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小説「廃屋の町」(第84回)

2017年10月10日ニュース

「失礼します」秘書係長の日下部俊夫が市長室に入った。
「市長、政財界信州の記者が来春の市長選の取材に来ましたが、どうされますか?」
「日下部君、この後の私の日程はどうなっていたかね?」
「はい、午前中は11時から山田県議との面談が入っていますが……」
 部屋の掛け時計を見た井上は、
「11時までは小一時間あるね。入ってもらっていいよ」と言った。
「はい、分かりました」日下部が市長室を出た後、政財界信州の記者が市長室に入った。
「政財界信州の根津雅人と申します。本日はお忙しいところ、時間をとっていただき、ありがとうございます。弊社の2月号で、4月の統一選挙の特集記事を組むことになりまして、取材に伺いました。どうぞ、よろしくお願いします」
「選挙の取材だって?スキャンダルやゴシップが得意な政財界信州にしては、珍しいじゃないか?」
「ウチだって、たまには真面目な記事を書くこともありますよ。田沼市長選挙の新人候補の甘木雄一さんって、潮流社の元編集部長でしょう。同じ出版業界から市長選挙に出るってことで興味がありますね。それと潮流社から出ている週間潮流は、ウチ以上に政界スキャンダルを過激に書き立てていますよ。時々、記事を書かれた政治家から、名誉棄損で訴えられているようですが……。週間潮流の記事に比べれば、ウチなんか、おとなしい方ですよ」と言って、根津はボイスレコーダのスイッチを入れ、取材を始めた。取材は30分程で終わった。
「いろいろとお話を聞かせていただき有難うございました。実は、もう一つ用件がありまして……」
「何だね、もう一つの用件って?」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第83回)

2017年10月8日ニュース

「それと、ウチの母が言うには、六光学会の婦人部の人がこのパンフレットを持って回っているそうよ。先日、六光学会の婦人部に入っている母の友人が家にやって来て、『市長選挙には井上将司市長をお願いします。田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』と言って、このパンフと六光学会田沼支部の会報を置いていったそうよ。会報には『田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』という記事が載っていたわ。それに、母の話だと井上市長の奥さんが六光学会の婦人部長だそうよ」久保田が言った。
「確か、田沼市内の六光学会の会員数は3500人余りと言われているよ。会員のほとんどが女性会員で、この票が井上支持に回るとなると大きな脅威だな。井上陣営は建設業界の票を固めただけでなく宗教団体の票まで固めていたようだね」風間が心配そうな顔で言った。
「米山さん、井上市長の選挙公約が載ったパンフレットを一般家庭に配って回ることは、選挙違反にならないんですか?」久保田が尋ねた。
「この場合のポイントは2つあります。一つは戸別訪問にあたるかどうか。もう一つは政治活動との関連です」
「戸別訪問って何ですか?」久保田が尋ねた。
「有権者の家を訪ねて投票を依頼する行為です。戸別訪問は公職選挙法では禁止されています」
「それじゃ、母が、家を訪ねて来た友人から『市長選挙には井上将司市長をお願いします。田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』って言われたけど、これって選挙違反になるってことですか?」久保田が尋ねた。
「事実とすれば戸別訪問にあたり、選挙違反になりますが、今のケースだと、『言われた』、『いや、言わなかった』ということになり、お母さんのお友達が言った言葉が録音されていれば別ですが、投票を依頼されたという事実が証拠として残っていなければ、どうしようもありません」
「もう一つの政治活動との関連というのは?」風間が尋ねた。
「このパンフの作成・配布が政治活動として行われたものなのか、それとも選挙目当ての普及宣伝活動として行われたものかの違いです。政治活動として行われていれば規制されませんが、選挙目当てに行われた活動であれば違反になりますが……」
「このパンフには井上市長の選挙公約が載っていますし、母は、このパンフを持って来た人から『市長選挙には井上将司市長をお願いします』と言われました。それに六光学会の会員でもない母に会報を置いていったことから考えれば、選挙の目当ての票集めだってことは、誰だって分かるんじゃないですか?」久保田が言った。
「しかし、このパンフには井上市長が市長選に立候補するだとか、選挙公約だとか、選挙に関する言葉が一切載っていません。このパンフを持ってきたお母の友人が言った『市長選挙には井上将司市長をお願いします』という言葉も証拠として残っているわけじゃありません。それに、このパンフの右上に『将進会報・号外』とあり、下の余白に小さな字で『発行責任者 松本正蔵』と書いてあります」
 米山がパンフレットを見ながら言った。
「『将進会』って、確か井上市長の後援会(政治団体)の名前だったよな。それに松本正蔵は将進会の会長で田沼市土地改良区の理事長だよ」風間が言った。
「外見上は、政治活動用に作られ配布された文書ということになりますが、後援会の会員でない家にまで配布されているとすれば問題ですね。政治活動用の文書は、本来、政治団体が開催する演説会、研修会などの政治集会に参加した人に配られる文書ですから、その文書を一般家庭に配れば違反になります」米山が言った。
「井上陣営は選挙違反しているって、警察に通報した方がいいじゃないの?」久保田が言った。
「この程度の違反じゃ、文書警告で終わってしまいますよ。警察が一番目を光らせているのは買収ですよ。お金を支払って有権者の票を買い取る買収は最も悪質な選挙犯罪です。しかし、お金をもらった人も罪に問われることから、なかなか表に出てきませんが……」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第82回)

