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小説「朱鷺伝説」(第9回)

2017年4月21日ニュース

 9月中旬。ザク、ザク、ザク。
 山の麓の田んぼでは稲刈りが始まった。村人たちは、黄金色になった稲穂を鎌で刈り取っていた。
 神社近くの田んぼでも稲刈りが始まった。植えたばかりの苗を踏み荒らされた腹いせに、朱鷺を猟銃で撃ち殺した男の田んぼだ。たわわに実って頭を垂れた黄金色の稲穂を見ながら男は満足そうにつぶやいた。
「稲穂に付いた籾も大粒だし籾の数も多い。今年はいつもの年よりもたくさんの米が採れそうだ。それに案山子のおかげで雀も寄ってこない」
 しかし気になることがあった。案山子が立てられた隣家の田んぼでは、雀が群がって稲穂を突っついている。
「おかしいな。どうして、わしの田んぼにだけ雀が寄り付かないのだろうか?」男は不思議に思った。
 男は刈り取った稲穂を千歯扱(せんばこき)で脱穀して出てきた籾米を籾摺り機に通した。籾殻が取り除かれて出てきたのは、茶色い粒だった。
「あ、あ、どうしたんだ!」男はびっくりして、茶色い粒を手に取ってみたら、それは砂粒だった。男の田んぼで採れた籾のなかに入っていたのは黄色い米粒ではなくて、茶色い砂粒だった。
 雀は男の田んぼの稲穂に砂粒が入っていることを知っていた。雀は砂粒の入っている男の田んぼを避けて、米粒の入っている隣家の田んぼの稲穂に集まったのだ。
「もしかして朱鷺のたたりかもしれない。わしが朱鷺を鉄砲で撃ち殺したからだ」男はがっくりと肩を落とした。
 
 ザク、ザク、ザク。
 雄太は父と黄金色になった稲穂を鎌で刈り取っていた。里山の麓にある雄太の家の田んぼでも稲刈りが始まった。しかし田んぼに雀の姿はない。
「稲穂に付いた籾も小粒だし籾の数も少ない。それに雀も寄ってこない。今年はいつもの年よりも米が採れないかもしれない」
 父は刈り取った稲穂を手に持って言った。刈り取った稲穂は束ねられ稲架(はさ)に掛けられた。夕日を受けた稲穂は黄金のような輝きを放っていた。稲架に掛けられた稲穂は夜になっても輝き続けていた。しかし雄太も父もこのことを知らない。
 雄太と父は稲穂を千歯扱(せんばこき)で脱穀して出てきた籾米を籾摺り機に通した。なんと、籾殻が取り除かれて出てきたのは、黄色い米粒ではなく金色の粒だった。
「あ、あ、どうしたんだ!」雄太君と父はびっくりした。金色の粒を手に取って調べたら、それは砂金だった。籾のなかに入っていたのは米粒ではなくて砂金だった。雀は稲穂に砂金が入っていることを知っていた。雀が雄太の家の田んぼに寄って来なかったのは、好物の米粒が稲穂に入っていないことを知っていたからだ。父はつぶやいた。
「不思議なことがあるもんだ。あの夜、3羽の朱鷺が田んぼで植えていた黄緑色の苗は黄金を生む稲穂の苗だったのだろうか?もしかして、あの3羽の朱鷺の親鳥は佐渡島から飛んできたのかしれない」

 江戸時代初期に最盛期を迎えた佐渡金山は、当時としては世界最大級の金山だった。佐渡金山は江戸幕府の直轄地として管理され、幕府の財政を支えた。明治、大正の時代になっても佐渡金山では金や銀の採掘が行われていた。
(作:橘 左京)
【編集部からのお知らせ】
 27日から、小説「朽ちる町」を連載します。

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小説「朱鷺伝説」(第8回)

