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小説「視線」(第3回)

2017年2月14日ニュース

 会社勤めがなくなった今は、男の居場所は我が家しかない。住み慣れたはずの我が家であるが、他人の家に居るような感じで落ち着かない。
会社を退職して間もなく半年になるが、この半年間を振り返ってみると単調な1日の繰り返しだ。男は朝食を食べ終えると1階の居間に入っては新聞を広げて読み始める。1面から読み始め、政治経済、スポーツ、文化、社会、と紙面の端から端まで目を通す。最後は番組欄をチェックして今日見る番組にマーカーで印を付ける。これだけで二時間はかかる。会社勤めをしていた頃は、忙しくて新聞をゆっくりと読んでいる暇はなかった。朝食を食べながら、新聞紙を広げて一面と政治経済面にさーと目を通して、他は見出しを追う程度だった。しかし今は違う。男は捨てたいほどに沢山ある時間のやりくりに困っていた。一方、妻の方は、毎日の買物と週に何回かある習い事や友達付き合いで忙しい。日中、家を留守にすることも度々ある。妻が家に居ると男の背中に向かう視線が何かと気になるが、この時ばかりは家でゆったりと過ごすことができる。

 男にとって、今住んでいる場所が我が家であっても「仮の居場所」のままである。一方、「家内」で「嫁」である妻にとっては、今住んでいる場所が我が家であり、最初から「本来の居場所」である。男にとって、我が家が「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」を満たす場でしかないが、妻にとっては「自我の欲求」や「自己実現欲求」も満たしてくれる場所でもある。家の中では、食事、掃除、洗濯など家事全般と育児を取り仕切っている妻の権威は絶大だ。男が朝食を終えて1階居間のソファーに座って新聞を読んでいる時、男は台所で家事をしている妻の視線を背中に感じることがある。食器を洗う音がいつもよりも大きく聞こえる時や、男が新聞を読んでいるのに掃除機を回す時だ。男が居間で新聞を読んでいると、掃除機が居間に入って来る時もある。そんな時、男は自分が「粗大ごみ」なって掃除機に吸い込まれてしまうのではないかという不安に駆られることがある。男は読み掛けの新聞を持って2階にある自室へと向かう。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者