2017年10月6日ニュース

「ねえ、恵ちゃん、これ見た?井上市長の選挙公約が書かれたパンフレットだよ。ウチの郵便受けに山田県議の後援会報と一緒に入っていたよ」
 風間健一が事務所番の久保田恵子にパンフレットを渡した。
「ああ、これね。私も見たわ。選挙公約というよりは、田沼市の新年度事業予算のいいところをぱくって載せたって感じよね。来月始まる市議会で審議、承認されないと執行できない新年度の事業予算を選挙公約にするなんて、議会軽視も甚だしいわ」久保田が言った。
「仕方がないですよ。市長派議員が3分の2を占めている今の市議会の状況をみれば、新年度の事業予算は原案のまま承認されるんじゃないですか。特に、公共事業予算は市議会の最大会派「田沼クラブ」の意向を踏まえて作られています。このパンフレットを見ると、太字で書いてある文化会館整備事業と総合体育館整備事業がひときわ目立って見えますね」
 元田沼市選挙管理委員会事務局長の米山修二が言った。
「文化会館と総合体育館の建設は、井上市長の選挙公約の中では目玉になる事業だからね。しかし、このパンフに載っている事業はほとんどが公共事業だ」風間が言った。
「そうね。いかにも建設業界向けに作った選挙公約って感じよね」久保田が言った。
「建設業界の票は確実にもらえる組織票だから、業界関係者の心をしっかりとつかんでおきたいんだろうね」風間が言った。
「子育て世代や高齢者向けのソフト事業も少しだけど載っているわ。井上陣営はこの人たちの票も取り込みたいのかしら?」久保田が言った。
「そうだね。ところで、この『まちなかコンビニ塾』って何だい?1200万円も予算がついているよ」風間が言った。
「ウチの母から聞いた話だけど、高齢者向けの趣味講座だそうよ。趣味もなく、友達付き合いもなくて、家に閉じこもりがちのお年寄りや、時間を持て余しているお年寄りの生きがい対策として、市が趣味の教室を開設するそうよ」久保田が答えた。
「趣味の講座なら公民館を使って自主的にやっているし、市がやるにしても、公民館行事として既にやっているじゃないか。どうして、同じような事業を税金を使ってやる必要があるんだい」
 風間が語気を強めて言った。
「空き店舗対策と六光学会の会員の小遣い稼ぎが本当の目的らしいわよ」久保田が言った。
「恵ちゃん、それって、どういう意味だい?」風間が尋ねた。
「商店街にある空き店舗を趣味講座の会場に使うことで、商店街に賑わいを取り戻そうということらしいけど、これは表向きの理由で、実際は六光学会の会員の空き店舗を借りることになっているみたいよ。その上、趣味講座の講師も六甲学会の会員からやってもらうことで話がついているらしいわよ」
 久保田が答えた。
「それって出来レースってことじゃないかい。空き店舗を使うったって、タダで借りるわけではないし、講師だって、ボランティアで引き受けてくれるわけでもないだろうし。みんなお金のかかる話だよ」風間が憤慨した面持ちで言った。
「それが事実だとすれば、公職選挙法の買収罪(第221条第1項第1号)になりますね」
 田沼市選挙管理員会元事務局長の米山修二が公職選挙法令集を手に持って言った。
「米山さん。買収罪になるって、どういうことですか?」久保田が尋ねた。
「当選させるために、選挙人(有権者)に対して金銭、物品その他の財産上の利益を若しくは公私の職務の供与を約束した場合は買収罪になります。空き店舗の借り上げは『財産上の利益』にあたりますし、講師をやってもらうことは『公私の職務の供与』になります。六光学会は、今回の市長選挙では現職の井上市長の支持を表明しています。六光学会の上層部にいる人は、選挙人というよりは選挙運動者と呼んでいいかも知れませんね。なかには組織的選挙運動管理者もいるでしょう」米山が答えた。
「組織的選挙運動管理者って?」久保田が尋ねた。
「候補者と意思疎通ができる人で、選挙運動の計画立案や調整、選挙運動に従事する人を指揮監督する立場にある人のことです。この組織的選挙運動管理者が買収罪を犯した場合、候補者の当選は無効になり、5年間、同じ選挙で同じ選挙区から立候補できなくなります」米山が答えた。
「いずれにしても、馬の目の前に好物の人参をぶら下げて早く走らせようとするように、有権者受けする新年度の事業予算を見せて票を釣ろうという戦法じゃないの?全く有権者をバカにしているよ」
 風間が吐き捨てるように言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第81回)