2017年4月19日ニュース

 里山近くにある雄太の家の田んぼは今年も稲の生育がよくない。植えたばかりの若い苗を鳥が踏み荒らすからだ。雄太の父は田んぼで悪さをする鳥が、朱鷺ではなくてゴイサギであることを知っていた。
 ゴイサギは、サギと違って夜行性の鳥だ。昼間は薄暗い森に住み、夕方になると水田や小川に飛んできて、魚、カエル、ザリガニなどを捕って食べる。
 夜空をクワッ、クワッと鳴きながら飛んで行くことから夜ガラスという名前が付けられている。普通のサギよりも体の大きいゴイサギの悪行が朱鷺の仕業になってしまったのだ。
 7月のある満月の夜。雄太と父は田んぼの水回りをするために外に出掛けた。
 ケロ、ケロ、ケロ。
 水が張られた田んぼからカエルの鳴き声が聞こえてくる。二人が田んぼに到着すると3羽の鳥がいた。
「またゴイサギが飛んで来て田んぼで悪さをしているようだ」父が言った。
「お父さん違うよ。朱鷺だよ」
 父は月明かりのなかで目を凝らして鳥を見た。
「本当だ。雄太の言うとおり、あの3羽の鳥は朱鷺だね。脚に輪っかが付いている。もしかすると山のなかで保護したあの朱鷺の雛かもしれない」
 二人は山の中で保護して育てた朱鷺の雛が大きくなって放鳥する時に、足環をつけたことを思い出した。
 3羽の朱鷺はゴイサギで荒らされた田んぼで田植えをしていた。ほどよく成長した黄緑色の苗をくちばしにくわえて、丁寧に植えている。月明かりなか、二人は3羽の朱鷺が田植えをしている不思議な光景をしばらく見ていた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「朱鷺伝説」(第7回)

2017年4月17日ニュース

 ピー、ピー、ピー。
「お父さん、鳥の鳴き声がするよ」
 里山で柴刈りを手伝っていた雄太が父に言った。二人は樹の枝に掛けられた朱鷺の巣を見つけた。灰色の産毛に覆われた3羽の雛が、巣の中で寄り添って鳴いていた。
「どうしたんだろう。もう親鳥が巣に戻っている時間なのだが……」父が呟いた。
 太陽が傾いて日陰になった山の斜面は薄暗く、周囲の空気が冷たく感じられる。
 ガー、ガー、ガー。ガー、ガー、ガー。
 二羽のカラスが巣の近くの樹に止まっている。どうやら雛を狙っているようだ。
 ピー、ピー、ピー。ピー、ピー、ピー。
 雛の鳴く声が山の斜面に木霊する。雛は恐怖と寒さで震えているようだ。
「このままではカラスに食われてしまう」
 父は樹に登って、巣から3羽の雛をそっと取り出して麻袋に入れた。
「雄太、暗くなる前に家に帰るぞ」
 父は雛を入れた麻袋を雄太に渡した。

 ピー、ピー、ピー。
 雄太の持った麻袋の中から雛の鳴き声が聞こえてくる。
 雄太の家は里山の麓にある。家に帰った雄太と父は、雑魚を鍋に入れて煮詰めて柔らかくした。冷えてゼリー状になった雑魚を、山で刈り取って来た柴木の棒先に付けて雛の口元に持っていったが、雛は人間を警戒しているのか、なかなか食べようとしない。
 二日目からは少しずつ食べるようになった。雛は成長し、だんだんと体が大きくなってきた。雄太と父は納屋の一角に金網で囲った大きな鳥小屋を作った。雄太と父が育てた雛は親鳥と同じくらいに大きくなった。止まり木の3羽の朱鷺は、時折、翼を羽ばたかせている。もうすぐ巣立ちを迎える。
 6月中旬。鳥小屋の扉が開かれて朱鷺が外に放たれた。3羽の朱鷺は雄太の家の周りを何回も旋回した後、里山に向かって飛んで行った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「朱鷺伝説」(第6回)

