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小説「視線」(第10回)

2017年2月28日ニュース

 男が捨てたいほどに沢山ある時間、妻にあげたいほどに余分にある時間が、ようやく埋まった。雄太と一緒に工作をして楽しむ時間や妻が春奈と作る昼ご飯の食材の一つとしてミニトマトを栽培する時間に充てることにした。男にとって「仮の居場所」でしかなかった「我が家」が、「本来の居場所」へと変わってきた。男にとって「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」を満たす場でしかなかった「我が家」が、「自我の欲求」や「自己実現欲求」も満たしてくれそうな場所に変わってきた。

 男はまず、ミニトマトの栽培から始めた。玄関前の一角にプランターを置いて、そのプランターにミニトマトの苗を植えることにした。男の家は南向きに建っているため、玄関前は日当たりが良好な場所だ。男は近くのホームセンターでプランター2鉢とミニトマトの苗4本を買って来た。そのほかにプランターに入れる土や肥料、スコップやじょうろなど家庭菜園に必要な道具も買い揃えた。男は、早速、歩道と接した玄関前の空いたスペースにプランターを置いて、土を入れミニトマトの苗を植えた。ミニトマトの栽培管理が男の日課になった。

 次は、孫の雄太と乗り物の工作をするための下準備だ。腕に覚えのある男は、車の生産現場で鍛え上げた腕を使って世界で1つしかないオリジナルな乗り物を作ってやろうと考えた。加工する材料は鉄ではなくて紙だ。紙であれば子供でも簡単に加工ができるし怪我の心配もない。男は雄太が家に来る次の土曜日までに、材料を調達し試作品を作っておくことにした。雄太に試作品を見せながら一緒に同じ乗り物を制作する、という段取りをつけた。以来、雄太が家に来る日まで、乗り物の試作品を作っておくことが男の日課となった。

 工作に使う材料は、できるだけ家にある不用品やごみとして出すものから調達することにした。乗り物のボディーにする部分は厚めの紙が良い。家にある菓子折り箱や化粧箱、段ボール箱を集めては自室の押し入れにストックしておくことにした。また色の付いた紙や模様の施された包装紙も何かに使える。ペットボトルなどのプラスチック性の容器も使えるかもしれないので蓋とボディーに分けて保管しておく。「捨てればごみ、生かせば資源」と考え、家中にある不用品の収集を始めた。2階にある男の自室は工房兼ストックヤードになった。
「あなた。そのごみ、どうするの?」男が台所の一角に置いてある紙袋から、折り畳まれた化粧箱を抜き取ろうとしていたら、妻に見つかった。
「雄太と工作をする材料に使いたいんだ」男が答えた。
「そんなのが、工作の材料になるの?」
「白くて厚めのこの紙は、工作に最適だよ」
「明日のごみ出し日に合わせて取って置いたものよ。持って行ってもいいけど。散らかさないでよ」
「分かったよ」男は抜き取った化粧箱を持って、足早に自室に逃げ込んだ。
「ゼリーの入ったこの容器、もらっていいかな」朝飯を食べていた男が顔を上げて妻に言った。
「何するの?これも工作の材料に使うの?」妻が怪訝な顔で言った。
「この容器を使えば紙で作れないパーツを作れるんだ。大丈夫、散らかさないから。それとラップの芯ももらえる?」男は使用済みの食品包装用のラップフィルムの芯を見つけて言った。
「いいけど。ちらかさないでよ」妻が不機嫌そうな顔つきで言った。
 (作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者