2017年10月4日ニュース

「井上でございます。家内の君子がいつもお世話になっています。仕事では、男の人の前で話す機会が圧倒的に多いんですが、今日は六光学会婦人部の集会にお招きをいただき、こんなにも大勢の女性の前で、しかも美人さんの前で話すことになって、大変、緊張しています。暫しの間、皆さんのお耳を拝借したいので、よろしくお願いします。まずもって、この度の市長選挙にあたり、六光学会さんからご推薦をいただきましたことを、この場をお借りして感謝申し上げます。さて、皆さのお手元に配布されています市長選のパンフレットをご覧いただきたいと思います。刷り上がったばかりの印刷物で、まだインクの匂いが残っているようです。どっちが表か裏かは分かりませんが、『継続こそ力なり!市政の更なる前進を目指して!』と書いてあります。新田沼市が誕生して間もなく8年が経過しようとしていますが、『中心部ばかりが栄え、周辺部は寂れるばかりだ』という声が時々、私の耳に入ってきます。こんな声を聞くたびに、中心部の旧田沼市地域と周辺部の旧三か町村地域とで、いまだに住民意識のずれが解消していないなあ、と感じることがあります。二年後には合併10周年を迎えます。記念すべき10周年を約10万人の市民が心を一つにして祝うことが住民意識のずれを解消し、これからの田沼市を前進できるのではないかと考えています。間もなく迎える合併10周年を祝うのにふさわしい象徴的な、そして田沼市の輝ける未来を創造するためにも、文化会館と総合体育館の建設が必要だろうと考え、私の選挙公約の目玉事業として挙げました。パンフレットをひっくり返していただくと、「田沼市の輝ける未来を創造するための六つの光」ということが書いてあります。この『六つの光』という言葉は、六光学会さんの名前を拝借させて頂きました。主要な新年度事業が6項目に分類され掲載されています。今ほど言った文化会館は『文化』に、総合体育館は『健康』に分類されています。高齢化が急速に進む中で、文化的で健康な生活を送っていただく上でも、必要な事業だと考えています。もちろん、冬期間の生活道路を確保する上で必要な消雪パイプの整備についても増額しております。また、少子化が進む中で、子育て世代の負担を軽減する意味で、子育て世帯の住宅建設や取得資金の助成、保育料の無料化などを新規事業として挙げました。最後に、文化のところにある『まちなかコンビニ塾』ですが、これは高齢者向けの趣味講座を開設しようというものです。この事業は、妻、いや失礼、婦人部長さんから提案をいただき、新年度事業に加えました。六光学会の会員の皆さんの中には玄人はだしの腕前を持っている方が大勢いると聞いています。その腕前を趣味講座の講師になって活用してもらいたいと考えています。時間があれば、もう少しお話をさせて頂きたいのですが、婦人部長さんから、そろそろ話を閉じてくれとの合図がありましたので、私の挨拶はこれで終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました」
 パチ、パチ、パチ 
 井上市長の選挙公約が掲載されたパンフレットは六光学会の婦人部によって市内の会員世帯を中心に配布された。また、井上事務所に派遣された建設会社の社員によって、山田良治県議会議員の後援会報と一緒に市内の全世帯にポスティングされた。更には、居酒屋「寄り道」にも、パンフレットが井上市長の選挙ポスターと一緒に届けられた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第80回)