2017年4月15日ニュース

 4月中旬。雪が消えた田んぼでは田植えの準備が始まった。村人に引かれた農耕馬が田んぼを耕している。岸辺に打ち寄せるさざなみ波のように耕された隣の田んぼでは、村人が手すきを使って細かく土を砕いている。
 5月下旬。水が引かれてドロドロになった田んぼで田植えが始まった。田んぼに植えられた若い苗が太陽の光を受けて少しずつ伸びてきた。田んぼの茶色が徐々に緑色に変わってきた。
 近くの里山から数羽の朱鷺が平地に広がる田んぼにやってきた。水が張られた田んぼにはドジョウ、おたまじゃくし、カエル、タニシなど、朱鷺の食べ物がたくさんある。
「あ、朱鷺が田んぼに降りたぞ!」
 ドン、ドン、ドン。バン、バン、バン。
 植えたばかりの苗を踏み荒らされてはたまらないと、村人たちは手に持った柴の棒で鍋底を叩いて朱鷺を山へと追い払おうとした。鍋底を叩く音に驚いた朱鷺は田んぼを飛び立っていったが、少し離れた所にある田んぼに降りて、また食べ物を探し始めた。

「鍋の音で脅かしても効き目はなさそうだ。わしの鉄砲の音で朱鷺を蹴散らしてやろう」
 ドーン、ドーン、ドーン。
 猟銃を持った男が空砲を三発、空に向けて放った。
 田んぼにいた朱鷺が一斉に飛び立った。今度は近くの神社の境内に茂る杉林の方に飛んでいった。田植えが終わったこの時期は朱鷺の子育ての時期と重なる。里山の樹の上に作られた朱鷺の巣には4月に生まれたばかりの雛が腹を空かせて親鳥の帰りを持っている。雛の食欲は旺盛だ。腹を空かせて待っている雛に食べ物を運んでいかなければならない親鳥は、田んぼと巣の間を忙しく行き来している。

 1時間ほどが経って、ひとつがいの朱鷺が神社近くの田んぼに降りて食べ物を探し始めた。その田んぼは先ほど猟銃で空砲を放った男の田んぼだった。それを見た男は怒った声で言った。
「わしの田んぼで悪さをするとは、にっくき朱鷺め。鉄砲で撃ち殺してやる!」
 男は実弾を込めた猟銃の銃口を朱鷺のつがいに向けた。
 ダーン、ダーン、ダーン。
 銃声に驚いて飛び立った二羽の朱鷺の体に銃弾が命中して、二羽は田んぼに落ちていった。
 男は田んぼに落ちた二羽の朱鷺を手に取って言った。
「ざまあみろ。わしの田んぼで悪さをすると、こういうことになるんだ。肉は鍋に入れて食べるとするか。羽はむしり取って町の機織屋に持って行くか。高価な朱鷺色の羽は高く売れるだろう」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「朱鷺伝説」(第5回)

2017年4月13日ニュース

 しばらくして、リーダー格の太郎が子供たちに向かって言った。
「体も温まったし、これから鳥追いに出掛けるけど、みんな準備はいいかい?」
「いいよ!」子供たちはわらを編んで作った蓑を頭から被って外に出た。
 外は小雪がちらついている。あちこちのホンヤラドウから、蓑を身にまとった子供たちが広場に集まってきた。広場の中央にはさいの神が建っている。
 さいの神は、地面に立てた竹の回りに杉の葉っぱや豆殻などを押し込んだ後、周りを稲わらで囲った円錐形の塔だ。このさいの神は明日の夕方に火入れが行われる。
 広場に集まった子供たちは拍子木を持って隊列を組んだ。何人かの子供たちは火を付けた松明を持っている。いよいよ鳥追いの出発だ。
 カチ、カチ、カチ。拍子木を打ち鳴らす音に続いて、鳥追いの歌が始まった。

 鳥追いだ 鳥追いだ だんなショの鳥追いだ
 どごからどごまで追っていった
 信濃の国から佐渡が島まで追っていった  
 何でもって追っていった
 柴の棒で追っていった     
 いっちにっくい鳥は ドウとサンギと小雀
 みんな立ちあがれ ホーイ ホーイ

