免許証は職員の個人情報にあたりますから、慎重に扱わないと……」立川は驚いた様子で尋ねた。
「つべこべ言わずに、持って来なさい!」
「は、は、はい。今すぐにお持ちします」立川は慌てて市長室を出て行った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者