2017年10月2日ニュース

「市長、そんなに気を使わなくてもいいですよ。いつものことですが、新年度事業予算については、我々、田沼クラブの要望を入れた形で作っているじゃないですか?それが市議会の審議、承認前に、一部が市長の選挙公約として公表されたからといって、文句を言う人はいないじゃないですか。いいことがいっぱい書いてあるしね」
「そうですか。しかし、市議会の承認を得ていない段階で、新年度事業を事業費込みで公表していいのかといった意見も、一部の市議さんから頂戴したものですから、一応、議長さんにはご了解をいただきたいんですが……」
「誰ですか?一部の市議って?新生会や共立党の市議連中ですか?市長選では新人の甘木雄一を推薦するようですが……」
「実は、田沼クラブの市議さんからなんですが……。名前は、ちょっと申し上げられませんが……」
「もしかして小林副議長ですか?」
「ええ、そうですが……」
「小林君は、市長選にまだ色気を見せているようですね。私に任せてください。市長選に出るには時期尚早だと言っておきますよ。ただし、彼の性格からして、市長選からの撤退を働き掛けるには交換条件を出さないと、簡単には引き下がらないと思いますよ」
「承知しています。議長さんに全てお任せします」
「おそらく、それなりの解決金が要ると思いますよ」
「了解しました」
「やー、皆さん御揃いで。ご苦労さまです。奥さん、これは今日の集会に集まった婦人部の皆さんで召し上がってください」建設業協会の山田信夫が菓子折りを井上市長の妻君子に渡した。
「わー、美味しそうな銅鑼焼きですこと。山田会長さんには、ここで婦人部の集会があるたびに、いつも美味しいお菓子を届けて頂いて、ありがとうございます」君子が礼を言った。
「今日はお昼を挟んで六光学会婦人部の集会があるって麗子から聞いていました。それとお昼に出す弁当の注文を頂いたって、妻が喜んでいましたよ」山田が言った。
 山田信夫の妻麗子は六光学会婦人部の役員を務めている。麗子は商店街にある居酒屋『寄り道』の経営者で、昼間は仕出し弁当を作っている。
「ここで集会がある時は、奥様のお店で松花堂弁当を作って頂いています。一流の料理人が作ったお弁当だけに、料亭で食べる懐石料理みたいに美味しいって、皆さん褒めていましたよ」
「ありがとうございます。妻に言っておきますよ」
 井上事務所では六光学会婦人部の集会がお昼を挟んで行われる。お昼に出す弁当は、いつも麗子の店で作ってもらっている。午後に入って、六光学会婦人部の集会が始まった。婦人部長の井上君子が挨拶した。
「会員の皆様におかれましては、休日にもかかわらず、沢山の方から御参加をいただきありがとうございます。ご存知のとおり、市長選まであと2か月ほどとなりました。開催にあたりまして、主人、いや失礼しました、井上市長から一言ご挨拶をいただきます」
(作:橘 左京)

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