 あの鳥ャどっから追ってきた
 信濃の国から追ってきた
 何もって追ってきた
 柴抜いて追ってきた
 一番鳥も二番鳥も飛立(たち)やがれ ホーイ ホーイ
 ホンヤラ ホンヤラ ホーイ ホーイ

 1月15日の夕刻、薄暗くなった広場では大勢の村人たちがさいの神を取り囲んでいる。さいの神に火が付けられた。白い煙がモクモクと稲わらの隙間から出てきて、周りにいた村人たちを包み込んだ。ゲホ、ゲホ、ゲホと、白い煙を吸い込んで咳き込む者や、白い煙が目に染みて涙を流す者がいた。しばらくすると白い煙が無くなって、今度は赤い炎が吹き出した。幾つもの小さな炎が集まって火柱となり天空を突き刺した。村人たちは、勢いが衰えた炎に丸い団子やスルメを付けた柴木をかざした。鳥追いもさいの神も、村人とっては豊作を祈願する大事な年中行事だ。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「朱鷺伝説」(第4回)

2017年4月11日ニュース

 雄太はその夜、夢のなかで不思議な体験をした。雄太の体が90年前の大正時代にタイムスリップしたのだ。時は大正8年1月14日の夜。雄太はお椀をひっくり返したような形をした雪の家にいた。ホンヤラドウだ。床には何枚もむしろが敷かれ中央には火鉢が置かれている。
 ホンヤラドウのなかには5、6人の子供たちが火鉢を囲んで暖を取っている。火鉢に敷かれた金網には狐色に焼けた餅が並んでいる。子供たちは大きな声で鳥追い歌の練習をしている。
 鳥追いだ 鳥追いだ だんなショの鳥追いだ
 どごからどごまで追っていった
 信濃の国から佐渡が島まで追っていった  
 何でもって追っていった
 柴の棒で追っていった     
 いっちにっくい鳥は ドウとサンギと小雀
 みんな立ちあがれ ホーイ ホーイ

 あの鳥ャどっから追ってきた
 信濃の国から追ってきた
 何もって追ってきた
 柴抜いて追ってきた
 一番鳥も二番鳥も飛立(たち)やがれ ホーイ ホーイ
 ホンヤラ ホンヤラ ホーイ ホーイ

「雄太君、甘酒よ。体が温まるわよ」
 赤い半纏を着た雪絵が甘酒の入った湯呑を雄太に渡した。
「ありがとう、雪絵ちゃん。いただきます」
 湯呑を両手で受け取った雄太は冷たくなった手を温めた後、湯呑を口に付けて甘酒を飲み始めた。
「温かい!甘くて美味しいね」
「雄太君、餅が焼けたわよ。まだ熱いから気をつけて食べてね」
 雪絵がこんがりと狐色に焼けた餅を皿に入れて雄太に渡した。餅から出た香ばしい匂いに雄太の鼻がひくひくと動いた。
「いい匂いがするよ。雪絵ちゃん、ありがとう」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「朱鷺伝説」(第3回)

2017年4月9日ニュース

「昔の日本に普通に見られた朱鷺がどうして今はいなくなったの?」
「朱鷺が日本から絶滅した理由は2つあるよ。一つは朱鷺の食べ物が少なくなったことだ。朱鷺は水辺や湿地を生活の場所にしている鳥だ。朱鷺の食べ物はドジョウ、サワガニ、カエル、タニシ、昆虫などで、もっぱら動物性のエサを食べているんだ。昔は、田んぼに朱鷺のエサになる生き物がたくさん生息していたけれども、その田んぼが住宅団地や工業団地として開発されたため、エサ場が急速に減ってしまったんだ。それと農家の人が稲の成長を妨げる雑草や害虫を駆除するために、農薬を使うようになってからは、朱鷺が食べる小動物が田んぼから姿を消してしまったんだ」

