小説「祭ばやし」(第11回)
24日夕刻。徹は祭典委員の仕事をするため身支度をした。紺色の法被と首に掛けた豆絞りの手ぬぐい姿の徹を見た春香が「お父さん、かっこいいよ」と言って送り出してくれた。
エイサ、エイサ、エイサ
エイサ、エイサ、エイサ
徹が随行する女性灯篭が家の前を通りがかった。由紀子と春香が玄関先に立って、徹が随行する灯篭を見守っていた。
「あ、お父さんだ」
春香が徹に声を掛けた。徹は手を上げて春香と由紀子に応えた。
徹は、女性灯篭や男衆が担ぐ大灯篭を見て、町内にはこんなにも大勢の若者が住んでいるのだろうかと思った。徹の疑問は間もなく解けた。祭り終了後に本部テントの中で、町内会の役員や祭典委員、それと灯篭の担ぎ手の若者が参加して簡単な慰労会が行われた。テーブル席には瓶や缶に入ったビールや一升瓶に入った日本酒、それに町内会の婦人部が作ったトン汁、枝豆にさきいかなどの乾きものが並べられた。
徹はビール瓶の栓を抜いて、灯篭の担ぎ手の若者にビール瓶の口を向けた。
「お疲れ様でした。疲れたでしょう。さ、どうぞ」
「すみません。車を運転して帰るんで、ノンアルコールにしてください」若者は答えた。
「あれ、この町内に住んでいないんですか」徹は若者に尋ねた。
「はい、隣町に住んでいます。私が住んでいる町では、数年前に夏祭りが無くなったので、この町内に住んでいる友達に誘われて、毎年、ここの夏祭りに参加しています」若者は答えた。
そう言われて灯篭の担ぎ手の飲み物を見ると、ほとんどがノンアルコールビールなどソフトドリンクだった。慰労会が始まって30分程が経って若者たちは「これで失礼します」と言って、三三五五連れ立って帰って行った。最後まで慰労会の席に残っていたのは町内会の役員、祭典委員、町内に住んでいる顔見知りの若者だけだ。祭典委員の中村さんの話では、途中で帰った若者はみな、町外から参加した助っ人だという。彼らの住む町では神輿や灯篭の担ぎ手の若者が少なくなったため、やむなく夏祭りを廃止したそうだ。行き場を失った祭り好きな若者は友人や親戚の誘いを受けて、神輿や灯篭の担ぎ手として町外の祭りに参加しているという。徹の実家のある農村集落でも、子供の頃には毎年行われていた秋祭りが廃止されて久しい。
(作:橘 左京)