「来週、稲刈りをする学校の田んぼにはイナゴがたくさん飛んでいるよ。それに5月に田植えをした時はドジョウやタニシをいっぱい見つけたよ」
「農薬をほとんど使わない学校の田んぼには、小さな動物が生きていける環境が、まだ残っているからさ。最近になって、農家の人がこれまで使っていた農薬が人間の健康や環境に悪い影響を与えることが分かってきたので、農薬の使用が厳しく規制されるようになったんだ。そのため、農薬がまだ田んぼで使われていなかった頃にいた小動物が、少しずつ見られるようになったんだ。佐渡島では野生の朱鷺が安心してエサを捕れる環境を作ろうと、農家の人たちが田んぼで農薬を使わない取り決めをしたそうだよ」

 父の話はまだまだ続いた。
「雄太は鳥追い歌って知っているかい?」
「知っているよ。小正月の前日、1月14日に行われる鳥追いの時に、豊作になるようにと田んぼで悪さをする鳥を追い払うために歌われる歌でしょう。学校の先生が教えてくれたよ。それに鳥追いが今でも行われている地域から通っている友達もいるよ」
「そうだね。昔は朱鷺や鷺、それに雀は農家にとっては悪い鳥だったんだ。朱鷺や鷺は水田にいる水生動物を捕る時に、植えたばかりの若い稲の苗を踏み荒らすんだ。時には柔らかい苗を食べることもあったんだ。稲刈りが始まると、今度は雀の大群が田んぼにやってきて稲穂に付いた籾を採って食べてしまうんだ。毎年、小正月に行われる鳥追いは、農家の人たちが稲の生育を妨げる朱鷺や鷺、稲穂を食べ散らかす雀を田んぼから追い払って豊作になるようにと願って行われる行事だったんだ」

「農家にとっては悪い鳥の鷺や雀は今でも田んぼにいるよ。どうして朱鷺だけが田んぼからいなくなったの?」
「さっき、お父さんが日本から朱鷺がいなくなった理由が二つあるって言っただろう。一つは田んぼの開発と農薬の使用だ。もう一つの理由は朱鷺の乱獲だよ。昔は装飾用や食用として朱鷺が捕獲されていたんだ。朱鷺の羽の色は全体で見ると白だけど、翼を広げた時に見える風切羽や尾羽は薄桃色になっている。この色は朱鷺色と呼ばれているよ。朱鷺の羽は装飾品を作る時に使われ、朱鷺の肉は薬膳料理として使われていたそうだ」
 雄太は朱鷺色になった翼を羽ばたかせて空を舞っている10羽の朱鷺の姿を思い出した。
(作:橘 左京)

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小説「朱鷺伝説」(第2回)

2017年4月7日ニュース

「いただきます」雄太の家では、家族で夕ご飯の食卓を囲んでいた。
「お父さん。今日ね。佐渡島で10羽の朱鷺が外に放されたって、夕方のニュースに出ていたよ」
 雄太は仕事から帰って来た父に向かって言った。
「そうだね。お父さんも職場のテレビで朱鷺が放鳥されたニュースを見ていたよ」
 雄太の父は動物園に務めている。
「お父さん、放鳥された10羽は中国産の朱鷺を繁殖させて増やした朱鷺だってニュースで言ってたけど、どういう意味?」
「朱鷺の学名はニッポニア・ニッポンと言うんだけれど、昔は日本の東北地方や日本海側に生息していたごくありふれた野鳥だったんだ。お父さんは野生の朱鷺は見たことがないけれど、お父さんのお爺さん、雄太のひいじじが子供の頃には田んぼや小川で朱鷺が普通に見られたそうだよ」
「ひいじじが田んぼや川にいる朱鷺の姿を見たのは随分と昔のことでしょう?」
「そうだね。100年くらい前の明治から大正時代のことだね」父の話は続いた。
「昔は日本の各地に生息していた朱鷺だけれども、乱獲や開発によって数が減ってしまったんだ。昭和58年に佐渡島に残っていた日本産の5羽の朱鷺が捕獲されて人工繁殖で増やそうとしたけれどもうまくいかなかったんだ。平成15年には最後に残ったメスの「キン」が死んで日本産の朱鷺は絶滅してしまったんだ。そこで中国から贈られた朱鷺を人工繁殖させて増やすことにしたんだ。朱鷺保護センターで飼育している朱鷺が増えてきたことから、朱鷺が野生でも生きていけるようにと訓練した10羽を、今日、初めて自然界に放したんだよ」
(作:橘 左京)

【編集部からのお知らせ】
 小説「視線」(PDF)を「ライブラリー」の「文芸」コーナーにアップしました。
 ➡こちら

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小説「朱鷺伝説」(第1回)

2017年4月5日ニュース

 鳥追いだ 鳥追いだ だんなショの鳥追いだ
 どごからどごまで追っていった
 信濃の国から佐渡が島まで追っていった  
 何でもって追っていった
 柴の棒で追っていった     
 いっちにっくい鳥は ドウとサンギと小雀
 みんな立ちあがれ ホーイ ホーイ

 あの鳥ャどっから追ってきた
 信濃の国から追ってきた
 何もって追ってきた
 柴抜いて追ってきた
 一番鳥も二番鳥も飛立(たち)やがれ ホーイ ホーイ
 ホンヤラ ホンヤラ ホーイ ホーイ
             (鳥追い歌)

 この地域では小正月にあたる1月14日の夜から15日の早朝にかけて鳥追い行事が行われる。町内ごとにホンヤラドウとよばれる、お椀をひっくり返したような形の雪の家がつくられる。14日の夜に子どもたちはホンヤラドウのなかに持ち込まれたストーブやこたつで暖をとり、ごちそうを食べながら夜更けまで遊ぶ。頃合いをみて外に出た子供たちは隊列を組んだ後、拍子木(ひょうしぎ)を打ち鳴らしながら鳥追い歌を歌って町内を回る。鳥追い歌は農作物を食べ荒らす害鳥を畑や田んぼから追い払って豊作になるようにと願って歌われる。昔は畑や田んぼでとれる作物の量が今よりも少なかったので、鳥に作物を食べられるというのは農家にとっては大きな心配ごとだった。昔に比べて鳥追い歌はあまり歌われなくなったが、ホンヤラドウの遊びだけは今でも子どもたちの冬の楽しみとして残っている。

 平成20年9月25日。新潟県の佐渡島にある朱鷺保護センター近くの水田から10羽の朱鷺が放鳥された。小学校3年生の雄太は夕方、妹の弥生とテレビのニュースを見ていた。アナウンサーが朱鷺の放鳥を伝えた。 
「朱鷺にとって野生の第一歩が始まりました。今日、国の特別天然記念物朱鷺の試験放鳥が佐渡島で行われました。中国産のつがいを使って人工繁殖されたオス、メス5羽ずつの10羽が放鳥されました。乱獲と開発で絶滅した朱鷺が野生に戻るのは27年ぶりです。午前10時半過ぎ、朱鷺保護センター近くの水田に設けられた式典会場で、臨席した秋篠宮ご夫妻はじめ、島内で朱鷺の保護活動に携わった人たちや地元小学生らがテープを切ると、10個の木箱のふたが開いて最初に2羽がその後8羽が空へと飛び立っていきました。 10羽の朱鷺は、たくさんの人たちの歓声に包まれながら優雅に空を舞った後、思い思いの場所に飛んでいきました。放鳥された10羽には標識となる足輪がつけられています。今後、専門家による調査・追跡チームが放鳥された朱鷺の行動を調べることになっています」
 雄太は、太陽の光を受けて薄桃色になった翼を羽ばたかせて飛んでいく朱鷺の姿を食い入るように見ていた。
(作:橘 左京)

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小説「視線」(第27回)

2017年4月3日ニュース

 男は茫然として立ちすくんだ。50年前に亡くなった長兄が警察に連絡するなんてあり得ない事だ。もしかして妻が警察に連絡したのだろうか。いや、そんなはずはない。私がミニトマトのプランターから真っ白なICカードを拾ったことや、そのカードを2階の自室に保管していることは、妻にも内緒にしている。このことを知っているのは私以外にいないはずだが……。
 刑事が男の家に来てから1週間後、近所のコンビニ店のATMから現金を不正に引き出した山し子と出し子に指示を与えていた暴力団組員が逮捕された。また、他の店舗のATMでも、不正引き出しに関わった出し子と背後にいる暴力団組員が逮捕された。警察では、現在、偽造カードの入所ルートの解明に向けて捜査を続けているという。

 ある日のこと。男はいつものように2階の自室に籠って、今度の土曜日に雄太と作る乗り物の試作品作りに取り組んでいた。男の器用な手さばきで机の上に広げた厚紙から、乗り物のパーツが次から次へと切り取られていく。男は時折、疲れた首を持ち上げると、写真立てに入った1枚の写真と向き合う。色あせた写真には、神社の境内に据えられた神輿の前で、男と亡くなった長兄の勇一、次兄の健二の3人が法被姿で立っている。男は勇一に向かって呟いた。
「偽造カードのことを警察に知らせたのは、勇一兄さんかい?」

 男は勇一に促されるように、パソコンのスイッチを入れて電子メールの受信一覧を確認した。野上勇一名義のメールを見つけた男は真っ青になった。男は早速、そのメールを開けた。

 野上 徹 様
 徹。私はお前の兄、勇一だ。元気で暮らしているようだな。会社を定年退職してからは、孫の雄太と乗り物の工作をしながら、第2の人生を楽しんでいるようだな。私の方は、お前と違って14歳で人生を閉じてしまった。あの日の事故以来、私は自分の残りの人生をお前と共に歩むことにした。事故で私の肉体は消滅したが、私の魂は今でも存在し続けている。お前には感じないかも知れないが、私の魂はお前の体の周辺を漂っている。
 時折、お前の体を借りて私の欲望を満たすこともあるが……。この前は雄太の体を借りて、近所の自販機でアイスクリームを買って食べた。その日は朝から暑い日だったので、冷たいアイスは本当に美味しかった。言っておくが、ちゃんとお金を払って買っているので、自販機荒らしではないぞ。アイスクリームを買った時にお守りを落としてしまった。お前と健二と私とで秋祭りに参加した時に神社からもらったお守りだ。
 ところで、コンビニのATMから現金を不正に引き出した事件で、物証になる白いカードをお前が持っていることを警察に通報したのは私だ。犯人と思われる人物が、お前が大切に育てているミニトマトのプランターに真っ白なICカードを落としたのを、私は防犯カメラを通して見ていたよ。翌朝、お前がそのカードを拾って、2階の部屋の本棚に保管していたのも知っている。
 さっきも言ったように、私には肉体はないが魂は残っている。実家の仏壇には私の命日になるとお菓子が供えられるが、死んだときは子供だったが、今は数えで65歳になった。酒を飲みたくなる時だってあるさ。明日は私の命日だ。3人が写っている秋祭りの写真立ての前に、冷えた缶ビールを供えてくれ。最後に言っておくが、このメールは雄太の体を借りて、雄太のパソコンを使ってお前に送信した。徹、長生きしろよ。私はお前といつも一緒だ。 勇一より

 コンビニ強盗事件の方は、それから1か月後に犯人が検挙された。検挙された男は暴走族グループの一員で、事件のあったコンビニに以前、働いていた元従業員であった。この元従業員は、現金を奪った後、走って逃げ犯行現場から100メートルほど離れた国道バイパス沿いにあるコンビニに止めてあった車に乗って逃走したという。しかし、自販機荒らしの犯人は、今も検挙されていない。(了)
(作:橘 左京)

[編集部からのお知らせ]
 小説「視線」は加筆、修正のうえ、後日、ライブライ―の文芸コーナーにアップします。
 4月5日からは小説「朱鷺伝説」を連載します。

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